後編

年は明け、一月一日。新年あけましておめでとう。テレビやインターネットのメディアでは心機一転といった宣伝が数多く見受けられたが、昨年の問題を引き続き抱える俺にとっちゃ関係のないことだった。ハルヒと離れない限り心機一転なぞ訪れよう気配もないことだろうな。昨日だって分かり切っていることではあったが、振り回された挙句、結局何も見つからずに解散している。そして新年一発目である今日、鶴屋邸にお邪魔することになっている。俺は昨日の解散の時に初めて聞いた。活動内容ぐらいもう少し早めに全体で共有すべきではないのか。あ、これは別に部活としての活動ではなかったな。いや、それで許されるわけでは決してないのだが。

また、これまた重大ニュースではあるのだが、俺は昨年末謎の怪文書が送られており、その読解へと力を向けており、その努力は必要なものだと割り切っていたのだが、そんな俺の努力はむなしくも無駄となってしまったことが新年の初めの今日、発覚したのである。

新年一発目の目覚めからそう時間もしないうちに、俺はバッグから何か手紙のようなものが飛び出ていることに気づいたのである。その瞬間睡眠によって回復した昨年の疲労がどっとぶり返したのを感じた。俺は前の手紙のヒントや答えであってほしいとかすかな希望をこめ、その手紙を開封した。しかしそれは、結果から行ってしまえばそんな優しいものではなかった。昨年度中の手紙問題も片付いていないのにさらに問題を押しつけてきやがって。せめて新年のこの日に送らなくてもいいだろうに。おかげで沈み込んだ俺の気持ちは今しがたマントルにまで沈み込んだ。こちとら超常現象解決家初級の資格すら持てねえ普通の高校生なのにな。難易度の調整もうちょい考えやがれよこん畜生が。

 もうちょい詳しくその中身を言ってみれば、前と同じような手紙ではあったのだが、内容というか言語自体が前のものと全く違っていた。俺には読めやしないが、アルファベットをいじくったようなそんな言語だ。前の手紙と違って読める奴がいそうなそんな感じだった。

 しかし、疑問は浮かぶ。なぜ、もう一枚の手紙が今届いたのか。前の手紙と何か関係があるのか。それとも何か別の問題なのか。


「くそっ、俺に何を期待してやがんだ」


俺に難題をふっかけて慌てふためいているところをどっかの富裕層がワイン片手にモニターで監視してるんじゃないかと思い、部屋の隅々を改めて漁ったが、隠しカメラは見つからなかった。前と一緒で手紙と関係するようなものは何も見つからなかった。どっちにしろ今日は鶴屋邸で新年の催しに参加しなけりゃならん。俺はこのことを昨日の解散時はじめて知った。そこにこの手の専門家は集まってくれるさ。長門に聞くのは少し憚られるから古泉にでも聞いてみよう。あいつが結局思わせぶりな発言をしているのだから、馬鹿正直に聞いてみるのもありさ。結局、この手紙で一番の被害を被っているのはどうやら古泉のエスパーチームくらいだから積極的な協力が求めることができるはずだ。または、自分で辞書片手に調べるというのもありかもしれない。この言語がどこのものか分からない以上どの辞書を選べばいいかすら分からなかった。だから俺みたいなあほんだらに大事なことを伝えるときはは日本語オンリーでお願いしたいといっておるだろうに。それに俺は母国語を愛しているからな。そうはいっても集合時間までには時間がある。まだ、考えられる時間はあるのだ。

必死に何かをやっていると時間の進みが早く感じるというのは、何とも不思議な話ではあるのだが、はたしてどうだろう。この時間俺は一生懸命考えることができただろうか。うむ、とりあえず頭が枕に乗っかっており、体が横に寝転がっているというのが現場からの現状報告である。とりあえず二度寝していたのである。この言語は特殊な睡眠作用をもっているのではないか。意識を覚醒しようと背伸びをしようとした同時に携帯のバイブ音が部屋に響き渡る。


「あ、ああ……なんだ……?」


「今何時だと思ってんのよっ、もうとっくに集合時間過ぎてるわよっ」


開口一番メガホンを耳に当てられているかのような大声。ふと、時計に目をやれば十時十五分である。残念ながらこの時計に狂いはないようで、ハルヒの発言に正当性を認めざるを得ない。


