755話 祝い金

 俺はネスターとシェリーに大切な話をしている。

 まずは、彼らが奴隷に堕ちるきっかけとなった金が返還されることを説明した。


「ネスター、シェリー。先ほども言ったが、魔道具に金を使う必要はない。警備のために要るものは、俺が用意するからな」


「タカシ殿……。だが、そうなってくると他に使い道がないのだが……」


 ネスターがそんなことを言う。

 金の使い道と言えば、まず思い浮かぶのが衣食住だ。

 だが、彼らはハイブリッジ家に住み込みで働いており、そのあたりの心配はない。

 ならば娯楽に使えばいいと思うが、真面目なネスターやシェリーにそういった発想はないようだ。


「大切なことを忘れていないか?」


「大切なこと?」


「ああ。返還金を使えば、お前たちは奴隷身分から解放されることができる。晴れて自由の身になるんだぞ」


「「……あっ」」


 2人は声を揃えて言う。

 どうもピンときていなかったようだ。


「まぁ、奴隷から解放されても、できればハイブリッジ家に仕えてほしい。俺の個人的な希望ではあるが」


「それは願ってもないことだ。俺たちがタカシ殿の役に立つ限り、仕えさせていただきたい」


「私もだよ! ハイブリッジ家に仕えられるなんて光栄だよ!」


 ネスターとシェリーがそう言ってくれてホッとする。

 忠義度は十分に高いので、たぶん大丈夫だろうと予想はしていたのだが。


「しかし、返還金だけでは奴隷身分の解放に少し足りないのではないか?」


「ん? まぁ、厳密に言えばそうだな」


 例えば、ネスターとシェリーが背負った賠償金の額が金貨300枚分だったとしよう。

 彼ら2人が条件付き奴隷に堕ちることにより、それが立て替えられた。

 そして、ラーグの街に移送され、奴隷として俺に購入された。


 その際の購入額は、当然金貨300枚をひと回り以上超える額となる。

 仲介している奴隷商の儲け分、それに移送費や食費などが販売価格に含まれるからだ。

 だから、それを返還金だけで清算しようとすると、少々金額が足りなくなる。


「というわけで、こちらを用意した」


 俺はそう言いながらアイテムボックスから金貨を取り出す。


「これは……?」


「不足分の額だよ。俺が補填しよう」


「なにっ!?」


「ええっ!?」


 ネスターもシェリーが驚いている。


「ど、どういうことだい? この額のお金をタカシさんが負担してくれるなんて……」


 シェリーがおそるおそるという感じで尋ねてくる。


「奴隷とはいえ、今まで真面目に働いてくれていたからな。ボーナスみたいなものだ」


「ぼ、ボーナス? なるほど……」


「さすがはタカシさんだよ。でも、真面目に働くなんて当然のことなのに……。こんな大金をいただく訳にはいかないよ」


 シェリーがそんなことを言い出す。


「気にすることはない。俺が勝手にやることだ。むしろ、配下の者に適切な報酬を渡さないと噂でも流れれば、俺の方が困る」


「うーむ……」


「確かに、その通りかもしれないけど……」


 ネスターとシェリーは困惑気味だが、嬉しくないわけではなさそうだ。

 ここが勝負どころだな。


「さらに、これも渡そう。これは祝い金だ」


 俺は1つの袋を取り出し、彼らに渡す。


「こ、今度はなんだい?」


「い、祝い金だと?」


「ああ。お前たちが恋仲であることは知っている。そして、身分を理由に婚姻を見送っていたこともな。返還金とさっきのボーナスがあれば、奴隷身分ともおさらばだ。つまり、お前たちの結婚を阻むものは何もなくなるというわけだ。そしてこの祝い金があれば、新たな生活を始めるための準備もできる。受け取ってくれるか?」


「「…………」」


 ネスターとシェリーは、俺の話を聞いて絶句した。

 俺としては、彼らのためを思っての提案である。


「あ、ありがとうございます……」


「本当に何から何まで……。恩に着ます」


 ネスターとシェリーが深々と頭を下げてくれた。

 忠義度は……。

 よしよし。

 順調だな。


「では、行こうか」


「行くって、どこへ?」


「決まっているだろう? 神官のアイリスのところだ」


「「ええっ!?」」


 ネスターとシェリーが驚きの声を上げる。


「なぜ、そんなに驚く?」


「いや、だって……」


「善は急げというだろう? アイリスやみんなの前で、盛大に結婚式をしようぜ。なあに、結婚式代も俺が出してやるさ」


 俺は平然と答える。

 ネスターとシェリーの結婚式なら、さすがに貴族は来ないだろう。

 つまり、過剰に高級な調度品や料理を用意する必要もない。

 それならば、今の手持ち資金でも十分に対応できるはずだ。


「い、いや、そこまでしていただくわけには……」


「そうですよ! 私たちのために、タカシさんにこれ以上の負担をかけるわけにはいきません!」


 ネスターとシェリーが慌てて遠慮する。

 だが、ここで引き下がってしまっては意味がない。


「気遣いは無用だ。2人の幸福のために必要なことは全て負担すると決めたんだ。もちろん、ラーグの街に帰ってからの生活費についても心配はいらない。全て任せてくれればいい」


「しかし……」


「ああ。それとも、王都ではなくてラーグの街に帰ってから式を挙げるか? 冒険者として活動していた頃の知り合いは王都の方が多いだろうが、ラーグの街には同僚たちがいるしな」


「いや……。どちらかと言えば王都がいい。俺たちを心配してくれている知り合いもいるので」


「なら、やはり今からアイリスのところへ行くか。……いや、その前に奴隷身分からの解放が先か。さあ、行くぞ」


 俺はネスターとシェリーを伴って歩き出した。

 そして、諸々の手続きを終わらせていったのだった。

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