第33話・アリアンロード十五将の六角星陣


 ライバ将軍の部屋を出て、ドアに何かモノが激突したような音を背にして、通路を進む美鬼がゲシュタルトンに指示する。

「ゲシュタルトン、アリアンロード十五将を全員招集しなさい……お遊びを開始しますわ、現場での戦略はゲシュタルトンに一任します。あたくしはナラカ号で戦況を見守りますわ」

 美鬼が言う『お遊び』とは戦闘を意味する。通路を進んでいると、部屋のドアが開いていて椅子に拘束された女性がいる部屋があった。

 サルパの上級士官らしい女性は、椅子の背もたれに頭部を固定された状態で哀願していた。

「あぁ、許してください……もう泣くのは嫌、『泣き刑』は嫌」

 女性の前方、一メートルには筒が突き出た器機があり、女性の涙腺から涙の成分を吸い込んでいた、両目を閉じていてもムダだった。

『泣き刑』の器機は、掃除機のノズルのように女性の目から容赦なく、涙を空中からノズルの先端へと吸い取っている。

 チョンマゲを頭に結った、目が赤いアマガエルのような顔をした裃〔かみしも〕と袴〔はかま〕姿のエントロピーヤンが言った。

「あれは血球人が好んで行う『泣き刑』だゲロス……涙の成分を吸引して枯渇させる刑罰でゲロス」

 別の部屋のドアが開き、両腕を男性兵士二人につかまれた若い男性兵士が、怒った表情で怒鳴りながら出てきた。

「プンスカプン! ふざけるな! 何が『怒り刑』だ! ライバ将軍のバーカ、バーカ!」

「口を慎め! その発言は軍規違反だ! ライバ将軍に聞かれたら国家機密の漏洩罪になるぞ!」


 ひょろっとした長身で。灰色の肌、張りついた灰色の髪、切り口のような唇が無い口に、鼻は二つの縦長穴。

 眼球に二つの瞳が横に並んでいる、乾燥した灰色のミイラが軍服を着ているようなゲシュタルトンが言った。

「アレは『怒り刑』ですな。薬物を頭部に直接注入して、怒りの感情を持続させる血球人の考案した刑です」

「きょほほほ、そうですか」

 アズラエルが通路の天井に設置されている、監視カメラに向かって結晶の羽根を投げつけて監視カメラを破壊する。

 美鬼は壁にある数センチの隙間に蠢く、黒い糸巻き型の影に向かって歩きながら言った。

「テルミン……『泣き刑』と『怒り刑』の男女を救出して、ナラカ号に連れてきなさい保護します」

 美鬼はさらに、通風口網の向こう側にいる銀色の液体金属にも話しかける。

「鐙〔あぶみ〕総十郎は、テルミンと協力して救出活動をしなさい……きょほ」

 数分後──『泣き刑』と『怒り刑』の男女の姿が建物内から消えていた。


 その日の夕刻──軍人ゲシュタルトンが、ライバ将軍のいる新サルパ帝国本拠地のジルコニアから、少し離れた荒野に張った陣に次々と招集されたアリアンロード十五将がやって来た。

