824話 ここにいる
俺がイリーナやレティシアと共に楽しんでいたところ――いや、言い間違えた。
俺がイリーナやレティシアから過酷な尋問を受けていたところ、ミティが駆け付けてくれた。
彼女が来てくれたからにはもう安心……と言いたいところなのだが、状況が少しマズい。
何しろ、俺は全裸でベッドに縛られてしまっているからな。
「タカシ様はどこです?」
「えっと……」
「あの……」
「「…………」」
イリーナとレティシアは口籠もり、目を見合わせる。
その様子にミティは首を傾げた。
ちなみに俺の位置取りだが、入り口付近から見てちょうど観葉植物や棚の影にいる形だ。
俺からは見えるが、向こうからこちらに気づくことは難しいだろう。
「どうかされましたか? 何か問題でも?」
「いや、その……」
「こちらにハイブリッジ男爵は来ておられませんよ。恐らく、まだ鍛錬場にいるのではないかと……」
レティシアが答えると、ミティは眉間にしわを寄せた。
「おかしいですね。確かにここにいるという情報を得たのですが……。まぁ、いいでしょう」
そう言うと、ミティは諦めて部屋を退出していく。
レティシアがホッと胸を撫で下ろした、その時だった。
「がっ!?」
「あなた、嘘を吐きましたね?」
一瞬で間合いを詰めたミティが、レティシアの首を片手で締め上げる。
ミティの剛腕にかかれば、いくら中隊長のレティシアといえども為す術はない。
「な、何を……!」
「この部屋からは、間違いなくタカシ様の匂いがします。あなたたちは何を隠しているのですか? 私からタカシ様を奪うつもりなら、容赦はしません」
「くぅ……。かはっ!」
ギリギリギリ……。
首に回された手に力が込められて、レティシアは苦しそうにもがく。
このままではマズいな……。
イリーナやレティシアには何とか誤魔化してほしいと思っていたが、ここまでガチでミティが怒るのは想定外だ。
俺もいっしょになって怒られるのを覚悟して、ここは声を上げるべきか。
”俺はここにいる”と……。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ミティちゃん!」
「イリーナ大隊長とか言いましたか。あなたも、タカシ様に危害を加えようとしている一人ですね? 今すぐこの場でボコボコにして差し上げます」
「そ、そんなことしてないってばー!! と、とりあえずレティシアちゃんを離してあげてよ。ねっ?」
「タカシ様のご無事を確認するのが先です!」
「ええっと、それはー」
チラリとイリーナが俺の方を見る。
そんな風に見られても、俺はまだ拘束を解けていないぞ。
尋問プレイを心ゆくまで楽しむために、結構ガチ目に拘束してもらったからなぁ。
……おっ。
ようやく左足の拘束が解けた。
こうなれば後は早いかもしれない。
しかしさすがに、あと数秒やそこらでは不可能だ。
何とかもっと時間を稼いでほしいと、俺はイリーナにアイコンタクトを送る。
すると、彼女は察してくれたのか小さくうなずいた。
「えっとね、ミティちゃん! タカシちゃんだけど……」
「はい」
「えっとね……。その……」
「早く言いなさい」
ミティは結構強気だ。
普段の彼女は温厚なのだが、俺に関することだけはこうして強気になるんだよな。
イリーナもタジタジの様子である。
「あはは。あのね。タカシちゃんは――」
「分かりました。もう結構です」
「へっ?」
「あなたと話していても埒が明きません。ここは自分の目で確かめます」
ミティはそう言うと、隊長室の奥――つまり俺のいる方向に向けて歩き始めた。
このままでは気付かれてしまう。
諍いをなだめるためにはいっそのこと全てを白状した方がマシか?
いや、今以上にギスギスした空気になる可能性も……。
うーむ、どうしたものか……。
「【クロック・ダウン】!」
お?
イリーナが強硬手段に出たようだ。
ミティの時間が遅くなった。
「……?」
「さぁ、レティシアちゃんを解放して……って、力つよっ!?」
「よく分かりませんが、私のパワーの前では意味のないことです」
「ちょ、ちょっと! ミティちゃん!? アタシの話を聞いて!!」
イリーナが必死に呼びかけるが、ミティの耳には届いていない。
彼女が持つ激レアな時魔法。
使い方次第ではとても強そうだが、無敵ではなさそうだ。
弱点の1つが、ミティのような超パワーを持つ相手だろう。
前提条件が何もない状態からであれば、イリーナが一方的にミティをフルボッコにすることも可能。
しかし、今回のように人質を取られた状態からだと、イリーナができることは限られてしまう。
あとは……。
ニムのように絶対的な防御力を持つ者への相性も悪いかもな。
「く~。こうなったら、アタシの奥の手も出しちゃうよ? いいの!?」
さすがは『誓約の五騎士』。
ただ相手の時の流れを遅くしたり、自分の時の流れを加速するだけではないらしい。
彼女の切り札がどんなものなのかは不明だが、今のミティに対抗できるような能力を持っているのだろうか。
「それはこっちのセリフですよ。あなた、私の方に構ってばかりでいいのですか?」
「へ? どういう――」
イリーナが疑問の声を上げたときだった。
「こっちの方から大きな音が聞こえたぞ!」
「なんてこった! 隊長室の天井が崩れている!!」
「まさか、隊長たちに何かあったんじゃないか!?」
「大変だ! 中に入って事態を確かめるぞ!!」
部屋の外から、そんな声が聞こえてきたのだった。
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