「すまねえ、今起きたとこなんだ」


というと怒るハルヒの逆鱗に触れてしまったようで、


「はぁ、寝てたぁ? ふざけんじゃないわよ。こっちは寒い中、ずっとあんた待ちだったのよ。早く来なさいよ」


そう言って電話は切れた。俺の難解な問題に対する頭の足らなさを嘆いてから電話を切っても遅くはないはずだったのだがな。とりあえずお年玉の一部がSOS団のドリンク代で消える事は確定した。とりあえず、早く集合場所に行かないとな。ベッド横に転がっていた二つの手紙を一応バッグの中にてきとーに詰め込んで、外に出る。そして、自転車に飛び乗り、冬の季節を思い切り感じながらペダルを漕いだ。


ところ変わるは鶴屋邸。年は変われど、寒いことは変わらんようで、自転車を漕ぎながら日本の気温の安定を実感した。今年も夏は暑く、冬は一層寒いようだ。流石に遅れて申し訳なかったので、急ぎペダルを漕いでいたら、体が非常に温まった。鶴屋宅と表現できない程度に十分に大きな屋敷であった。聞けば近くの山までもが鶴屋山なんて名前もついて所有しているらしい。心の器は所有する土地の大きさまでもに影響するのかとあながち間違っていない論理式を組み立てていると玄関前につき、そこで鶴屋さんが俺らを出迎えてくれた。


「よく来たっさね、あけおめことよろっ! ささ、あがって、あがって」


鶴屋さんは正月らしく着物を着ており、とてつもなく似合っており、俺たち一味の私服姿がめちゃくちゃに浮いていた。建物の内装なんかも正月仕様に変わっていたりして、多分そのせいでもある。既に、俺たち男組が作っていた不格好な門松が鶴屋さん家の立派な門松の横に並べられており、貧富の差を一層感じさせるものであった。俺等は、鶴屋さんの手招きを受け、涼宮一味は鶴屋邸のある俺の部屋の数十倍は広そうな客間のような広い畳部屋に通された。ハルヒは持ってきた男二人のお手製門松を大層な門松の横に並べ、満足そうに頷いていた。ここにいらっしゃる某の神様も困惑しそうなくらい不釣り合いな並びに俺は見えたね。

 座布団が来訪者分用意されていたり、大きな長机がどんと用意されているところを見ると、完全にホテルの大人数部屋のそれであった。いつもまにか女性陣は鶴屋さんのものであろう浴衣を身にまとっており、目を丸洗いしたいぐらいには脳裏に焼き付けたのは言うまでもない。座布団に座り、取引先の人が来るのを待つかのように固くなっていると、鶴屋さんの母親らしき人がやってきて、一言挨拶をし、ありがたくも料理をいただくことになった。流石の鶴屋宅といったところか手作りということであったが、我々非公式軍団に身分不相応な豪勢な料理が続々と運ばれてくる。名前がいちいち説明されなかったので一般家庭の俺には名も分からんような料理も時々出てきたが、恐らくあの料理はメニュー表に乗るときに名前が長すぎて、字の大きさが小さく表示されるようなそんな高級料理だったことだろうよ。

 さて、宴もたけなわをちょいすぎた頃、各々がぺちゃくちゃとおしゃべりをしたり、ゲームをしたりして暇を潰している間、ハルヒがよからぬことを思いつきあぐねている間に俺はある人物に声をかけた。


「おい、ちょっといいか」


俺は、その食事の合間に古泉を廊下に呼び出した。


「あなたの言う通り、確かに現在ある外国語の文章のです」


暖房の効いた暖かい部屋を出て、足下の冷えた廊下で今朝の出来事について話したのである。暖房の効いた部屋に慣れたこともあって、廊下の空気は少し肌寒い。


「読めるのか?」


俺はそうそっけなく言ったものの、内心喜びの感情が芽生えていた。ようやく進展させることができた。そういうなぞなぞが解けたときのようなそんなスッキリとする喜びである。あの時と同じで結局自分のみで考えることはできなかったようだが。


「いえ、さすがに僕にそこまでの脳はありません。ここはひとつ彼女を頼りましょう」


そういうと古泉は俺から手紙を取り、部屋に戻っていった。しばらくすると自分で問題を紐解いたような顔をして古泉は戻ってきやがった。長門様を頼りやがったくせに、なんでそんな自慢気な顔をしてやがるんだこいつは。


「分かりましたよ、この手紙の意味が」


そりゃそうだろうよ。で、なんて書いてあるんだ、この文章は?


