第26話・妖霊星【ナバー】
一方、ネオ・サルパ帝国の主力である超弩級戦艦内では、黒点突入時から地獄絵が広がっていた。
高温で計器類が次々と破裂しているブリッジで、ザガネ総帥は悲鳴に近い声の指示をロボット兵士たちに出していた。
「ひぃぃ! 金属部分は熱で焼けているぞ! 触るな! 床が焼けているあちぃぃ!」
三毛ネコは「ふぎゃあぁぁぁぁ!」とブリッジで暴れまくり。
素材によっては、赤く溶解している箇所もあった。
オーバーヒートして倒れる、ロボット兵士の姿もチラホラ現れはじめた。
超弩級戦艦の装甲や突出した箇所が、熱で剥がれたり、燃え溶けたりしている。
他の戦艦の中には黒点への突入角度を誤り、炎に包まれて爆発したり、プラズマ化して蒸発する戦艦もあった。
まさに、灼熱地獄の溶鉱炉の中のようだった。
狂気のごとく怒鳴るザガネ総帥。
「緊急冷却装置が高熱で故障だと!? バカ野郎!!」
極楽号の方は、フワフワの第一耐熱装甲が燃えつき。炭化した真っ黒な第二耐熱装甲が、茹で玉子の殻が剥けるように剥がれ銀色の本体が現れた。
黒点のデッドゾーンを抜けた極楽号の前に、恒星内部の空間世界が広がっていた。
紫色恒星の内部には、数個の惑星が浮かんでいる。
グレム・リンが言った。
「こりゃ、おったまげた……恒星の内側に星が浮かんでいるだぁ、恒星の内側に、回っている影みたいなのありゃなんだぁ?」
スイカの模様みたいな影についての質問に、狼炎が答える。
「あれが、惑星の夜を作っているんだな……惑星が自転しても恒星の内側だと夜にはならないから──デミウルゴス文明の産物だ」
その時、ザガネ総帥から通信が入った。通信回線はウェルウィッチアがネオ・サルパのために開けておくように指示をしてあった。
開口一番にザガネ総帥の怒鳴り声が聞こえた。
《すっごく熱かったぞ! この野郎!》
女子プロレスラー姿でビーチチェアに横たわり、トロピカルジュースのような飲み物を飲んでいるウェルウィッチアが言った。
「耐熱処置をしない船で恒星突入……さすが、勇猛果敢で名を馳せるネオ・サルパ帝国……その中でも、やがて銀牙系にその名を轟かせるコトになるでしょう『ザガネ総帥』さすがですね。よくぞ燃え尽きずに恒星内部へ」
ウェルウィッチアにおだてられて、少し気分を良くするザガネ。
《ふふっ、分かっているじゃないか……艦隊は突入時にかなりの艦隻を失ったがな……織羅家の宝は我らネオ・サルパ帝国が手にする! サルパの栄光を再び!》
通信は切れた。
レオノーラが、片肩から腕にかけて装着しているガンアーマーの手の甲に向かって喋る。
「ディア、恒星内惑星のわかる範囲のデータをガンアーマーに送信してきて」
大型光弾銃『銘銃レオン・バントライン』の発射時衝撃を緩衝する機能が内蔵されたアーマーに、インストールされた惑星データに目を通すレオノーラ。
芽理ジェーヌが白蛇の尻尾を揺らしながら言った。
「それで、どの星から宝探しをはじめればよろしいのでしょう?」
天井スクリーンに食事をしている豪烈の姿が映る。
《この映像を見ているというコトは、紫色恒星の穴を抜けたということだな……最初の宝のヒントを出すぞ、宝のカギはあの惑星だ!》
豪烈が指差した先に、焼け焦げた超弩級戦艦がチラッと映り、カメラが慌てた様子でターンして恒星内の一つの惑星…… 薄いピンク色をした妖霊星【ナバー】 を映し出す。
ナバーを見た瞬間、レオノーラが少し顔を赤らめ、困惑した表情をしたのに気づいた者は誰もいなかった。
《あの星に隠した宝のカギを探し出せ……がんばれ、織羅家兄妹》
