第12話 幼馴染と映画を観る話し

 芸術の秋という言葉がある。虎は由来を良く知らないが、秋といえばと言われればそう思い浮かべる。

 後は食欲の秋だろうか。小雪の食欲が増しておかわりが増える時期だ。


 さて、話しを戻すが芸術の秋と言う様にこの時期になる小雪は映画を観始める。

 なぜかは知らないが、秋になると毎日小雪は映画を観るようになるのだ。すでに出会った時からそうだったかもしれない。

 他の季節ではそうでもないが、秋になると必ず観る。いつも不思議な物だと思って傍観していたが今回は少し毛色が違った。


「虎、さあ家に来るんだよ」


 土曜日。バイトから帰れば家の前で待ち構えていた小雪に捕まる。何事かと目を白黒させていると、小雪はぐいぐいと引っ張って隣の亜冥寺家に虎を連れ込もうとしだした。


「っいったい何のつもりだ」

「一緒に、映画観よ!」

「映画!? 急にどうしたんだよ」


 この時期になると小雪が映画を見始めるのはいつもの事だが、今までは虎を誘うという事はなかった。


「ゆーちゃんが一緒に映画を観ると……」

「と?」

「なんでもない」

「おいっ」


 顔を赤くしてそっぽを向く小雪。それを見て虎も何となく察して、それ以上突っ込まなかった。


「あの、……嫌?」

「…………」

「嫌なら良いけど……」

「……はぁ。分かった」

「っありがとう!」


 そんな不安げな上目遣いで言われたら断れるわけがない。これからの予定は睡眠なので問題もないだろう。

 るんるんと鼻歌交じりな小雪。


 そんな小雪に連れられるままに、虎は亜冥寺家へと入った。

 ひさしぶりの亜冥寺家。この時間帯は小雪の両親はいないようで、少しほっとする。


 亜冥寺家のリビングは広く、なんと言っても大きなテレビに目を惹かれる。そのそばにはDVDケースが積まれておりいつもの秋の小雪がやってきたと実感した。


「さ、座って座って」


 テレビの前においかれていたクッションに案内されるままに腰掛けた。


「それで、何を見るんだ?」

「恋愛映画!」

「へー」


 そう言われて虎はDVDケースを見せられるが、知らない映画だ。そもそも映画なんて見ないので知らないものばかりである。

 小雪はこの時期の為に毎年面白そうな映画をメモっておく。おそらく今年上映の映画だろう。

 四つん這いでDVDプレーヤーにDVDを入れる小雪。そして。


「おい」

「ん?」


 クッションの上に胡坐をかいて座っていた虎。そのあぐらの上に、小雪がちょこんと座った。


「なぜ俺の上に座る」

「……虎が私のクッション使ってるから」


 なるほど。確かにクッションを虎が占領してしまっている。小雪はいつも一人で観る為一つしかないのだろう。


「じゃあどく」

「ダメ!」


 ならば虎がどけば良いと立ち上がろうとするが、小雪はぐーっと体重をかけてきてそれを阻む。


「なぜだ!」

「……それは」


 理由を問われて、小雪は途端にあせあせとしだす。

 理由はしっかりあった。だがそれを言うのはとても恥ずかしい。虎と一緒に観たいからなんて言えるわけがない。

 結果的に顔を赤くしてうつむくだけだった。


「……はぁ。分かった」

「え?」

「このままが良いんだな」


 べつに虎は鈍感ではない。小雪が何を言いたいのかは察している。そして虎としてはそれを拒絶するべきなのだろう。これ以上距離をつめるなどいけない事だから。

 でもできなかった。拒絶した時の小雪の泣きそうな顔を思い浮かべてしまえば。だから今回だけと受け入れる。そしてそれが本心からの望みなのだ。


「……ありがと」

「こちらこそ」


 受け入れたは良いものの、起きるのは煩悩との戦いである。

 小雪はオフショルダーニットと、ショートパンツという薄着。肩やら鎖骨やら、もろもろ露出しているわけだ。秋の肌寒さ故タイツを履いているのが救いであると同時に逆に良いという結論にもいたる。

