パルプ・バイブル
シィマン
第1話 ゼロゼロ!
彼は冷たいコンクリートに腰かけ巨大な光と対峙している。眉間にはシワがより、まぶたは力強く閉じられている。
単調な昼光色がまぶたをすり抜けては消える、それの繰り返しだ。
瞳に映るのはスイングした巨大な蛍。白昼夢の存在だろう。
彼がおわりを願っても、夢はさめない、ねても、さめても
「カイチーッ!」
そう呼ぶ声でオレは目覚めた。声の主はオレに近づいてきている。早足だな。
「カイチ起きろ」
「おきてたよ。目ぇつむってただけ〜」
「アッハッハッハ!」
長い金髪が揺れている。ふたつの三日月から青い光が漏れている。
男のオレから見ても彼はいい男だ
「どうかしたセラ?トイレ?」
「4つ隣の教室まできて連れションにさそうかよ。帰ろうぜ。もう授業終わってんぞ」
時計に目をやると針は4時をさしていた。オレはどれだけ眠ってたんだ。少しの自己嫌悪に陥っていたら
「HRやるぞー」
小太りの中年男性がハンカチで額の汗を拭いながら教室に入ってきた。エアコンの風があたり、少ない髪が悲しく揺れている。
「えーーっ!まだHR終わってねぇの!?抜けろよカイチ!」
「ヤダよ、すぐ終わるし待っててくんろ」
「でもこんな時間にHRやってんのおかしいって!おっせぇよ!」
確かに。もう終わっててもいい時間だな。でもセラの文句の付け方はいきすぎだ。オレは今にも吹き出しそうだった。
「ニエがなんかやったんだって」
隣の席のナガシマが話しかけてきた。この坊主頭は噂話とグラマーなインスタグラマーに目が無い。
「そいえばニエちゃん元気なかったかもな〜…」
「じゃあソイツが悪いんじゃん!早く帰らせろよ!」
「お前は帰っていいんだぞセラ」
ピシャリと一言。クラスの視線が一点に集まる。
あれだけ大きな声で喋ってたんだ、先生に気づかれるよねやっぱり
「すいませーん。帰りまーす。んじゃカイチ、先行ってるわ」
「おーよ」
少しニヤつきながらセラは教室を後にした。いつもどおりのHRが始まった。オレは予定調和でつまらないこの空間から早く抜け出したかった。
じゃあねー、バイバイー、また明日ねー。
校門前は人でごった返している。少し、自分は小さな存在に過ぎないのだと思った。この世界には32億もの人間がいる。オレなんかとるに足りない存在だろう。何で生まれて、何のために生きて…………やめよう。
「オレぁ楽しく生きれたらそれでいいもんね〜」
モヤついた心をスッキリさせるために、そこらにいる学生を見下した。
夢も持たず遊び呆けて何してんだ、休日には彼女とお揃いのスウェットきて、ドンキ行って、しまいにゃあキティちゃんのサンダル履いて。
心はもっとモヤつき、まわりの声は全部自分への陰口のように感じた。なんて情けないオレだ。
駅から歩いて5分ぐらい、一階にはカウンター席が5つ、二階にはテーブル席が4つ。
「アヒルのヨーイドン」「カエルのうた」「坊主めくり」なんて見たこともないレトロなゲームも置いてある
ハンバーガーショップ「アバドン」
オレとセラの憩いの場だ
「ベーコンレタスバーガーのセット」
何度となく呟いたセリフ。反射で喋ってるんじゃとおもうほど衝いて出た。
いつも通り何を見るわけでもないのに上に視線をやる。自分じゃ頼まないメニューが並ぶ。
・フィレオフィッシュ 魚は食えない
・えびフィレオ えびも食えない
・ヒツジ ヒツジは好きだ
「ヒツジィ〜?」
パーカーのフードを深く被り、ボアブルゾンを着込んだ男がカウンターに座っている。ヒツジの正体
「今日もいるのね」
ベーコンレタスバーガーを受け取り二階へ上がった
一番奥、窓側のほうの席にセラはいた。何か本を読んでいる。
「セラ〜!ドリー今日もいたよ」
「マジ!?オレがきたときはいなかったぜ。ますます謎の生態してるぜあのヒツジ」
オレたちがアバドンにいくといつもいる男、それがドリー。名前の由来はー
「何だっけ?」
「俺たちの友達だからだろ。ほら、ヒツジは友達エサじゃないってな」
「ハハハ、友達じゃないだろ〜!」
ただ少しの会話を交わしただけなのにモヤモヤは晴れていた。友達の存在には救われる
「セラ何読んでるん?小説?」
「漫画だよ漫画。小説なんて滅多に読まねぇな」
「オレもそうだなぁ」
「小説はよ、どんどん読むやつ減ってくぜ。物好きは読み続けるだろうけど」
「そういうもん〜?」
「ああ。俺は読まないね。いろんなコンテンツが履いて捨てられるほど溢れてる国に生きてんだ。小説は選ばねー」
「んー。エメラルドも無意識にゴミ箱へ捨てられてるような国だもんな〜。オレも小説はなぁ…」
「そーだカイチ、なんかおすすめの映画ねぇ?お前ならいっぱい知ってんだろ」
「んっふっふ〜今いいの持ってんよ〜」
色を落とす街、静寂の時。