「この文章は、あれを早くするように、と書いてあるそうです」


なんだと? なんだ内容は? 俺の妹だってもうちょいましな報告をするぞ。内容が抽象的すぎるだろ。Itやthatを使うんならその内容が既に伝わってることになるがロシア語の文章は他にもらった覚えはないぞ。これを書いたやつはこの言語の学習中で中途半端な状態でこの手紙を書くに至ったのか? もうちょい翻訳機能使ったりしてうまく書くこともできたろうに。


「確かに、この手紙だけでは何を早くすべきなのかは分かりません。しかし、このような奇怪な手紙をもらうのは初めてではありませんよね」


まあそうだが。だが、あの手紙とこの手紙には根本的な違いがある。その違いによって俺はしょうがなく手紙同士の関係性はないと認めたのだ。


「そうです。確かにあの手紙とこの手紙では書かれてある言語が違います。しかし、この手紙同士は関係があると考えるのが自然でしょう」


なぜだ。


「明確な根拠ははっきりいえばありません。しかし、この手紙には明確なするべきことが書いてありません。つまりそれは既にあなたに伝えられていると考えるのが自然でしょう。そうなるとあの手紙の内容がするべきことにあたると考えられるでしょう」


「お前の考え方で正しいとすれば、結局俺はただ注意勧告を受けただけじゃねえか」


だとすれば何も問題の解決には進んでいない。何にも進まない俺に憤っている手紙の送り主はそろそろ問題の撤回を日本語のメッセージを送ってきてくれ。この問題の答えも一緒に同封してくれると非常に助かる。この手の問題にネタバレをくらって憤るようなガキじゃないのでな。


「そうでもありません。あなたにとっても分かりやすいヒントを長門さんから聞いてきました」


なんだそれは。


「長門さんによればこの言語はロシア語でジェドマロースという人からの手紙だそうです」


それが分かったところで俺には何の閃きも生まんぞ。それが日本じゃない寒い北国からの手紙だからと分かったところでおいそれと答えが出るもんかい。それを聞いて俺が浮かぶのものはボルシチくらいである。……いや、三十一日、二人っきりの時に確かあいつはジェドマロースの話をしていた。これは人の名前だったのか。お前はそいつについて何か知らないか?


「……ジェドマロースは、ロシア版のサンタクロースと考えれば簡単に理解できるでしょう」


例えそのジェドマロースがサンタクロースだったとしてなんで新年に手紙を送ってくるんだ。そのサンタだけ残業させられてんのか?


「そのジェドマロースは大晦日の夜にプレゼントを配るんです。だからそのロシア語の文章のことと届いた日にちを考えてもジェドマロースの仕業に違いないといえるでしょう」


だが、何すりゃいい?


そう言うと、古泉は肩をすくめ、


「涼宮さんはあの鍋パーティまたは、子供クリスマス会に何かやり残したことが残ってるんですよ」


あんなにはしゃぎまくって冬の寒さなんぞ気にしてないくらいには楽しそうだったじゃねえか。


「確かにそうです。けれど、今年の夏休みと一緒です。涼宮さんは満足に過ごされているようにみえて、実は何か心残りがあるんですよ」


じゃあ実際に聞いてみればいいのか?


「勘のいい涼宮さんのことです。それでは何かに気づいてしまいかねません。なので別の選択肢を取ることにしましょう」


「どうするんだ?」


「あなたが考えるという選択肢にはなるのですが」


結局それか。


「そうです。結局それ以外に選択肢がないのですよ。僕も前言った通り協力はしたいとは思っています。しかし、この件で言えば、こうやってでたらめかもしれない推測をあなたに伝えることしかできないんですよ。いえ、決して嘘を自発的に吐こうとはまったく思ってないんですけどね」