 第五将・生体花道家、スタペリア・ザミア

 第六将・怪力者、爆殻

 第九将・悪食バハムート


 第四将・『虫操りの飛羽〔とびは〕』──ツバが広い茶色の帽子を被り、額には触角が生えている。顔は口の辺りにマフラーを巻いて隠していて。

 帽子とマフラーの間に見える人間型の目は虫の複眼で、茶色の布地で覆った体から出ている二本の手は虫の腕だった。

 背中に弦楽器を背負っていて、人間と同じ等身のカマキリに乗っている。


 第七将・医術師の『カダ』は、助手の人造美女看護師『ミンミン』〔蝉々〕を連れて現れた。

「ひょひょひょ、久しぶりの美鬼さまのお遊びに、腕がなるわい」

 身長一メートルほど、鉛色の肌に鯰のような触角ヒゲが生えた異星人だった。

 その顔にはカダの星の外出正装で、白塗り化粧で頬に赤丸が描かれている。

 カダの傍らにはミニスカートの看護師姿で、手術痕が体に走る人造美女の『ミンミン』が立っている。


 第八将として現れたのは、黒髪長髪で黒革の丈が短い上着を着て、その上に黒いロングコートを着た長身痩身の一見すると美女に見間違える男性だった。

 下半身は黒革のショートパンツと革の黒いブーツを履いている。

 頬と脇腹に、白骨化した歯茎や肋骨の骨が剥き出しになったタトゥーがされていて。手には飛び出し式の柄が長い大鎌が握られている。

 アリアンロード第八将 、異名は血まみれ猟犬の『ブラッディドッグ・がい


 第十四将、精神爆弾魔の『戒めの睡蓮〔すいれん〕』──手足が長い妖怪ガラッパ型異星人、目の辺りが髪で隠されていて本物の目は頭の上の複眼皿にギョロと動く黒目がある。

 短パンを穿いていて、手首には自由に外しが可能な自在ビーム鎖の自戒腕輪の手錠をしている。


第一将・軍人ゲシュタルトン

第二将・悪商エントロピーヤン

第三将・美神アズラエル〔暗殺者〕

第四将・虫操りの飛羽

第五将・スタぺリア・ザミア〔生体花道家〕

第六将・爆殻〔怪力者〕

第七将・カダ〔医術師〕

第八将・ブラッディドッグ・骸〔血まみれ猟犬〕

第九将・悪食バハムート

第十将・鐙総十郎〔金属生命体〕

第十一将・〔星屑姫〕計都

第十二将・黄昏色のセグ〔ネゴシエイター〕

第十三将・次元怪盗テルミン

第十四将・戒めの睡蓮〔精神爆弾魔〕

第十五将・???


 エントロピーヤンがゲシュタルトンに訊ねる。

「第十五の将は、いつものように遅刻でゲロス?」

 ゲシュタルトンが答える。

「あいつは遅れても、仕方がない……遅れてきた分の仕事をしてくれればいい。これから『お遊び』の作戦を説明する」

 ゲシュタルトンが、机の上に広げた地図の周りに集まる十四将。

「ライバ将軍がいる新サルパ帝国本部を包囲するように【六角星陣】を配置して、適材適所の将を待機させて迎え撃つ……交通網の遮断と、お遊び開始の呼び出しは、いつものように飛羽とザミアに頼む」

「承知した」

「わかりました」

 ゲシュタルトンが言う『お遊び開始の呼び出し』とは子供が「○○ちゃん、遊ぼう」と家に呼びに来るように。相手を外に引っ張り出す方法のコトだ。

 セグが気弱な声で言った。

「わ、わたしは、そのぅ戦闘は苦手でして」

「わかっている、セグは六角星陣の本陣で、美鬼さまのデフォルメぬいぐるみと一緒に待機していてくれ……トラップが必要なステージもあるから忙しくなるぞ、我らアリアンロード十五将は美鬼さまと共に」

