第19話
「さて、運ばれてくるまでに本題入ろっかぁ」
交代でドリンクを取りに行って、席で落ち着いたときに葵が口を開いた。確かに今日は優雅にランチを楽しみに来たわけではない。葵はにやりと笑ってグーの手をボクに突き出してきた。
「三択あげるよ。どクズな元カレ、超イケメンだったけどアレが小さかった元カレ、片思いで終わった中学の頃の話。どれがいい~?」
一本ずつ指を立てて、三本の指を振って見せた。どれと言われても困る。どの話でもいいとは思ったが、最初の二個はかなりヘビーそうだな。
「……まともなやつで頼む」
「え~、どれだしっ!」
「多分まともなの最後のしかないよ、葵ちゃん」
「あ、そう? じゃあ話すねぇ」
葵はちゅうっとストローでメロンソーダを吸って、わざとらしく咳ばらいをした。そして懐かしむようにボクを映しているはずの目は、全く別の人を映しているように見えた。
その人は中学の二つ上の先輩だったそうだ。まだ誰とも付き合ったことのなかった葵は、所属していた陸上部(とても意外な事実だ。)の先輩に恋をしていた。
しかしその先輩も一年経てば卒業してしまう。それまでに告白をと思いながらも、夏の最後の大会を終えてその先輩は引退をしてしまう。
引退をした先輩は当たり前だが部活には来なくなる。距離は縮まない一方で、その先輩は無事に高校に受かったことを報告しにがてら部活に遊びに来たそうだ。
その時に告白しようと思い立ったが、人気者だった先輩は結局部員やら先生やらに囲まれて一言も話せずに終わった。
最後のチャンスの卒業式に、やっとの思いで告白をしたものの、つまる思いから泣き出してしまい、結局当時の葵の精一杯の告白を告白と受け取ってもらえないまま、その恋は儚く散った。
「今考えるとかなりあり得ないよねぇ。なにパニくってんのって話~」
話している途中に運ばれてきた料理を口に運びながら、葵は少し照れ臭そうに笑って見せた。
倫太郎から聞いた話は実った後の失恋。葵の話は、片思いか。いろいろな形があるものだとは知っていたものの、ここまで振れ幅が大きいとは。完成されていない二枚目の詞には参考にならなさそうだな……。
「凛もなんかあるっしょ。教えてあげなよ~、あたしも聞きたいっすっ」
フォークを弄びながら凛に話を振ると、凛は困ったようにボクをちらりと視線を送って顔を赤らめたか。ぱっと俯いて手元にあるストローを弄びながら、まるではぐらかすように「そんな話ないよぉ」と笑っていた。
「あ、来たよ」
そして窓の外にいるピエロのメンバーを指さした。その顔はまだ少し赤い。
「お待たせ~。あれ、小泉クン来てたの」
友紀はこれまたラフそうな格好に身を包んで、夏に合わない全身真っ黒な姿で現れた。その恰好、光を吸収して暑くないのか? と問いかけたいところだが、なにせ汗一つ浮かべさせていない彼を見ると、特に問題はないのだろう。
他のメンバーも楽器類を持っていないところを省けば、前回会った時と大差ないファッションに身を包んでいた。
変わったと言えば陽太の髪色がなぜか青色に染まっていることくらいだった。かなり真っ青なその髪は陽太という名を完全に否定しているようにも見えた。
「おつかれーっ! ねねね、似合うかな葵ちゃんっ!」
「なんで真っ青だし! 陽太くんならどっちかっていうと~、オレンジじゃんね?」
「やっぱりそう思う? でもやっぱり今回のPVにはこっちかなって思ってさぁ」
意気揚々と葵とじゃれ合う陽太だったが、友紀がばっさりと「今回はメンバー、出ないよ」と切り捨てて、一枚の紙を陽太に手渡した。それに目を通すと、陽太はなぁんだぁ、とわざとらしく肩を落として見せた。
そんな談笑を繰り広げる隣で、凜はとても縮こまっていた。そりゃあ好きなバンドと対バンなんてしてしまうようなメンバーを前にすれば、同級生といえど緊張しても仕方ないだろう。
「よお小泉。作詞はどんな感じだー?」
「ぼちぼちって所で……かな。やっぱり恋愛ってわかんなくて」
「その為の会議だったんでしょ。っていうか春彦、邪魔」
「おいおい、相変わらずの物言いだなぁ涼。俺らもなんか頼もうぜ友紀」
全員が軽食を頼み、ボクたちはファミレスを占拠したまま、PVの打ち合わせやらをしているのを聞き流していた。
PVのプランは、真面目な学生役の凛と所謂サブカル女子役の葵が惹かれ合う、というストーリーだった。同性愛がモチーフということを聞いたせいか、『ドラマ』の曲を思い出して歌詞にいろいろと合点がいった。
そんな中でもう一つのPVの話が持ち上がった。『ドラマ』の続編に値する曲があり、二週連続での投稿を目指す、というのが友紀の狙いらしい。
曲名は『来世では』という、これまたキャッチーな曲名だ。ミニアルバムの中に収録されていたが、歌詞の中身は今世では結ばれなかった二人が来世では結ばれようと約束する、闇を感じるようなラブソングだったはずだ。
周りから理解を得られなかった二人の自死を連想させるような、そんなイメージの曲とすれば、ストーリーは確かに完成されているように思えた。
ド直球に『死んだとすれば貴方を探しまた恋するから どうか離さないで また死んだとしても』という歌詞にも筋道が立つ。しかし、今ここに居るひょうひょうとした友紀がそんなストーリーを歌っているとは、道行く人は誰も想像もしないだろう。
「さって、そろそろ撮りに行くかな。小泉クンも来る?」
「あ、ボクは……」
「え、小泉くん来ないつもりだったのぉ? 来なよー!」
全員がまたボクを見て、それがたまらなくてやっぱりまた顔を逸らした。変化があったとはいえ、苦手なものを克服している訳ではない。どうせ帰っても机に向かうだけかと黙って頷いて見せると、春彦が「無口だなぁ」と笑いながらレシートを持って会計へと向かっていった。
そもそも最初にドカ食いしたのは葵と凛と、そしてボクだ。その分だけの会計を、半ば無理矢理春彦に押し付けて、ボクたちは駅から徒歩十分ほどで着く公園へと向かった。
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