1441話 仏の顔も三度まで

「貴殿はよそ者の侍らしいな。桜花藩の法については、詳しくなかろう?」


「…………」


 俺は沈黙する。

 確かに桜花藩にどのような法があるのか、詳しくは知らない。


「そやつはこれまでに三度、窃盗罪で投獄されている」


「なんだと?」


 初耳だった。

 流華はスリの常習犯だということは知っている。

 何度か捕まって注意されたことぐらいはあると思っていた。

 だが、三度も捕まって投獄されていたとは……。


「この藩には『仏顔三度法』という法がある」


「ぶつがんさんどほー?」


「つまり、『仏の顔も三度まで』ということだ。仏の顔のように三度までは軽い罰で許してやる。だが、それ以上は許さん。そういう法だ」


「……なるほどな」


 俺は納得する。

 ただの窃盗罪で右手首を切断するなんて、明らかにやり過ぎだと思ったが……。

 仏顔三度法とやらにのっとっての処置だったようだ。

 現代アメリカにおける『三振法』――『スリーストライクス・アンド・ユー・アー・アウト法』に近いかもしれない。


「それにしても右手首の切断はやり過ぎだと思うが……。まぁ、過ぎたことはいい。その法に基づいた罰が与えられたんだ。流華にもう罰は必要ない。そうだろう?」


「いや、そうもいかん」


 侍が首を横に振る。

 なぜだ?


「右手首を切り落とした状態で解放し、長く苦しめる。それこそが仏顔三度法だ」


「なんだと?」


「要するに、そやつが野垂れ死にするまでが刑罰ということだ。野垂れ死んだ時点で、法に則り罪人はこの世からいなくなる。罪人をより苦しめるための制度なのだよ」


「な……」


 俺は絶句する。

 明らかに常軌を逸している。

 解放したのは社会復帰させるためではなく、敢えてひもじい思いをさせて衰弱死させるためだったとは……。


 流華が罰を受けたのは仕方がない。

 だが、それで彼を死ぬまで苦しめる?

 冗談ではない。

 そんな悪法を認めていいはずがない。


 俺は侍を睨みつける。

 そんな俺に、侍は言った。


「貴殿がそやつを保護しては、法の主旨に背くことになる」


「……」


「多少の恵みを与える程度は許容される。その方が、そやつは長く苦しむことになるからな。だが、治療妖術でそやつを治療するのはやり過ぎだ。ましてや、こうして宿屋の一室に招くなど……」


 侍は流華を指差す。

 その態度には、侮蔑や嘲笑の感情は込められていない。

 ただただ、法の番人としての役割を果たそうとする者特有の、厳格さと使命感に満ちていた。


「さぁ、そやつを引き渡してもらおう。また裏通りに捨て置くのでな」


「……嫌だと言ったら?」


「……」


 侍が鞘から刀を抜く。

 その刀身が、窓から差し込む光を反射して輝いた。


「よそ者とはいえ、貴殿は侍なのだろう? 手荒な真似はしたくない」


「同感だ。だが、流華を渡すわけにはいかない」


 俺は侍と睨み合う。

 そして……俺たちは同時に動いた。


「うぉおおお!」


「はぁああ!!」


 刀と刀がぶつかり合い、火花が散る。

 俺は侍と激しい打ち合いを演じた。


「くっ! やるな、よそ者!!」


「お前のレベルに合わせてやっているんだ。俺が全力を出すと、あっさり殺してしまうからな」


「ぬかせ!」


 侍は刀を振りかぶる。

 俺はその刀を、自らの刀で受け止めた。


「ふん!!」


「なに!?」


 鍔迫り合いの状態から、俺は一気に押し込む。

 すると、侍はバランスを崩した。


「ぐわっ!?」


 侍が倒れる。

 その隙を見逃すほど甘くはない。

 俺は彼の腹部のすぐ横に、刀を突き立てた。


「くっ!」


 侍がうめく。

 そんな彼に、俺は言った。


「もう一度言う。流華を引き渡すつもりはない」


「ぐぬ……」


 侍が歯噛みする。

 その気になれば、彼を殺してこの街から逃亡するのも可能だが……。

 その場合、城下町を含めた周辺に俺や流華の手配書が出されるかもしれない。

 今さら感はあるが、何とか穏便に済ませたいところだ。

 実力差を理解して引き下がってくれるといいのだが……。

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