人影はまばらになり街灯が灯りだす。
オレとセラは帰路についていた
「もう8時だぜカイチ。母ちゃんに怒られちまうかもだ」
「何でさ。もう高校生じゃんか〜」
「8時だぜ?家に着いたら9時前だ」
そうだ。暗い時間なのだ。オレも親がいれば叱られたかな。9時だなんて叱るよな。
「んじゃな」
「ん、じゃ〜」
オレん家と反対側の電車にセラは乗った。セラん家までは5駅。いや6駅だったかな。
「あ」
全速力で駅を出た。細い柱と太い柱に体をぶつけた。
前髪なんて気にせず走る。誰が見るわけでもない。こんな時間に人なんていない。
もう11月も後半なのに汗をかきながらアバドンへ向かった。
「はあ…はぁ……はぁ…」
ドアの取っ手に手を伸ばす。ギィ、と音がした
「開かねー…鍵かかってんのか」
大きく息をはき、道にへたり込んだ
「どうすりゃあ…クッソ〜…!」
心がモヤついてきた。体のあちこちが痛い。どれだけぶつけたんだ。
「あんなパッケージキレーなまま持ってんのなんてオレくらいだ…!あんなクソ映画ネットになんてでまわんね〜…!」
全速力で走ったから眠気が襲ってきた。
眠気と闘うほどの気力が今のオレにはなかった。
校門前。生徒たちの話し声が聞こえる。
「ニエちゃんの話聞いた〜?」
「あ〜、夜歩いてたんでしょお?」
「そお。カホがベランダから見たって」
「…‥…で……ほ…が………みつか‥‥」
「…………てん……そ……やば…………………」
何だ……?なに言ってんかわかんねー…
「………ち……が……き……ま…の……」
何だ…!オレんこと言ってんのか……!つまんねー……!クソ…クソ…
「クソっ!」
凍えるような寒さだった。降りたシャッターの灰色が余計にそれを感じさせた。
「………………………」
ヒュウウウウウウウ。風の音。カイチの少しカールのかかった黒髪が顔にはりついた。
狭まった視界でもわかった。
「夜だ…」
時計を見る。ドロドロのなにかが舌を出しハエを食べている。舌が長針、ハエが短針。アバドンの店主は趣味のいい時計を飾っている。
電流が走った。体の内がマグマのように感じる。スー、スーと白い呼気に身を包みながら、もう一度見る。
「23:58」
「時間ね〜…!無理だって…!」
ユサユサと揺れながら頭を掻き毟った。少しでも動いていないと震えている自分に気づいてしまうから。
「あああっ……‥……」
走る。人はいないのに信号は点滅している。LEDの誘導員が激しく動く。息をする度、きらびやかな世界が肺を満たす。
「…‥………ふ‥」
笑みがこぼれた。こんな時間に外に出るなんてダメなのに。オレはイカれてなんかいないのに
心は不思議と高揚していた
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
ひかりを見つけた。吸い寄せられるように向かった。ひかりなんて嫌いなはずなのに。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
「はぁ…はぁ…はっ…!」
眩しくて目がくらんだ。ひかりが体をつつんでいる。
そこは
コンビニだった
「誰だぁコイツ?」
「えっ!あのっ…違うくて…っ!」
「何で寝っ転がってんだ。店の真ん中で」
「あのっ…ディスク!…映画のディスクを忘れてっ…それでっ…!」
「悪い子だぁ」
徐々に開ける視界。四隅が白んでいる。
「アタシはルイファ。んで、名前は?」
「カ…カイチ!」
「映画のタイトル聞いてんの。それでアンタを判断する」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
ショートカットの銀髪が揺れている。真紅のガラス玉がキラキラ光ってる。
男のオレから見て、キレイな人だ
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
心のモヤモヤなんて晴れに晴れてる。違う震えが止まんない。さっきと違う汗をかいてる。
彼女が眩しくて何も見えない、聞こえない、感じない
時計も、今流れてるニュースも、校門前での噂話も
「‥…………で………と見られる……天使の骨が……」
「………そう……あの……コンビニ……天使………殺…」
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ
「カチッ」
「パルプ・バイブルです」
「そう。すんげぇ駄作だね」
チラッと目に入った時計が0時を指していたかもしれない。けれどそんなこと気にならなかった。今、オレは、楽しい
オレの夜が始まった
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