太い大腿骨に付いた肉から昆虫の節足や鳥の鱗足が飛び出ている、得体の知れない生物の骨付き肉に豪快にかぶりつく、豪烈の姿がスクリーンから消える。
竜剣丸が頭を掻きながら呟く。
「もしかして、父ちゃん極楽号のどこかに乗っているんじゃない?」
織羅家の他の兄妹は、あえてそのコトには触れなかった。
その時──ディアからの通信が入った。
《レオノーラさま、ナバーの女王から、衛星国家【サンドリヨン】代表との会談と会食の申し出を受けました……どうしますか?》
「サンドリヨンの代表もやっているから、国家間の繋がりも大切にしないとね……了承したって伝えておいて」
《それから、女王はセレナーデさまにも同席してもらいたいと》
「セレナーデも? どうするセレナーデ?」
レオノーラから訊ねられたセレナーデは、軽く眼鏡の縁を押さえる。
「惑星ナバーにも法律のようなモノがあったら。どんなモノか知ることも勉強よね……わかった、同行させてもらう」
また、スクワットをしながらウェルウィッチアが言った。
「じゃあ、見届け人としてあたしも一緒に」
さらにアラバキ夜左衛門も言った。
「わたくしも、同行させてもらいます」
レオノーラ、セレナーデ、ウェルウィッチア、夜左衛門の四人は。カウダ・ドラコニスが操縦する小型宇宙船『白きシェヘラザード号』で極楽号から妖霊星ナバーの宮殿へと向かった。
妖霊星ナバーの女王宮殿──レオノーラたちを出迎えたナバーの女王が、にこやかな笑みで言った。
「ようこそナバーに……歓迎します」
ナバー人は古代エジプト神話の女神、バステト神のような尖ったネコ耳のカチューシャを頭に付けていて、ネコのような長い尻尾を持つ種族だった。文明レベルも古代エジプト文明に酷似している。
「会談は会食を兼ねて行いたいと考えています、休憩後に会談と会食を行います……宮殿敷地内には、お風呂もありますから」
レオノーラたちは、宮殿内に用意された控え室へと案内されて向かった。
通路を進んでいる時、ナバーの女たちのヒソヒソ声がセレナーデの耳に届く。
「彼女が女王さまの……」
「いい女じゃない」
「女王さま好みかもね」
「お風呂に入っているところ、覗きに行っちゃおうか」
セレナーデは、女たちの会話と異様な視線に悪寒が走った。
(なに、この変な感じ……そういえば、到着してから女しか見ていない?)
レオノーラ、セレナーデ、ウェルウィッチアの女性の部屋と。
カウダ・ドラコニスとアラバキ夜左衛門の男性の隣部屋に分けられ、女性部屋でくつろいでいたセレナーデにレオノーラが言った。
「お風呂でも入ってきたら、ここのお湯の成分は美肌効果があるみたいだよ」
「レオノーラは?」
「あたしは後で入る」
スクワットをしながらウェルウィッチアが言った。
「あたしもスクワット終わったら、汗を流しに行くから……セレナーデだけ先に入ってきなさい」
促されるままに、太陽光で沸かしたお風呂に入っていると、ナバーの女たちが、入れ替わり立ち替わりやって来た。
「湯加減はどうですか」
「冷やした果物をどうぞ」
「お背中流しましょうか」
「お体を拭くタオル置いておきますね」
「何か不足しているモノはありませんか?」
「失礼します、新しい石鹸を持ってきました」
「冷たい飲み物をどうぞ」
「会食のメニューで好き嫌いはありますか」
「おっと、行き先を間違えてお風呂場に来てしまった」
明らかになにかしらの理由をつけて、女たちは入浴中のセレナーデを覗きに訪れていた。
しかも、セレナーデを見る女たちの視線は、ギラギラした欲情の視線だった。
女たちの異様な視線にゾッとするセレナーデ。
(いったい、なんなのよ? この星は?)
