第12話・私立ググレカス学園


 空を見上げたラーマは、タメ息をもらす。

「イイーネから、銀牙系に宛先不要の星間亜空間通信で発信できる場所が、ググレカス学園の普段は鍵がかかっている【第二放送室】からじゃないとムリなんだ……はぁ、あの部屋に入れさえできれば」

「気持ちは嬉しいけれど……そんなコトしなくてもいいよ、どうせ誰にも届かないんだしネットの攻撃だけで、直接危害加えられているワケじゃないから」

 ヒロエは親友のラーマを必要以上に巻き込むコト、通報したコトがネットいじめをしている連中に知れてラーマへの誹謗中傷が悪化するコトを怖れた。

 そして何よりもヒロエ自身がネットいじめされているコトを諦めていた。

(あたし一人だけ我慢さえすれば……解決するんだから、あたし一人だけが)

 ヒロエは拳を握り唇を噛み締めた。


 同時刻……私立ググレカス学園の学園長室。

 学園長の机の下に膝を抱えて座り、ガタガタと怯え震えている、市長を兼任している学園長の姿があった。

 人間耳の他に丸い獣耳がハゲ頭についている、ケモノ耳型種族の学園長の近くに立って。冷ややかな目で見下ろしている、市長補佐官兼任の若い教頭は首を軽く左右に振る。

(ビビリ狸がぁ、今まで自分がやってきた悪事を誰かが銀牙系の『お節介娘』に通報しやしないかと、毎日ビクッビクッしてやがる……そろそろ引き際か)

 最近、銀牙系内を眼球のような衛星級宇宙船『極楽号』で飛び回って、厄介事に介入してくるバグ・フリーダム『織羅・レオノーラ』は悪事を行っている者たちにとって脅威となっていた。

 レッグホルスターに入った大型の光弾銃『レオン・バントライン』を持ち、バンダナで結んだ後ろ髪がキツネの尻尾のように揺れるお節介娘の噂は、惑星イイーネにも伝わっている。


(学園市長は、さまざまな悪行で私腹を肥やして。オレもその甘い汁を吸わせてもらったからな……そろそろ、こいつを見捨てて惑星イイーネから別惑星に高跳びして身を隠す算段でもするか)

 ギザギザの噛み合わせ歯と、ギョロとした目で尖耳の妖怪型宇宙人で策略家の教頭が言った。

「学園長、いつまでそうやって怯え続ける日々を送るつもりですか……ここは、先手必勝──逆に織羅・レオノーラを、惑星イイーネに誘い込んで始末しましょう」

 教頭の言葉に驚いて顔を上げる学園長。目の周囲を取り囲む黒いパンダ模様は隈取りのように吊り上がっていて、常に怒っているような印象を与える。

「何を言っているんだ? 織羅財閥の血族者を始末する……そんなコトをしたらただでは」

「織羅家の影に怯え続けて待つのも、こちらから仕掛けるのも同じですよ……わたしに織羅・レオノーラ抹殺の策があります」


 教頭は部屋の壁に向かって指を鳴らす、壁の前に黒衣の者たちが黒霧の中から現れた。

 目だけを覗かせた頭布を被り、黒いマントを羽織った不気味な集団だった。

 教頭が言った。

「この連中は暗殺を生業にしている連中です……自然死に見せかけて殺害するコトなど朝飯前の連中です自己紹介をしろ」

「我ら『黒砂衆』にお任せを……我らに狙われて、逃げ延びた者はおりません」

 教頭が指を鳴らすと、黒装束の集団は現れた時と同じように黒霧に紛れて姿を消す。

 教頭がギザギザ歯を見せながら言った。

「すべては、教頭のわたしに任せてください」


 学園長室を出た教頭は、学園の『第二放送室』へと向かった。

 ググレカス学園には、校内向けに生徒放送部が使用している『第一放送室』と。

 学園市長や教頭補佐官が市政放送や星間亜空間通信で、別惑星や宇宙船と連絡をするための『第二放送室』がある。

 午後の授業一時限目が終わり、両側に円柱が並ぶ通路を通って、生徒たちが教頭に頭を下げて通りすぎていく。

『第二放送室』の扉ロックを外した時──教頭の携帯電話に黒砂衆リーダーからのメールが送られてきた。

 内容は暗殺依頼料の、口座振り込み催促メールだった。

 成功報酬とは別に依頼料だけは先払いの暗殺システムらしい。

「チッ、面倒くさい」

 軽く舌打ちした教頭は、人目を避けて携帯電話から口座に振り込み操作をするために、第二放送室から一番近いトイレに向かった……扉の鍵を開けたまま。


 数分後にトイレから戻っきて、第二放送室から『惑星イイーネの私立ググレカス学園に不正入試の疑いあり』と送信して亜空間通信を切った教頭は苦笑する。

「この計画は上手くやらないとな、学園長にだけすべての責任を押しつけて、しばらく逃走できれば──あとは銀牙系の司法関係の知り合いを使って便宜を」

 教頭の頭の中では策略が広がっていた。


 数十分後……校舎内で生徒たちの声で。

「衛星級宇宙船だ!」

「衛星級宇宙船が、惑星イイーネにもキタ────ッ」

 の声に首を傾げる教頭。

(ずいぶん早く、織羅・レオノーラの極楽号が到着したな?)

 教頭は校舎の窓から生徒たちが、指差して騒いでいる空を見上げた。

 そこには球体衛星の極楽号……ではなく、超巨大な熱帯魚型衛星級宇宙船が、衛星軌道上に浮かんでいるのが見えた。

 愛くるしいクリッとした目をした、熱帯魚型宇宙船を見た教頭は腰を抜かす。

「ど、どうして……別の衛星級宇宙船が!?」


 校庭で空に浮かぶ熱帯魚を指差して騒いでいる生徒たちのの中で、空を見上げているラーマが呟く。

「衛星級宇宙船【ナラカ号】──『美鬼アリアンロード』が来ちゃった」

 ヤナ・ラーマはナラカ号から惑星イイーネに向かって、大気圏突入時の摩擦熱で船底を燃え盛らせながら。

 ガレー帆船型をしたナラカ号の連絡宇宙船『黒きナグルファル号』が、イイーネの宇宙空港の方角に下降していくのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る