第32話・性悪女……惑星【アダマス】に現わる
その夜の『至高都市ジルコニア』高層ビルの一室──窓ぎわに立って、ブランデーグラスを手に都会の夜景を眺めているライバ将軍の姿があった。
通常のサルパ人は、ピンク色の肌に青色の虎柄模様だが。
サルパ人の血と血球人の血を持つライバ将軍は、青色の肌にピンク色の虎柄模様だった。
ブランデーグラスに入った飲み物を飲みながらライバ将軍が言った。
「偽りの富裕都市の夜景は、見応えがあるな」
裕福な生活を与えられたボルツ族とは対照的に、鉱山労働のボルツ族の村は点在する炎の灯りしか闇の中に見えなかった──人為的に作られた富裕層と貧困層。
ライバ将軍の後ろに立つ女性上級士官が、将軍に訊ねる。
「どうして、ネメシスリュームの採掘はボルツ族の手掘り作業が主体なのですか? 採掘重機を使えば効率もアップすると思いますが?」
「知らないのかネメシスリュームは、気難しい稀少金属だからな……採掘機器で大量に採掘すると、なぜか品質が劣化して価値が下がる。だから生産効率が多少悪くてもボルツ族に手掘り採掘をさせているのだ………粗悪な品質のネメシスリューム鉱脈には、サルパ人が採掘機を使って採掘しているがな」
「そうでしたか、それでボルツ族を使って過酷な労働を……少し彼らにも定期的な安息日を与えてみては? このままでは不満が噴出して、衛星級宇宙の目安箱に通信される事態に発展する可能性も……」
「それは無い………鉱山労働のボルツ族に、亜空間通信機を操作できる技能者はいない。目安箱には訴えができないように万全の対策がされている」
ライバ将軍は、ブランデーグラスに入った飲み物を飲み干して言った。
「一度、贅沢の味を覚えた者はその裕福を手放さん………鉱山労働のボルツ族のところには反乱分子を監視する者を紛れ込ませてある。連中は今夜気休めの『祈りの集い』を行うそうだ………ムダなコトを、ところでおまえ」
女性士官の方に向き直ったライバ将軍は、持っていたブランデーグラスを床に叩きつけて割った。
一瞬で室内の雰囲気が恐怖に変わる。
「将軍であるオレに、鉱山ボルツ族に安息日を与えるように意見したな──おまえは、よほど慈悲の涙を流したいらしいな。望み通り『泣き刑』にしてやる……連れていけ」
両腕を男性兵士につかまれた、女性士官の顔色が変わった。
「誤解です! 意見も進言もしていません! いやぁぁ! 『泣き刑』はいやあぁぁ!」
ライバ将軍は、ふたたび夜景に目を向けて呟いた。
「ネージ皇帝が不在の今、このアダマスを任されているのはオレだ………オレがアダマスの支配者だ」
同時刻──『祈りの集い』の場に少女を含めた数人のボルツ族が集まった、村人を前に聖母が言った。
「祈りましょう、みなさんの祈りはきっと目安箱に届きます」
祈るボルツ族、少女も真剣に祈る。
(アダマスを助けてください、サルパの悪政からボルツ族を開放してください)
祈りの集いは数十分間続き解散した。解散する時に聖母が言った。
「今宵行われた『祈りの集い』のコトは、誰にも言わないように……他言をしたら、目安箱に届く前に祈りは消えてしまいますよ信じなさい」
その夜から少女は時々、惑星アダマスの空を見上げるのが日課になった。
昼夜を問わずに、少女が空を眺めるようになってから数日が経過した。
その夜も少女は何も変化が無い星空を見上げて、タメ息をもらす。
「ハァ……祈りは届かなかったのかな」
少女が自宅の半球型のテント小屋に入るために背を向けた星空で、一瞬何かが光り消えたのを少女は知らなかった。
祈りは確かに衛星級宇宙船の目安箱に届いていた、そしてこの時すでに衛星級宇宙船から数名が惑星アダマスに降り立っていた。
数時間前──ライバ将軍が食事をしている部屋に、一人の兵士がやって来て言った。
