第37話

「ぅ、わぁ……。なんだか私じゃないみたい……」


「ほんとほんと。あたしも今初めて見たけど、全然違う人見たいっ! ねね、小泉くんはどうだった?」


「……すごい。良く撮れてるよな」


 正直かなり魅入られた。これを短期間で仕上げた陽太も賞賛されるべきだが、それにしたってプロのミュージシャンが手掛けるPVにほとんど遅れを取らない。それほど二人の、ひいては葵の表情に目を奪われた。


 そしてモデルの二人の一つ一つの表情が、まさに関係性を示していた。これはひいき目やストーリーを最初から知っているからではなく、誰が見ても分かるようにストーリー立てされている、立派な映像作品だった。


 曲の雰囲気。歌詞の意味。楽器たちの奏でる音。そして何より、


「葵ちゃん、演技とっても上手かったもんね。私なんてずっと指導されっぱなしで……」


「あはは! 確かにそうだったよねぇ! でもなんだろ、共感? みたいなのしちゃってさぁ」


 照れ笑いをしながら、凜もつられて笑い出す。ボクはそれに置いていかれながらも、脳内で動画をリピートし続けていた。

 特に印象的だったのはキスシーンの時の葵の表情だった。じっと凜を見つめる瞳。正面を向いた状態で数秒だけ映し出されるあの表情は、穏やかに微笑みながらその先を見つめるあの視線は、かなり心を揺さぶられた。


 あれほどまっすぐ葵に見つめられたことはあっただろうか。葵が誰かと唇を重ねる時、いつもあの表情を浮かべているのだろうか。


 心に靄がかかり、また胸を針が刺してくる。凜の見つめるシーンもあったはずなのに、こんな感情は全く沸いてこない。何かがおかしい。


「ねね、もう一回見よぉ」


 再生されたPVは同じシーンを繰り返していく。そしてまた同じキスシーンがやってくる。じっとこちらを見つめる葵と目が合う。

 隣に居るのも葵なのに、画面の中の葵は雨の中で撮影してきたときの格好で、そしてまっすぐこちらを見据えている。その視線はボクを射貫いた。


「あ、そうそう。このシーンね、涼さん家なんだよぉ。二人ともシャワー貸してくれた時に回してくれたんだぁ。陽太さんがめっちゃ盛り上がってて、ねぇ?」


「すっごく面白い人だけど、本当にその、キスしちゃいそうで恥ずかしかったなぁ……」


 実際はカメラのアングルを上手く使って寸止めしているらしい。陽太がこのシーンにかなりこだわりを持っていたらしく、なかなかの時間を割いて出来上がったシーンだったそうだ。


 そしてラストシーンへ。確かにここに居る二人のはずなのに、全くの別人に見える。それは例えるのであれば同じ俳優がドラマや映画に多数出演しているのに、作品ごとで全く別人に見えうるように思える感覚と似ていた。


 タブレットを閉じ、凜がすっと葵から距離を取ると、ボクもそれに倣って少しばかり距離を取る。途端に喉が渇き、コーラを流し込んだ。


「なんかプロのPVみたいじゃんね⁉ 大学生ってすごいんだなぁ」


「ほんとほんと。ホームビデオみたいなものかなって思ってたのに、すごいのが出てきちゃったね」


「二人の演技もあるから、これほどの作品が出来たんじゃないか」


「やだ小泉くん、褒め上手じゃぁん!」


 くすくすと笑う二人は、PV撮影の話で盛り上がっている。公園の時は暑いのに汗かいたらダメって言われて大変だったとか、雨の日は雨に紛れて泣いてほしいと切実にお願いされて必死に涙を出したとか。


「今はもう一個の方編集中って言ってたよぉ。でもライブ終わるまでは一旦寝かせておくんだって」


「もう二本目に取り掛かってるのか。陽太はなんというか、パワフルだな」


「陽太さん、とっても楽しそうだったよ。きっと音楽と同じくらいこういうことするの好きなんじゃないかな」


「言えてる~! カメラ回してるとき超目キラキラしてたもんねぇ」


 楽しそうに笑う二人につられて、ボクもふっと吹き出してしまう。想像のつく陽太の表情は、きっと三人とも思い描いている表情のままだろう。


 そんな話からどんどん話は変わっていき、PVのテーマでもあった恋愛の話になっていく。世の学生が一番盛り上がる話は恋バナ、という記事を以前見た気がする。

 主に葵の恋愛の話が繰り広げられる中、葵が少し意地悪そうにクッションを抱えながら凜に質問をぶつけていく。


「凜は好きな人とかいないの~? あたしばっか暴露してつまんないじゃんっ。こないだからさぁ」


「えっ⁉ えっと、好きな、人……?」


 凜は口ごもりながらむぅっと葵を睨む。だが凜の顔はほんのりと赤らんでいた。


「もう……。いるよ、好きな人」


「へぇっ! じゃあじゃあ、小泉くんはっ?」


 それ以上凜への追及をやめた葵は、ボクへと話を転換させた。凜はまだ顔が熱いのか、頬に手を当てている。


「好きな人とか、そういう感情とか、まだわからない。っていうのはダメか?」


「えー、じゃあじゃあ! 過去に好きな人がいたとかはぁ?」


「残念ながら全く。そういう葵はどうなんだ?」


「あ、それ聞いちゃう~? でも残念ながらまだいないんだよねぇ。こう、びびってくる人がさぁ」


 へらりと笑うと、葵は自分のことはさっさと隅に追いやるように凛へ話が振る。なんでも凜の好きな人は同じ高校で、しかも同じクラスの奴らしい。

 となると、ここまで協力的に動いていることも鑑みて、多田辺りだろうか。男女ともに好かれている多田なら、凛が恋心を寄せる人物にぴったりと当てはまる。


「いーなぁ、凜はめっちゃ青春って感じじゃぁん。あたしも好きな人ほしー」


 いつの間にか用意されたスナック菓子がローテーブルに上に並び、そのうちのポッキーを頬張りつつ、葵がちらりとボクを見やった。


「ね、今度三人で遊びにいこーよ! 今日は雨だけどぉ、遊園地とかプールとか? どうどう? よくない?」


「えっ⁉ ぅ」


 つん、と葵が凜の脇腹をつついた。短くうめくと、取り繕ったように笑顔を作り出して「いいね」なんて呟いた。

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