お風呂から出て部屋にもどったセレナーデは、神妙な面持ちで部屋に集まっている。ウェルウィッチア、アラバキ夜左衛門、カウダ・ドラコニスを見た。
ウェルウィッチアたちに訊ねるセレナーデ。
「どうしたの? レオノーラの姿が見えないけれど?」
ウェルウィッチアが一枚の用紙をセレナーデに差し出す。そこにはレオノーラの文字で……。
『少し失踪します』
と、書かれていた。セレナーデは絶句する。夜左衛門が言った。
「その置き手紙を残して、レオノーラさまはお隠れになりました」
ウェルウィッチアが言った。
「困りましたね、国家代表同士の会談時間が迫っているというのに」
カウダ・ドラコニスが言った。
「いまさら、会談をドタキャンしたら国同士の大問題に発展して関係悪化もあり得るぜ……会談に誰か代役を立てるか」
三人の視線がセレナーデに集中する、慌てるセレナーデ。
「へっ? ち、ちょっと何考えているの……あたしにサンドリヨン代表で、会談出席なんてムリムリムリ」
「大丈夫ですよ、双子だからちょっと変装すればバレませんよ」
そう言って三人は、レオノーラの髪型ウイッグや。レオノーラがいつも着ているバグの服を取り出して見せた。
「会談ですから、銃やガンアーマーは必要ありませんから……カウガールハットも、ウイッグの上からだと蒸れますから省きます」
「レオノーラに変装して、あたしが代役やれって言うの?」
「もう時間がありませんから、早く着替えてください」
なんとなく流されるままに、セレナーデは洗面所でレオノーラの服を着てウイッグを被りレオノーラに変装した。
「目の感じ以外はレオノーラさまに、そっくりですね……これなら、いけます」
その時、部屋のドアがノックされて会食会談の準備が整ったコトを知らせる女性の声が聞こえた。
「さあ、代役頼みますよ……二つの国の未来がかかっていますからね」
背中を押されて、レオノーラに変装したセレナーデは渋々、会談会場に向かった。
会場では先に来ていた女王が、にこやかにセレナーデを迎える。
「お待ちしておりました」
セレナーデの手を握った女王の手の平は、なぜか興奮しているように汗ばんでいた。レオノーラを演じるセレナーデ。
「あたし、じゃなかった、ボクのために素晴らしい会食と会談の場を用意していただき、ありがとうございます……会談を成功させましょう」
「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよリラックスして。さあ、あたしの隣席に」
セレナーデは女王の隣に座る。会談は国同士が仲良くするというコトに同意して数分で終了した。
「あのぅ、もっと他の重要な話しとかは? 貿易問題とか?」
「サンドリヨンは、気ままに銀牙系を飛び回っている衛星国家でしょう……国交が良好なら、それでいいじゃないですか。ここから先は女性同士の食事を楽しみましょう」
「はぁ……」
セレナーデは女王が言った『女性同士の食事』という言葉が少し気になったが、その場の雰囲気で会食を進めた。
会食の途中に女王がセレナーデに訊ねる。
「ところで、お姉さんのセレナーデさんは?」
レオノーラに変装しているセレナーデの食事の手が止まる。
「今、呼んできます」
真面目なセレナーデに、姉は体調が悪くて部屋で寝ているという誤魔化しの発想は無かった。
慌てて控えの部屋に飛び込むと、スクワットをしているウェルウィッチアの前を走って洗面所で着替えセレナーデの姿にもどる。
息を切らせながら、会食の場にもどった。セレナーデは席につく。
「はぁはぁはぁ……お待たせしました、姉のセレナーデです」
「その座っている席はレオノーラさんの席ですが? レオノーラさんは? 少々、プライベートな事柄でお聞きしたいコトがありまして」
「すみません、ちょっとトイレに」
また、控え室でレオノーラに変装してもどってくるセレナーデ。
「はぁはぁはぁ……ボクに聞きたいコトとは?」
「あなたの種族は、異性と同性の他にどんな性別が存在するのか、参考までに知りたいのです」
銀系内には、さまざまな性別の種族が存在する。
少しズレていたウイッグを直して、コップの水を飲み干したレオノーラ姿のセレナーデが答える。
「はふっ、女と男だけです人為的に性別転換する人もいますが」
「そうですか……レオノーラさんは、男と女のどっちが好きですか?」
奇妙な質問にセレナーデは想像で適当に答える。
「男……じゃないですか、ナユタとかいうパートナーみたいなのいるみたいですから……はぁはぁ」
「そうですか……そういえば、さっきからセレナーデさんの姿が見えませんけれど?」
「さ、探してきます」
また、部屋に走りもどってセレナーデに早変わりする。
会食の座席に、インテリ眼鏡がズレた格好で天井を見上げてだらしなく座るセレナーデ、急いで着替えたのでシャツのボタンが少し開いていて、胸元から下着が覗いている。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……セレナーデでしゅ……ぜーぜー」
セレナーデの少し開いた胸元を熱い視線で眺めながら、女王が同じ質問をセレナーデにする。
「セレナーデさんは、男と女どちらが好きですか?」
酸欠で思考が停止しているセレナーデが適当に答える。
「ぜーぜー、男の恋人とかいないから。どっちでもいいわよ、男でも女でも……はぁはぁはぁ」
「そうですかぁ」
微笑む女王から怪しい視線が自分に向けられているコトに気づいていないセレナーデは、乱れた髪の毛を手で撫で整えると、水を一杯飲んで落ち着いた。
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