「お食事中に失礼します………少々、お耳に入れておきたいコトがありまして」
「なんだ、早くしろ。オレは食事の時間を邪魔されるのが一番嫌いなんだ」
ライバ将軍は、コロネパンのような形をしたメインディシュのミディアム焼き加減のイモムシステーキに、フォークを刺しながら不機嫌そうな顔をする。
「数時間前から、惑星アダマス近くの座標から。空間波長の乱れが時々、出現しています」
「探知機に反応はあるのか?」
「いえ、機械はその座標に何も存在していないコトを示しています。目で確認しても何も見えません」
「見えないのなら存在していないのと同じだろう、そんなに気になるならミサイルかビームでも一発撃ち込んでみろ……食事の邪魔をするな」
「しかし……」
ライバ将軍は、いきなりテーブルに二又フォークを突き刺すと凄んだ口調で言った。
「それ以上、オレの食事時間を邪魔するな……今すぐ、この部屋から出ていけ! 出ていかないと処刑するぞ!」
蒼白になった、兵士は深々と一礼すると部屋から慌てて出ていった。
兵士がいなくなると、ライバ将軍はテーブルに刺したフォークを引き抜いて呟いた。
「見えない何かだと、まさか衛星級宇宙がこのアダマスに……ありえん」
三日後──少女は、鉱山近くの飯屋で夕食をとっていた。
店内は鉱山労働のボルツ族で溢れていた。
(栄養のあるモノを食べないと……体がもたない)
少女が注文したのは、パンとスープ。それと眼球型の生物を三匹、金串に刺しにして焼いた『串目玉焼き』だった。
皿に乗って出てきた目玉焼きは、金串から外してスープの具にして食べるのが惑星アダマスの一般的な食べ方だった。
目玉を串から二又のフォークで外していると、少女の前にフード付きのマントで顔を隠した四人組がやって来た。
店内で席を探しているらしい体格の異なる四人組の一人が、少女に話し掛けてきた。
「きょほほ、相席よろしいかしら?」
店内で席が空いているのは、少女が座っているテーブルだけだった。
「どうぞ」
店の隅にあった椅子を一つ持ってきて、五人掛けテーブルにして四人組は座る。
少女の前に座り、最初に少女に話しかけてきた
人物が言った。
「その眼球が入ったようなスープ、いまいましいですけれど美味しそうですわね。あたくしもそれを注文しますわ」
フードで顔を隠した小柄な人物が言った。
「あの料理は美鬼さまのお口には、味が単調で合わないでゲロス……用意した、いつも美鬼さまが食べている卵を用意したから調理してもらうでゲロス」
そう言って、ゲコッゲコッ鳴いている小柄な人物は手提げカゴに数個入った、青い水玉模様の卵を取り出してテーブルの上に置いた。
ゲコッゲコッ言っている人物の、フードの下部から見える口はカエル口だ。
店の者が注文を取りに来ると、ひょろっとした
体型でミイラのような切り込み口の人物が持参した卵の調理を頼み、承諾した店の者は水玉卵が入ったカゴを持って厨房に消えた。
少女が(他の三人は注文しないのかな?)と、思っていると。
二人が持参した弁当を取り出して、テーブルの上で弁当箱のフタを開けた。
お弁当の中身を見た少女は、卒倒しそうになる。
カエルのような口の人物が持ってきた容器には、釣り餌に使うゴカイのような生物が、ベシャメルソースに絡まった状態で生きたまま入っていた。
彩りなのかプレスされてペッシャンコになった、蒼いカエルもゴカイの上に乗っていた。
ミイラのような口をした人物が取り出したお弁当は、人間の顔をリアルに再現した特殊メイクのようなキャラ弁だった。
両目を見開き、口の端から血を流した女性顔の上に、ケチャップで顔にハート型が描かれているところを見ると愛妻弁当らしい、顔の下半分の皮膚が剥がれて歯車メカのような形抜き海苔やレンコンが覗いている──どちらの弁当もモザイク処理確定の弁当だった。
