第二章【惑星イイーネ】崩壊寸前

第11話 『ヒロエとラーマ』


 巨大な虫の牙顎で挟み込まれたような渓谷が刻まれた【惑星イイーネ】


 ネット通信環境が高度に発展した『惑星イイーネ』の国立美術館の特別展示室に飾られた、一枚の大作絵画の前に一人の女性が立っていた。

 見上げるほど巨大な油絵につけられている題名は『殺戮の美天使』

 大賞受賞の表示がされた絵画の前に立って、感慨深い表情で絵を見ているギリシャ神話に出てくる女神のような服装をした成人女性に向かって。

 駆け寄ってきた数名の取材スタッフが、マイクやカメラのレンズを向けてメディアインタビューがはじまった。


「ヒロエ画伯、大賞受賞おめでとうございます」

 微笑む惑星イイーネの女流画家グリフ・ヒロエ。

「ありがとう、みなさんがたくさんの〝共感〟を押していただいたお陰です」

 イイーネではすべてのネット投稿や書き込みに〝共感〟と〝反感〟をつけるコトがサイト運営側に義務づけられていて、それがすべての社会評価に繋がっている──ただ〝共感〟と〝反感〟のシステムがイイーネの民主主義の平等性からは外れているのでは? と疑問視する人々もイイーネには存在する。


「展示絵画を撮影した画像の再生回数が一万回を越えて、共感も多数得られたのは、やはりヒロエ画伯の才能ですね……今後も大賞作品には多くの共感を得られたいですか?」

「えぇ、みなさんたくさん共感を押してください」

 数十分間の取材の後、惑星イイーネのメディアはヒロエの前から去っていった──必要以上に取材を続けないのが惑星イイーネのメディア特徴だ。

 メディアがいなくなると、今度は別の成人女性がヒロエの近くにやって来て親しげに話しかけてきた。

「久しぶりヒロエ、ググレカス学園の卒業式以来だね」

「来てくれたんだ、ラーマ」

「ヒロエの絵画作品に付けられている評価の〝共感〟数は本当に凄いよ──価値のある真の評価なんだもん」

 ラーマと呼んだ女性の頬に向けて、スローで拳を当てるヒロエ。

 歴史小説家のヤナ・ラーマも、クロスカウンターをするような感じでヒロエの頬を拳で押す。

 クロスカウンターで頬を歪ませながら微笑む二人。

 これが惑星イイーネで親しい間柄で交わされる一般的な挨拶だった。

 頬から拳を離して『殺戮の美天使』を見上げるラーマ。

 ヒロエも並んで絵画を眺める。

「この作品は、あの時の? ボクとヒロエが学園で会った、あの人と一緒にいたアリアンロード十五将の一人の」

「えぇ、美神アズラエル」

 横向きで疾走をしているようなポーズをした、ギリシャ神話に出てくるような神々服装の美しい天使の背中には。

 鳥類の翼ではなく短剣のような蔓植物の鋭い水晶の葉が、羽根のように生えていた。

 透き通った植物羽根の中には、血管のような赤い葉脈が描かれている。

 雲の隙間から光の柱が差し込んでいる神々しい背景とは対照的に、美天使アズラエルの足元には、暗色で描かれた無数の頭蓋骨のジュータンが広がっている。

『殺戮の美天使』を眺めていたラーマが呟く。

「あの日に、ボクとヒロエの未来が決まったね……あの人に出会っていなかったら、ヒロエは画家にボクは小説家になっていなかったかも知れない……美鬼アリアンロードに出会っていなければ」

 うなづくヒロエ……二人の心は、あの日の回想と共に学園時代の思い出へと飛んでいた。


 私立ググレカス学園生徒、グリフ・ヒロエ、十七歳……昼休み。

 窓際の席にポツンと独り座ったヒロエは手にした携帯電話の画面を、唇を噛み締めながら凝視していた。

 画面に示される匿名の学園掲示板にはヒロエに対する、悪口、誹謗、中傷の書き込みで溢れていた。

 匿名性に面白がって書き込む者、便乗して書き込む者、暇潰しで書き込みや悪意丸出しの書き込みもあった。

 掲示板だけではなく、ヒロエが知らない別のサイトやコミュニティーでも、ヒロエに対するインターネットの攻撃は続いていた。

 掲示板の接続を切ったヒロエは教室内で談笑をしている、足が露出して丈が短い、片方の肩が露出したギリシャ神話風の制服を着たググレカス学園の生徒たちを見る。

(この中にも、書き込んでいる連中は絶対いる)

 表面上は光沢がある皮を被り、普通を装っているけれど果肉はドス黒く腐敗している果実のようだと……ヒロエは思った。

 そんなヒロエのところに近づいてきた、一人の女子生徒がいた。

 クラス長のジモ・ルーンだった。ルーンが親切そうな笑みを浮かべながら言った。


「ヒロエさん、ダメじゃないのクラスのみんなから離れていたら……もっと、自分から積極的に近づいていかないと。クラスから孤立しちゃうわよ」

 ルーンは、よく独りでいるヒロエに、世話を焼いてクラスに溶け込めるように気にかけてくれる。

(クラス長の気持ちは嬉しいんだけれど……でも)

 ヒロエはどちらかというと、多人数での行動が苦手なタイプだった。

 ルーンはさらにヒロエに積極的にクラスの誰とでも会話をして、輪の中に入っていくようにとヒロエに伝えた。

「ヒロエさん、あたしはね。本当にヒロエさんのコトを誰よりも心配しているの……クラス長として」

 ヒロエが返答に困っていると、ヒロエの親友のヤナ・ラーマが二人の会話に割り込んできて、ヒロエの手を引いた。


「ヒロエ、天気がいいお昼休みに教室にいたら、腐っちゃうぞ」

 ラーマは、ポカンとしているルーンをチラッと横目で見ると、そのまま半ば強引にヒロエを教室から連れ出した。

 中庭までヒロエの手を引いてやって来たラーマに、ヒロエが言った。

「あたしに関わると、ラーマもネットいじめのターゲットにされるよ……現に今だって、ラーマの悪口書かれているし」

「匿名の陰に隠れてコソコソとネットで陰険なコト、書き込んでいる連中なんて気にしないもん……面と向かっては何も言えない陰険な連中だよ」

 明るく笑うラーマ。ヒロエが今のネットいじめのターゲットにされたのは、クラス内でネットいじめをされていた女子生徒に接触したからだ……ほんの少しだけ、困っていた彼女に手を貸して荷物を持ってあげただけで。

 その日からヒロエに対する、ネットでの誹謗中傷がはじまった。

 やがて、ヒロエが接触した女子生徒が引っ越して学園から去ると。

 書き込みのターゲットはヒロエへと移り、ネットいじめが本格化した。

 木陰のベンチに座る二人……そよ風に髪を揺らしながら、ラーマがポツリと言った。


「ねぇ、知っている。銀牙系には厄介事に首を突っ込んできて無法流に解決して去っていく〝お節介娘〟織羅・レオノーラって人がいるらしいよ」

「織羅・レオノーラ?」

「困っている人の声が届くと、衛星級宇宙船『極楽号』でやってくるんだって。

大小の声にかかわらず、興味を持った厄介事に介入してくるらしいよ」

「どうやって助けを求める人の声が届くの?」

「衛星級宇宙船に『目安箱』って呼ばれる、巨大電脳の情報収集システムがあって、そこに銀牙系に飛び交っている情報が集められているみたい……ヒロエがネットいじめ受けているコト、伝えて解決してもらおうかと考えている……ただ問題が一つ」

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