823話 乱入者
「はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ……」
イリーナとレティシアが息を荒げている。
「もう、ダメ……。これ以上は、無理……」
「私もです……」
二人がバタンと俺の横に倒れ込む。
「ふふふ。なかなか楽しい尋問だったぞ」
俺はそう声を掛ける。
ミリオンズ内でも、拘束プレイの類は行ったことがある。
だが、『ガチで身動きが取れない拘束』をして楽しんだのは初めての経験だ。
これはこれで面白い。
「うわっ……。タカシちゃんだけ元気とかズルくない!?」
「まったくです……」
「まぁ仕方ないじゃないか。俺は寝転んでいただけだからな」
責め手を受け手、大変なのはどちらか?
普通に考えれば、受け手の方が大変そうに思えるだろう。
だが、実際には必ずしもそうではない。
もちろん個々の事情にもよるのだが、責め手の方が大変な場合も多い。
特に、今回のように責める内容がある程度限られている場合は特にそうだ。
日本におけるプレイでも同じようなイメージだろう。
外側から見れば『Sがご主人様でMは虐げられる側』と思えるが、実態としては『Mが満足してくれるようにSが適度に気を遣いながら奉仕する』というのが正解に近いのかもしれない。
「ふふふ。これで俺の罪は冤罪ということでいいのだな?」
「いや、冤罪っていうわけじゃないけど……。まぁ、元々大した罪じゃないしねぇ……」
「今後の危険性の高さを鑑みて指名手配をかけましたが、事情が事情のようですし指名手配は取り下げてもよろしいかと」
イリーナとレティシアが言う。
尋問プレイの中で、俺がオパンツ戦隊・レッド仮面と名乗るに至った経緯も説明済みだ。
「ああ、それで問題無い。そろそろこの拘束を解いてくれないだろうか?」
「うーん……」
「えっと……」
「どうした? おいおい、俺の罪は実質的になくなったんだろう? なら、俺は善良な王国貴族に戻ったんだぞ。いつまでも拘束している必要はないはずだ」
「そうなんだけどさぁ……。でも、やっぱりちょっと不安というか……」
「ええ。何と言いますか、その……」
イリーナとレティシアが口籠もっている。
「大丈夫だ。俺がこの国の不利益になるようなことをすると思うのか?」
「いや、そういう話じゃなくてさぁ」
「どういう話なんだ?」
「タカシちゃんの”それ”だよ。今タカシちゃんを解放したら、絶対に襲いかかってくるよね?」
「むっ……」
イリーナに指摘され、俺は口ごもる。
ベッドに大の字に拘束されたままの俺の股間部は、盛大に大きくなっている。
1時間に及ぶ寸止め地獄を耐え抜いたそれは、すでに限界寸前だ。
正直、今すぐ自分で慰めたい衝動に駆られている。
「確かにこのまま解放するのは危険かもしれませんね」
「レティシアまでそんなこと言うのか?」
「ええ。だって、ハイブリッジ男爵の好色さは有名ですし」
「おいおい、まるで人を性獣みたいに……」
「だってそうでしょう? 正式な妻だけでも第八夫人までいて、メイドや御用達冒険者にも手を出していて、ベアトリクス殿下との婚約内定にまでこぎつけてしまわれて……。さらには、私たち騎士団の見習い騎士ナオミさん、果ては黒狼団や闇蛇団の構成員といった不法者までもがハイブリッジ男爵の毒牙にかけられていると聞いていますが?」
「いやまぁ、それは……、そうかもしれないが……」
俺は言葉を濁す。
「とにかく! 私とイリーナ大隊長の体力が回復するまで、ハイブリッジ男爵の拘束は継続します」
「異議なし!」
「そんな! 横暴だ!! こんなの人権侵害じゃないか!!」
「さんざん楽しんだんだから、少しぐらい我慢しなさい!」
「ぐぬぅ……」
くそっ。
尋問プレイに苦しむフリをしつつ、密かに楽しんでいたのがバレているとは……。
ここは大人しく従うしかあるまい……。
まぁ、この王都でやり残した用事ももうほとんどないんだ。
近々出立することは、ネルエラ陛下に報告済みだし……。
あとは、ルシエラたち少女騎士に軽く挨拶するぐらいか。
それが済んだら、ミリオンズやハイブリッジ男爵家の配下のみんなを引き連れて、まずはラーグの街に帰還する感じだ。
別に、ここで無駄に1時間や2時間拘束されていても大きな問題はない。
俺はそう思って、ベッドの上で静かに目を閉じた。
そして、少しばかりの時間が経過した頃だった。
「――ん?」
何やら外が騒がしい気がする。
それに、部屋も少し揺れている感覚がある。
「あれ? おかしいなぁ。この隊長室に備わった結界はまだ作動させているんだけど……」
「ほぼ全ての音を遮断して、外的な衝撃もシャットアウトする強力なモノでしたよね?」
「うん。なのに、なんで部屋の外から音や衝撃が伝わってくるんだろう?」
「まさか、王都に不測の事態が? 竜種の出現とか……」
「あはは。ないない。そんなことがあれば、『誓約の五騎士』に持たされている専用の通信具が作動して連絡が来るはずだし……」
「なるほど。それもそうでしたね」
イリーナとレティシアがそんな会話をしている。
王都自体の危機であれば、男爵である俺の出番でもあったのだが。
どうやらそういうわけではなさそうだ。
「しかし、だとすればいったい何が?」
「ちょっと待ってね。今、外の様子を――」
イリーナの言葉の途中だった。
ズドーン!
ドンガラガッシャーン!!!
隊長室の天井を突き破るように、何かが落ちてきたのだ。
「な、なにっ!?」
「なんですか!?」
イリーナとレティシアは同時に叫ぶ。
その言葉に応じるかのように、土煙の中から一人の少女が姿を現した。
「ぜぇ、ぜぇ……。厄介な壁でしたが、私のハンマーを防げるほどではありませんでしたね」
そう言いながら、その少女はハンマーを肩に担ぎ上げる。
そしてひと呼吸置くと、改めて口を開いた。
「タカシ様がこちらにおられるはずです! 迅速に引き渡しなさいっ!!」
ミティだ。
俺の帰りが遅いことを心配して、助けに来てくれた感じだろうか。
助かった!
……いや、待て。
助かってない!
俺は全裸でベッドに大の字に拘束されている状況だ。
見つかれば説明が大変だぞ。
イリーナとレティシア、どうにかいい感じに説明してくれ!!
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