1391話 タカシ=ハルク『ヒールスタイル』

「うぐぅっ……! うおぉ……!!」


 俺は地べたを這いずり回っていた。

 生命の根幹に及ぶダメージを受け、もはや立ち上がることすらできない。


「ほほ……。どうです? 私の『オーバーヒール』の味は?」


「ぐ、がぁ……!」


 俺は必死にもがく。

 だが、やはり上手く体を動かすことができない。


「無駄ですよ。あなたの命運は尽きました」


「こ、これが……治療魔法、なのか……!?」


 俺は愕然とする。

 これほどまでに強力な治療魔法は、初めて体感した。

 だが……そう言えば、見たことはあったな。

 サリエの治療魔法だ。

 彼女の『オーバーヒール』を受けたリールバッハ=ラスターレイン伯爵もこんな感じだったのだろうか……。


「私はタカシ=ハルク『ヒールスタイル』……。愛するサリエさんと共に極めた治療魔法、たっぷりと味わいなさい」


「ぐ、う……!」


「浮気者のあなたでは、この私に勝てませんよ。まあ、『オーバーヒール』を喰らってもなお生きているのは褒めて差し上げますが……。いずれにせよ、次で終わりです」


 幻影が魔力を練り上げる。

 このままではマズイ……!

 次の『オーバーヒール』を喰らえば……。

 俺は死ぬかもしれない……!


「さようなら。真の愛を知らぬ、愚かな浮気者よ」


「お、おのれぇ……!」


 幻影が『オーバーヒール』を行使しようとしたその時――


「唸れっ! 『海神石』よ! その御力を示し給え!!」


 俺はアイテムボックスから海神石を取り出し、力いっぱい叫んだ。

 その声に応えるかのように、海神石が強く光り輝く。


「っ!?」


 さすがにこれは予想外だったのだろう。

 幻影は『オーバーヒール』の行使を中断する。


「こ、これは……!?」


 幻影が驚愕の表情を浮かべた。

 俺は海神石に魔力を注ぎ込む。

 すると、海神石から大量の海水が噴き出してきた。


「へへっ……。治療魔法に特化したお前じゃ、水中行動はできないだろ……?」


 俺は満身創痍の中、ニヤリと笑う。

 幻影と俺は、海神石から噴き出した海水に飲み込まれた。


「ぐ、お……!」


 幻影は必死にもがいているが、抜け出すことはできないようだ。

 やはり、特化型は特化型で弱点があるな……。

 俺のように様々なスキルを取得していくのも、決して間違いではなかったはずだ。


 俺がいろいろな女性に鼻の下を伸ばした結果、千、蓮華、ベアトリクスなどといった面々と知り合いになり、ヤマト連邦への潜入作戦を命じられるに至った。

 そして、人魚姫メルティーネと出会い、人魚の加護をもらい、彼女の力になるために水中行動系のスキルを強化した。

 さらには国宝『海神石』を受け取り、海神ポセイドンから弐級水精の加護を授かることもできた。


「水中でまともに動けるのは、俺ぐらいだろう……。今のうちに、体内の魔力を整えておかないと……」


 俺は水流に身を任せながら、幻影の過剰な治療魔法によって乱された体内魔力を整える。

 あのまま戦っていたらやばかった。

 だが、こうして落ち着くことができれば、まだ勝機はある。


「ふん、少し甘いのではないか?」


「なに……!?」


「水中にいれば手出しされないとでも思ったか。――『絶対零度』」


 俺の周囲の海水が、急速に凍り付いていく。

 そして、俺はそのまま氷漬けにされてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る