それは前にも聞いた。具体的にどうすればいいのか。俺は今、それで非常に頭を悩ませているんだ。


「それが分かれば苦労しませんよ。これから閉鎖空間が発生したら毎回一緒に来てみますか?」


それは遠慮しとく。あんな得体の知れないものを見て、自分の精神に異常を起こしたくないからな。


「ただ、僕の勘の話にはなりますが、一つ僕からもヒントとなり得そうな情報を差し上げます」


そんなもん勿体ぶらずにさっさと言え。別に隠しといて特になるようなもんじゃねえだろうしな。


「十二月二十五日深夜から発生し続けている閉鎖空間の神人ですが、今まで発生した神人とは少し様子が違うのです」


ほう。神人はあいつのイライラ発散のための存在だったはずだ。閉鎖空間に現れたお前をお茶と共に出迎えたとかか?


「いえ、建物を壊しているのはいつも通りなんです。でも、その建物を壊す神人の壊し方というか……これは本当に自分の勘なのかもしれませんが、仮に神人に心というものがあるとするならば……」


おい待て神人の道徳教育なんぞ俺は頼んだ覚えはないぞ。しかし、こいつが言葉をここまで選んでいる様子はかなり珍しかった。いつもはペラペラと薄っぺらい言葉を並び立てているようだがな。


「……僕にはなんとなく彼らがいつも通り涼宮さんのイライラを発散しているようには見えなかったのです。まるで、正当な怒りを発散しているかのように見えました」


「今までの……その……例えば、草野球大会の時に発生した理不尽な閉鎖空間ではなく、味方がわざと三振ばっか取ることに対しての憤りみたいなことか?」


「そうです。その表現で間違っていることはないでしょう」


「だからなんなんだ?」


そう、だからなんなんだ、という話であった。このハルヒの憤り、イライラが他者から与えられたものだからなんだという話なのだ。そのバット三回てきとーに振りまくる犯人を探し出せばいいという話なのか? そう言うと、古泉は一瞬虚を突かれたような表情をして


「……それはあなたなんですよ」


と一言言って「気づいていると思っていましたが」と付け加えた。それでこいつの説教も終わりかと思ったが、間髪入れず、言葉を挟んできやがった。


「後、つけ加えになりますが、神人は何かに対し怒り、そして神人自体も何かを願っているようでした。あの涼宮さんが願っても中々叶わないことなんて一体何なんでしょうね。……これだけの時間が経っても涼宮さんに叶えられないこととなると、それはもう、切願といっても過言ではないのでしょうか?」


古泉はそう言って再び食事の場へ襖を開けて戻っていった。言いたいことはすべて言い終えたようだ。古泉の話を全て信じるならば、俺はハルヒに何かしなければいけないらしい。謝罪か、奉公か、それとも未知なる類か、今の俺には想像がつかないが、未来の俺が、ハルヒが消えた時のような喪失感を感じないように願うばかりである。俺は重々しい気持ちを振り切るかのように朝比奈さんと会話を楽しもうと襖に手をかける。


「切願、か……」


俺は、古泉を追い広い客室に戻ると、自分の席に座り、自分用にと注がれていたドリンクを一気飲みした。さて、どうするかな。頼みの綱の長門も古泉も最大限のヒントを出してくれているらしいし、朝比奈さんも存在が現在進行形で体を動かす活力となっている。しかし、結局のところ、最初の手紙を読むことができる人が現れるか、俺自身が手紙を読むかしなければ、問題の解決は不可能なのである。明るい集まりの中、俺だけが問題を抱え込むというのは癪に感じるも、結局今回は俺が原因になっているらしいから、今更に誰かに押し付けるわけにもいかないだろう。

俺は机の下で二つの手紙を見比べながら、大きく嘆息した。やれやれ、こんなにも新年の祝い事をやっているのになんで俺だけが問題をしょいこむような事態に陥ってるんだ一体。クリスマス前のハルヒ消失だって俺だけを絶望の淵へと追いやるものであった。俺の人生に谷は十分に摂取できてるんだがな。これほど摂取すれば、これからどんなことがあっても幸せに思えそうではある。ハルヒや鶴屋さんの甲高い笑い声が耳に響くぜ。本当に楽しそうだな。谷なんて埋めてしまえなんて気概すらあの人たちからは感じるぞ。なんもなけりゃこの時間朝比奈さんとの与太話なんかで花を咲かせや満開祭りだったのによ。朝比奈さんの山でもあれば、喜びの度合いが大きく傾斜が高すぎて逆に登るのも難しそうだ。