 十四将が片手を挙げて復唱する。

「我らアリアンロード十五将は美鬼さまと共に」

 翌日──新サルパ帝国の本部を中心に、アリアンロードの六角星陣が敷かれライバ将軍は包囲された。


 本部にいるライバ将軍の寝室に朝から、慌ただしい様子で飛び込んできた兵士が言った。

「大変です! 六角形の陣形が敷かれてしまいました!」

 ベットの中でナイトキャップを被り、パジャマ姿のライバ将軍が目覚めて不機嫌な顔で上体を起こす。

「なんだいったい、オレは決まった時刻に起きないと機嫌が悪いんだ」

「アリアンロードの六角星陣が、朝になったら完成していました」

「なんだ、その六角なんとかというのは?」

「知らないんですか、美鬼・アリアンロードの十五将が本気になった時の完全陣形を」

「交通網はどうなっている?」

「突然の大発生した虫やトゲがある植物の群生で、封鎖されています」

「六角なんとかの中にいるボルツ族連中は? そいつらを人質にしろ」

「できません、一夜のうちに一人を残して全員陣形外に避難させられました」

 訝るライバ将軍。 

「一人を残して?」

「ボルツ族の中で聖母と呼ばれている占い女です」

「なんだと!?」

 その時、戦車や装甲車が置かれている場所で、数十メートルの高さに中型戦車や装輪装甲車輌が次々と吹っ飛ぶ光景が窓の外に見えた。

 窓際に走り寄ったライバ将軍は言葉を失う。

 中型戦車サイズのカブトムシとクワガタムシが、角やハサミで兵器車輌を次々と投げ飛ばしていた。

 さらに空には中型輸送機サイズの古代トンボが飛び回り、着陸待機していた軍用ヘリコプターや戦闘機を次々と上空に持ち上げては地面に落としていた。

 落ちてきた戦車で大破する輸送機。空中で激突する軍用ヘリコプターと装甲車輌。

 ライバ将軍の寝起き顔がヒクヒクと痙攣する。

「なんだ、これはいったい!」

 窓を少し外から押し開けて、室内に入ってきた蔓科植物のツボミが開き、唇のように見える花芯が美鬼の声でしゃべる。

《ライバくん……遊びましょ。きょほほほ、お遊び開始ですわ……きょほっ、あたくしに喧嘩を売るコトは、銀牙系に喧嘩を売るのと同じだと知りなさい》

 ライバ将軍はしゃべる花を引きちぎると、床に叩きつけて踏みつける。

「ふざけやがって! 戦闘開始だ! ここまでコケにされて黙っていられるか!」

 怒り狂ったライバ将軍が命じた、新サルパ帝国軍は六角星陣に向けて進撃を開始した。


【密林ステージ】の陣──第二将・エントロピーヤン。

第四将・スタぺリア・ザミア。


 ジャングルを恐る恐る進んでいた新サルパ帝国の兵士たちは、緑色の裸体にラッピングリボンを巻いた生体華道家『スタぺリア・ザミア』のもてなしを受けていた。

 巨大な葉っぱの上で、三つ指をついて正座したザミアが兵士たちに向かって顔を上げる。

「お待ちいたしておりました、アリアンロード十五将のお遊び、お楽しみください」

 いきなり、トゲ科の食肉植物の蔓が兵士たちの体に絡みつき空中に吊り上げる。

「うわあぁ!!」

「ひいぃぃ!!」

 ザミアの生け花が兵士たちの体に刺さり根を張る。

「肉体を美しい芸術に変えて差し上げます……手足の角度をこっちの方向に曲げてと、あらっ? 今妙な音が関節から?」


 ジャングルの中で、目を光らせながら、五右衛門マゲで腰にマワシを巻いた相撲取り型人型ロボットの背に乗ったエントロピーヤンは歌舞伎の見栄をきる。

「あっ、絶景かな、絶景かなでゲロス」

 兵士たちが、次々とピストン張り手で吹き飛ばされていく光景は圧巻だった。


【草原ステージ】の陣──第五将・虫操りの飛羽。

第八将・ブラッディドッグ・骸。


 弦楽器の音色が奏でられる草原の中で巨大な昆虫や昆虫の大軍が兵士たちを襲っていた。

 等身の巨大カミキリムシ、巨大ダンゴムシに巨大ハサミムシに巨大バッタに、ビルのように巨大なイモムシ……地面に群がる無数の小型昆虫たちが兵士たちを攻撃してくる。


 飛羽から少し離れた場所では、骸が振るう大鎌から発生する毒霧の風が、装輪装甲車と装輪戦車を腐蝕させる。

 骸は毒食材専門の調理人だった。その体と道具にはさまざまな毒素が染み込んでいる。

「オレの毒風を受けて腐蝕しろ」

 飛羽と骸はサルパ軍を壊滅状態に追い込んでいた。

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