第40話・第ZERO章ラスト
極楽号の船橋に一人残ったレオノーラは、巨大船内モニターに分割されて映し出されている、極楽号内各所の様子を見ていた。
通路に倒れて絶命している仁と月華。
爆発に巻き込まれて、死霊兵士たちと一緒に船外に放り出される、シスター・メルセ。
救出されて、ドドド・リアンの中古小型宇宙船で脱出していく、ディアたちを眺めていた。
何気なく呟くレオノーラ。
「ご安全に」
船橋のドアが開き、死霊兵士たちが侵入してきた。
少し惚けた涙顔で、剣を持った死霊兵士たちに向かって微笑むレオノーラ。
「ご安全に」
レオノーラに襲いかかる死霊兵士。
その時、金属製の筒のようなモノが船橋の床を転がり、筒から白い煙が吹き出したかと思うと、死霊兵士たちを筒の中に吸収した。
セレナーデの声が聞こえてきた。
「その昔、亡霊艦隊の対死霊兵士用に研究開発されたけれど……開発後は一度も使われるコトがなく、死霊兵士を十数分間しか封じる効果しかなくて。使い勝手が悪すぎるために忘れ去られていた武器」
金属製の筒武器ベルトを体に交差させて装着した、セレナーデが夜左衛門を背後に従えて立っていた。
レオノーラにスタスタと近づいたセレナーデは、いきなり妹の頬を平手打ちして叱咤する。
「逃げようともしないで、なに考えているのよ! まさか、格好つけて宇宙船と一緒に運命を共にするつもりじゃないでしょうね!」
セレナーデはレオノーラを強く抱き締める。
押さえていた感情が溢れ、号泣するレオノーラ。
妹を抱きすくめた姉が囁く。
「子供の時にヒドイことを言ってごめん、あなたはスペアなんかじゃない……スペアなのは、あたしの方。
極楽号から脱出して……レオノーラは生きなきゃいけない、あなたが死んだらあたしも半分の自分を失うコトになる」
セレナーデは、アラバキ・夜左衛門に問う。
「脱出用ポットがあるエリアは?」
「すでに近づけない状態です」
「それなら、宇宙船で脱出するしかないわね」
セレナーデは、船内分割モニターの画面から、白きシェヘラザード号が格納されている場所のモニターカメラ画面を視線で探し出す。
破損したカメラの画像は砂の嵐画面になっていた。
「シェヘラザード号の格納エリアが、ここからは一番近いけれど……他に宇宙船があるエリアは無いわね、一か八か賭けて行ってみる」
船橋を出て格納庫に向かう。セレナーデ、レオノーラ、夜左衛門の三人。
通路に群がる死霊兵士の群れに、金属筒を放り投げて封印しながら格納庫に到着したセレナーデは、そこで見た光景にがく然とした。
中破炎上している『白きシェヘラザード号』……その近くに燃えている一体の死体があった。
燃えていたのは、レオノーラが来るのを待っていてくれた──カプト・ドラコニスだった。
力が抜けて座り込むレオノーラ。
「そんな……カプト・ドラコニスまで」
夜左衛門が、シェヘラザード号から離れた場所に置いてある、耐火シートが被せられた銀色機体の降下宇宙船に気づく。
「これは、カプト・ドラコニスがコレクションして、ケースに入れて眺めているだけの名機『銀のガルガリム号』!? どうして、ここに?」
その時、天井のスピーカーからカプト・ドラコニスの声が聞こえてきた。
《いつも、メンテナンスはしっかりしているから動くぜ……自動操縦設定だから、安全な場所に運んでくれるはずだ。宇宙船は飛ばないと意味がねぇからな……銀のガルガリム号で脱出しろ》
天井に向かって訊ねるレオノーラ。
「どこにいるの? 一緒に脱出を?」
《悪いな、この音声は録音だ……状況を判断した人工知能が録音したパターンを組み合わせて返答している、この声を聞く時はオレはもうこの世にはいねぇ……エンジンがかかって後方のハッチが開いたら、すぐに乗り込め! 数分で発進する、格納庫の扉は突き破れ……じゃあな》
「待って! まだ話したいコトが!」
録音された音声は、レオノーラの言葉を無視して一方的に喋る。
《レオノーラさまとの冒険楽しかったぜ、オレの衛星級宇宙船を操縦したいって夢を叶えてくれて……ありが……とう……な》