ミイラ口の人物が、少女の隣に座っている人物に向かって言った。
「アズラエルは弁当を持ってこなかったのか? オレの弁当を少し分けてやろうか」
フードの下から覗く顎先と唇が、ヒューマン型の人物が答える。
「オレは腹が減っていないからいい」
やがて、きょほほほ女の前に運ばれてきた、中皿に並べられている数個の目玉焼きを見た少女は、吐きそうになって思わず口元を手で押さえる。
皿に乗っていた目玉焼きの黄身は……青かった。
「きょほほほ、やっぱり黄身が青い目玉焼きは食欲をそそりますわ」
黄身が青い目玉焼きを食べながら、フードを被った女性が女性に向けて言った。
「その胸から下がっているペンダントはアダマスの『語り部』家系の印ですわね……しっかりと、アダマスの歴史を後世に伝えなさい。きょほほほ」
その時、店に入ってきた光弾自動小銃を肩から下げた、数名のサルパ兵が奇妙な四人組の背後に立つ。
鉄兜を被った兵士の一人が四人組に向かって、強い口調で質問する。
「おまえたちか報告があった、最近アダマスの都市ジルコニアや、鉱山付近を彷徨いている怪しい四人組は」
黄身が青い目玉焼きを食べている人物は、兵士の質問に無言で食べ続ける。
「答えろ! 聞こえなかったのか!」
青い目玉焼きを食べている人物の肩をつかんで振り向かそうとした兵士が、伸ばした手を押さえて悲鳴を発した。
「ぎゃあぁ!?」
兵士の腕に血脈のような赤い筋が走る、鋭い結晶が刺さっていた。
兵士の腕に刺さっている結晶に、目を丸くする少女。
(どこから結晶のナイフが!?)
青い目玉焼きを食べ終わったフードの人物が、椅子から立ち上がる。
「まったく、サルパ兵は食事が終わるまで待つ辛抱もありませんの……きょほほほっ、情報も集まったのでもう十分ですわ。ゲシュタルトン、エントロピーヤン、アズラエル……そろそろ、正体を現しますわよ」
唇についた青い黄身をハンカチで拭いたフードの女性は、汚れたハンカチと一緒にフードマントを脱ぎ捨てた。
マントの下から、金髪シーサイドアップのツインテール髪。グラディターハイヒール。
額の両側に半球型で別々動く目がある、ミニ丈の振り袖ドレスで巨乳の性悪女──美鬼アリアンロードが現れた。
美鬼の笑い声が飯屋に響き渡る。
「きょほほほほっ、ごきげんようですわ」
美鬼アリアンロードに続いて他の三人も、フードマントを勢いよく脱ぎ捨てる。
第一将・軍人ゲシュタルトン
第二将・悪商エントロピーヤン
第三将・美神アズラエルが姿を現した。
兵士たちがビビる。
「あ、アリアンロードの性悪女」
「きょほほほほっ、その言葉はあたしくしにとって最高の褒め言葉ですわ」
哄笑する美鬼。腰の左右数センチの空間に、笑うたびに妖精の羽が出現する。
美鬼から少し離れた位置に立つ、ギリシャ神話風の服装をして、背中から水晶のような葉っぱの蔓翼を生やしたアズラエルが、血脈結晶の羽根を弄んでいる。
美鬼が言った。
「今日のところは、ここまでにしておきますわ。近いうちに改めて、ご挨拶に伺うとライバ将軍に伝えなさい……きょほほほっ」
そう言い残して、帰り際にチラッと少女を見た美鬼と三将たちは、呆然とする空気に満ちた飯屋から立ち去った。
美鬼は滞在している、至福都市ジルコニアの高級ホテルに戻ってきた。
部屋の中には、小柄少女で山伏のような格好をしたアリアンロード第十一将・星屑姫〔スターダストプリンセス〕計都と、第十二将がいた。
美鬼が銅色をした第十二将を見て言った。
「きょほほほっ、来てくれたのですね『黄昏色のセグ』」
頭に三日月型のジャンプ台のようなモノが乗っている、黄昏色のセグが頭を下げる。
卵形の頭に、笑っているような逆さ半円形の目、口と鼻は無く。古代ローマ人のような服装をしていて手には分厚い書物を抱えている。
ネゴシエイター〔交渉人〕のセグが言った。