 そんな小雪が密着している。なにか起こらないわけがない。映画に集中して気を紛らそうにも、小雪は完全に密着してきている。


「……」

「へへ。顔赤くしてどうしたの?」

「っなんの事だ」


 ちらっと振り向いた小雪に、顔を見られてからかわれる。


「ほんとかな~?」

「誰のせいだと思ってんだ! おろすぞ」

「っ、それはごめんね」


 いくら体重をかけてこようが、小雪一人抱え上げてどかすぐらい虎にとって容易い。

 それを理解しているから、からかう事をやめてしゅんとする。

 そんな小雪を見て、思わずかわいそうになった。


「あー。……クッキーでも食べるか」

「ん? どうしたの?」

「喫茶店で作った余りだ」


 バイト中の喫茶店では、デザートも虎作製だ。マスターのつくるデザートはなぜここまで不味くできるのか首をかしげるほどなので、虎が作っている。

 隣に置いておいた荷物からクッキーの入ったタッパーを取り出して、目の前に置く。


「美味しそう。ありがと。虎のお菓子久しぶりだなあ」

「あんま、作らないからな」


 虎自身が自作するほどお菓子が好きなわけではないのであまり作らない。もっぱら小雪用だ。

 タッパーからクッキーを一枚取り出して、口に運んだ。


「んー。美味しい」

「材料を遠慮なく使えるから美味しいのは納得あたりまえだ」


 虎が作る時はバターなどの使用を制限する。あまり高い物を使えないので、喫茶店でいくらでも使っていいと言われて遠慮なく作ったものだ。美味いはずである。


「あ、映画始まる」


 小雪の言う通り、始まる前の新作映画情報が終わって映画が始まるところであった。

 しかし、集中できない。小雪の髪がすぐ近くにある。手入れをかかしていない綺麗な髪から漂う香りはクラクラとさせるのだ。

 離れようにも完全に密着している小雪を引き離す事はできない。

 沸き上がる雑念は殺す。だがそれでも湧き出てくるものだ。


 そして虎はふと思った。


 もっと密着すれば逆に煩悩沸き上がらない説。

 ……なんとも馬鹿らしい考えだ。クラクラしすぎて訳が分からなくなったのか……本心ではもっとくっつきたいのか。

 虎は突き動かされる様に行動した。


「へっ?」


 小雪が驚いた様な声を出すが気にしない。お腹に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。細い折れてしまいそうだ。

 そして小雪の肩に軽く顎をのせ、頬と頬が密着する。


「と、と、虎?」

「…………っ」


 行動を起こした後で、何をやっているのか理解する虎。

 だが今更引くこともできない。


「うぅ」


 小雪は恥ずかしそうに身じろぎするだけで、拒絶はしてこない。

 だからこのままだ。ポカポカとした小雪の体温を感じる。そしてなぜか煩悩は湧いてこなかった。逆に幸せな気持ちが湧き出てる。

 心が温かくなるような、そんな気持ち。しばらく硬くしていた小雪もすぐにリラックスしてさらに密着してきた。


 そうやって自然体になれば、幸せな気持ちで映画を観れる。二人はぎゅっと密着したまま映画を楽しんだ。




「はー。面白かったね」

「そうだな。意外と映画も良い」


 映画をあまり見ない虎であるが、映画は良い物かもしれないと思い始める。

 エンドロールが流れ終わったところで、虎はゆっくりと小雪のお腹に回していた手をほどいた。


「あ、」

「なんだ?」

「もう離れるの?」


 うるうるとした瞳で虎を見る小雪。その破壊力はTNTである。

 うぐっとなぜか罪悪感にさいなまれ、もう一度お腹に手を回した。


「……ぎゅって、して」

「分かった」


 後ろから、強く抱きしめる。

 なぜか素直に虎は小雪に密着した。

 だが足りない。


「もっと!」

「こうか」


 さらに強く抱きしめた。小雪の背中とぴったりくっつきまるで鼓動まで聞こえるかの距離。

 だが足りない。


「本気で!」

「こうかよ!」


 本気で抱きしめた。綺麗な髪に鼻を埋め、体全体で小雪を感じる。


「えへへ……」


 そうする事で、小雪はだらしない笑顔を浮かべた。

 背後から抱きしめているためその顔は見えないが、幸せそうな声だけでとてつもない破壊力だ。


「んー。私もっ」

「うおっ」


 そして突然小雪はくるっと振り向くと、虎にぎゅーっと抱き着く。

 背中に手を回し、虎を押し倒すほどに勢いよく抱きしめる。虎もそれに応える様に腰に手を回して抱きしめた。


「へへ。すりすり」


 頬と頬をくっつけてすりすりとする。

 甘えてくる小雪が可愛くて、虎もその頭をなでて癒された。


 何分と抱き合っていたが、ふと二人は離れた。


「……へへ」

「…………」


 そして見つめ合う。だが見つめ合い、どんどん冷静になるにつれていままでの所業に赤面するしかない。


「……なに、してたんだろな」

「ん、私は楽しかったけどな」


 虎は冷静になる事で何をやっていたんだと自責する。

 あまりに冷静ではなかった。煩悩に、本心に従ってしまった。小雪と触れ合いたいという隠さねば、殺さねばならぬ心に従ってしまった。

 その事に頭を抱えた。


 だが一方で小雪はニコニコとしている。ちょっと恥ずかしそうであるが、ポカポカとした幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「すまん」

「なんで謝るのさ。そんな奴には、こーだ」

「うわっ、こら」


 もう一度勢いよく抱き着いてきた。

 胸に頭をぐりぐりとする。反射的にその背に手を伸ばすが、すぐに気づいて離し小雪にされるままにする。


「……あー。やっぱ好きだな」


 そう言った小雪。だが主語がない。なにが好きなのだろう。

 なんてそう言い訳して気づかないふりをした。その言葉に胸が高鳴り、嬉しさが隠せない自分がいる事すらも。


「虎、……」

「なんだよ」

「んー。今は、なんでもない」


 しばらく、ずっと甘えてくる小雪のされるままの虎だった。

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