録音されていたカプト・ドラコニスの声は沈黙して、銀のガルガリム号の後方ハッチが開き、エンジンがかかる。
「レオノーラ、早く!」
セレナーデと夜左衛門に急かされて、レオノーラは何度も振り返りながら宇宙船に乗り込み。
三人を乗せた銀のガルガリム号は自動発進して、格納庫の扉を突き破ると極楽号を脱出した。
半球体が誘爆して、破片が空間に飛び散る極楽号の機能は完全に停止していた。
飛んできた極楽号の破片の一つが、ガルガリム号に迫ってきた時、ガルガリム号を破片から守るようにザガネ艦が進行してきて盾となる。
飛んできた破片がザガネ艦の装甲を貫く。
それを見たセレナーデが叫んだ。
「バカ! なんで逃げなかったのよ! そこまでの義理なんてないでしょう!!」
爆発するザガネ艦から、脱出ポットが排出されたのをセレナーデは見た。
極楽号が中破して沈黙すると、幽霊惑星と亡霊艦隊、死霊兵士はスゥーと消え去り、また永い眠りに入った。
銀のガルガリム号は、惑星レテの砂漠地帯へと降下していった。
レテの牧草地帯へ不時着した、ドドド・リアンの中古小型宇宙船から降りてきたリアンとクサヤは深呼吸をする。
「生きているっていいなぁ、なんとか脱出できたな……救出した極楽号の三人はもう少し宇宙船の中で寝かせておくか」
クサヤが、リアンに訊ねる。
「これからどうする?」
「何も考えていない」
「おまぇなぁ」
その時、銃声が響きクサヤの肩から赤い血が出る。
影のライフル銃を構えた一体の死霊兵士が、不時着した宇宙船の陰から銃口を向けて狙っていた。
倒れたクサヤを介抱するリアンが死霊兵士を睨みつける。
「いつの間に、宇宙船に紛れ込んでいた!!」
二発目の銃弾を発射しようとしていた死霊兵士の後ろに現れる、飛天ナユタ。
ナユタが死霊兵士の首筋に手を触れると、死霊兵士はナユタの手に開いた宇宙空間に吸い込まれて消えた。
ナユタが呟く。
「すまない、おまえたちが死霊兵士になって亡霊艦隊や幽霊惑星から、逃れられない苦しみを背負うコトになったのは全部オレのせいだ……また、永い眠りについてくれ」
ナユタの姿が影に消える。
肩を撃たれたクサヤを抱えて励ますリアン。
「しっかりしろ、傷は浅いぞ」
「そんな気休めはいいから……あたい、もうダメ。最後の願いを聞いて」
「なんだ言ってみろ」
「最後に、お姫さま抱っこをして……キスして」
唇を尖らせるクサヤから手を放すリアン、地面に後頭部を打ちつけるクサヤ。
「いたぃ!」
「くだらない冗談が言えるなら大丈夫だな、死霊兵士から受けた傷口から出る血が本来の血の色じゃなくて、黒い血の色だったら死期が近いそうだが……クサヤは大丈夫そうだ」
クサヤはリアンに悪態を浴びせる。
「バカ、血球人」
流れる大河流砂の砂漠を見下ろす丘に着陸した
銀のガルガリム号から降りた。レオノーラ、セレナーデ、夜左衛門の三人は砂の大河を泳いでいる、砂虫巨獣の群れを眺める。アラバキ・夜左衛門が言った。
「この丘に丸太小屋を建てましょう、西部劇風の小屋を」
バグのガンファイター姿の織羅・レオノーラは、忘却惑星の空を見上げる。
空には中破した極楽号の破片が、小惑星帯の輪のように衛星軌道上に流れていた。
航行不能になった極楽号を、無言で眺めるレオノーラの肩をポンポンと軽く叩くセレナーデは、持っていた分厚い法律書のページの間から折った一枚の用紙を取り出してレオノーラに手渡す。
「昔、家を出る時に持ち出した専門書の間にアリア母さんがレオノーラに渡すように書いて、挟んであった手紙……ずっと、渡そうと思って持っていた」
受け取った古い手紙を読んだ、レオノーラの目に涙があふれる。
銀のガルガリム号が着陸した丘から、少し離れた場所の小高い丘の上に生えている大樹の横に立ってレオノーラたちを眺めていた。
ヘソ出し女子プロレスラー姿の、ウェルウィッチアは無言でその場から立ち去った。
第ZERO章【幽霊惑星の亡霊艦隊】~おわり~
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