「お呼びがかかり光栄です……モグモグ『母さん、もうちょっと横に寄ってくれないか狭すぎる』……この黄昏色のセグに交渉ならお任せを……プゥ、モグモグ『お父さんの方こそ、こんな狭い場所でオナラしないでください』……必ず成功させてみせます……モグモグ『お父さんも、お母さんもダーリンが喋っているんだから静かにしてよ』」
セグの口がある辺りをジィーと見ていた美鬼が言った。
「口を開けなさい」
「いや、それはちょっと」
「いいから開けなさい」
セグが口をパカッと開ける、開いた口の中にタイノエに似た生物が三匹入っていた。
微笑み目を細める美鬼。
「噂は本当でしたのね、セグが結婚して奥さんと奥さんの両親を口の中で同居させているという噂は、どうして言ってくれなかったのですか結婚祝いをプレゼントしたのに……可愛らしい奥さんですわね、こんにちは」
「『あっ、美鬼さま………いつもダーリンがお世話になっていま……』」
セグは照れたように口を閉じる。一本歯の高ゲタを履いた計都が言った。
「へぇ~、セグ結婚していたんだ」
次の日──美鬼、セグ、計都、ゲシュタルトン、エントロピーヤン、アズラエルの六人はライバ将軍の所にやって来た。
小一時間に渡る、セグの交渉が続いていた、交渉時のセグはビジネススーツ姿だ。
「今一度言います……美鬼さまが提示した要望は。
【一つ、惑星アダマスの民を管理支配から解放して、ボルツ族の自治惑星にするコト】
【二つ、鉱山労働のボルツ族に妥当な対価賃金を払い。過酷な労働時間の軽減と、栄養状態の改善及び生活環境の向上を支援するコト】
【三つ、鉱山の運営管理は鉱山労働のボルツ族に任せて。サルパは介入しないコト】……以上です」
美鬼たちを軽視した目で見るライバ将軍。
「ふん、何度も言うがどの要望も受け入れられないな。この惑星アダマスを新サルパ帝国の本拠地星にすると、ネージ皇帝が決めたコトだ。ここまできて手放せるか……どんな交換条件を示してもムダだ」
「そうですか……モグモグ『ひどーい、なんて分からず屋さんなの、お父さんも一言言ってあげなさいよ』……モグモグ『お母さん、ダーリンの仕事に口出ししないで』……美鬼さま交渉は失敗のようです、力不足ですみません……モグモグ『セグ君は一生懸命務めを果たした! 何も恥じることは無いぞ、誇れるわたしたちの息子だ。悪いのは目の前にいる将軍とかいう最低男だ』」
ライバ将軍の頬がヒクヒクと痙攣する、美鬼が言った。
「しかたがありませんわね、それではこちらも自由にやらせてもらいますわ……せっかく交渉の場を設けて撤退するチャンスを差し上げたのに」
「………………」
その時、ライバ将軍の背後の壁に掛かっているネージ皇帝の全身肖像画の後ろから、カチッカチッという音が聞こえた。
アズラエルと目線で何やら確認した計都がうなづくと、背負っている笈〔おい〕から飛び出した木槌をつかみ振り回して、肖像画に向かって投げつけた。
破れた肖像画の壁から点滅している機械の一部が現れる、機械は木槌の一撃で破壊されていた。
放り投げた木槌を拾いペロッと舌を出す計都。
「手が滑った、てへっ」
プルプルと体を怒りに震わせるライバ将軍。
美鬼が言った。
「今、あたくしをボルツ族と同じように番号と記号で登録しようとしていましたわね……それは宣戦布告と受け止めてもよろしくて?」
「………………」
ライバ将軍が何も答えないのを宣戦布告と捉えた、美鬼は高らかに哄笑する。
「きょほほほ! よろしいですわ、少し遊んで差し上げますわ──お覚悟なさい」
美鬼・アリアンロードが五人の将と一緒に部屋から出ていくと、ライバ将軍は机の上にあった花瓶をドアに向かって勢いよく投げつけた。
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