「なに読んでるのさっ」


気づけば後ろから鶴屋さんがのぞき込んでいた。本当に神出鬼没な人だ。さっきまでハルヒらとかるたをしていたようだったのに。


「いえっ、別にっ」


なんとなく反射的に俺は二つの手紙を隠した。別に見せたところでなんら問題はないと思うのだが、本当に反射的に、隠していたラブレターが友達に見つかるようなそんな感覚だった。なかなかメールアドレスを交換する機会もなく、あの時メールを送ることはできていなかったが、俺の不審者度合いが増加するだけではないか。


「さっきからずっと何か考え事してたみたいだし、なにかあるなら先輩に相談してみるにょろ」


本当に勘の鋭い人だとつくづく感心する。


「その手に隠してある紙切れの謎解き! とか?」


この人の勘の良さは人知を超えたものがあるのではないかと本当に思う。競馬とか行けば巨万の富が手に入るんじゃないかね。もうある程度の財産は家にはあるようだが。ぜひ俺のためにも一度ベットしていただきたい。


「……ま、まぁ、そんな感じですかね」


ただただ俺の羞恥心を煽り、イタイ奴だと思われてそうな原因となった手紙のことであったが、自称超勘の優れている鶴屋さんには隠し事をしたところで十分後にはばれてそうな感じがしたので正直に言うことにする。俺は軽く、事の経緯を説明しつつ、一枚目の手紙を見せた。


「おお、これが謎の……謎の……?」


案の定、鶴屋さんも違ったみたいだ。珍しくクエスチョンマークを頭に乱立させる鶴屋さんの疑問顔を見た気がする。


「ねえ、キョン君。これってさーただの日本語だよね~。キョン君がからかうような性格じゃないのは知ってるんだけど、流石に意味が分かんないんだけど……」


ヘラヘラと「わかんないねこりゃ」という鶴屋さんに無言で頷く対応を取っていた俺であったが、一瞬思考が停止する。あれが、日本語? ちゃんと谷口らと同じ手紙の写真を見せているはずだ。奇怪な手紙内容を見せているはずだったが、この人が嘘をつくことがあるとは到底思えない。だが……、そんな最大公約数的なことで思考をぐるぐるかき混ぜていると、いつものヘラヘラとした口調で鶴屋さんはまた、言うのである。


「どうみてもあれ私が見るべき内容じゃなく、君宛てだと思うんだけど……?」


だが、俺はこの言葉をもって疑念が確信へと変わる。心のど真ん中でガッツポーズを決め込んだ。俺はこの人に正直に白状して正解だったようだ。あの時の本の中の栞を見つけたようなそんな感覚となる。これでなんとかなる。そう確信した俺は笑みを噛みしめるような声を漏らす。


「急に笑い出してどうしたんだいキョン君?」


いえ、別に。長年探していたものが見つかったような喜びを感じているだけですよ。それだけの話なんですよ。別にそれ以上でもそれ未満でもない。


「すいません、鶴屋さん。これなんて書いてあるか教えてもらってもいいですか?」


あの時谷口の胸ぐらをつかんだような思いがふつふつと湧き上がる。鶴屋さんは自分から送ってきたのにか、という疑念を持った顔をしながらも、俺の真剣な表情を見てか、観念したようで


「今君が見てるまんまだと思うけど。まあ読むよ――――」


鶴屋さんの手紙日本語訳を聞いて俺は点と点を繋げることに成功する。なぜ、あの時、あんな顔をあいつがしていたのか。なぜ、あの時、あんな話を持ち出したのか。それがすべて理解できたということである。


「そうか……」


俺は一人うんうんと頷く。当の鶴屋さんは少しの間、キョトンとした表情をしていたが、俺の何かが分かったような様子を見てか、


「後は頑張りなよっ、少年っ」


本当に何者なんだろうか。あの人は。鶴屋さんはそう言うと、歩いて朝比奈さんの方へ向かっている。俺に一人の時間をくれているのかもしれない。だが、俺にもう考える必要はなかった。解決のために俺がすべきことはもうこの手紙の内容通りにするだけでいい。その内容は全然難しいモノではなかった。むしろ、解決方法としては今まで一番簡単なレベルになるぐらいのものだった。やるべきことが分かって、そのやるべきことはそう難しくはない。あとは行動するだけだ。俺は歩きゆく鶴屋さんを呼び止め、最後に俺のぽっと出の仮説が正しいか確認するために、もう一度あの人を呼び止めた。


「すいません、鶴屋さんはサンタクロースは信じますか?」


話しかけられた鶴屋さんはゆっくりと振り返る。


「信じるか信じないかでいったら信じた方が面白いよっ、キョン君はどうなんだい?」





 俺は次の日の午後二時にいつもの喫茶店にあいつを呼び出した。俺個人の呼び出しなのだから奢りなんてのはなしだという旨を伝えたうえで電話を切ったため、今日はギリギリにいっても問題はないだろう。俺が三分前に喫茶店のドアを開けたとき、ハルヒは既にドリンク一杯を飲み切っていた。


「よお」


俺は軽い調子でハルヒに話しかけ、椅子に掛けた。


「なによ、私だって忙しいのよ」


何を言うか。年がら年中の重要な時期にイベントを部活内で開催するやつが暇だなんていっても説得力がないのさ。今日だって俺の呼び出しにちゃんと来てくれてるじゃないか。


「いや、渡してなかったと思ってな」


俺はそう言ってポケットから、四つ折りの紙を取り出した。


「なによこれ」


そう。いくら頭脳明晰で勘のいいハルヒとて、俺が渡したものに混乱しているらしい。まあそれは想像通りである。俺が渡したものは広告紙の裏にこのあたりの地図と一点の星マークを描いたものである。


「まあプレゼントだな」


「あんた私のことバカにしてんの? 大体何の祝いなのよこんな宝探し」


形と祝うものでいえばあの時やったやつと同じさ。別に変わりなんてない。少しだけ難易度をあげている程度だ。星の場所には少し難易度高めの別の宝の地図が置いてある。こんだけ手を込ませたのだから、やってもらえれば俺冥利につきるのだが。

ハルヒは少し考えこむような仕草をするとすぐに何かに気づいたようで


「ねえキョン、今日は何月何日よ?」


団員からのプレゼントに感涙し、今日の日付すらも忘れさせてしまったのか。それはそれは申し訳ないことをしたな。


「今日は一月の二日だ」


「何日過ぎたと思ってんのよ。遅すぎんのよ渡すつもりならさっさと渡しなさいよ!」


いやいや、団長様に渡すものなんだ。しっかりと時間をかけて選ぶべきだろ。


「……まあそうね、そこまでいうならすごいもの入ってんでしょ。河童のミイラとか、それとも生きてるUMAかしら」


すまん、俺の今日の午前中を投じた程度じゃそんなすごいもんは見つからんかった。例え見つけたとしても、コレクターに高値で売ってこれと同じものをプレゼントするさ。


「あんまり期待しないでくれよ。開けたときに後悔するからな」


「まああんたがくれるもんだから大したものじゃないだろうけどね」


それくらいでちょーどいいのさ。俺は気の利いたものをあげられるほど女性との交遊は多くはないのでな。だが、自分なりに一生懸命に考えたものだ。小包に赤いリボンを巻き、厚紙にあの赤服じーさんのメッセージを書いた代物だ。イベント用の包装なんてもう終わっちまってるから実費でやったんだぜ。それから手書きの文字は何万枚とコピーされてきた商品カードの文字よりも温かみがあるんだ。

ハルヒは宝の地図と睨めっこをはじめていた。俺は少しの間はそのまま待っていたものの、暫くするといたたまれなく一声かけようと口を開いた時、こいつはその時本当に急に立ち上がった。


「じゃあ、行ってくる!」


ハルヒは宝の地図を片手に喫茶店を飛び出した。しかも伝票はそのままにして、だ。俺はちゃんと奢りはなしだと伝えておいたはずなのだが。

しかし、今回ばかりはあまり悪い気はおきなかった。それは新年の臨時収入が多かったことだけが理由ではない。

まあ色々と理由はあるが、あいつの今の顔を想像して、少々微笑ましく思ったことが一番の理由だろう。


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涼宮ハルヒの切願 ガリコマさん @gloomy

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