704話 不釣り合い

 俺は騎士爵を正式に授かった。

 続けて俺とベアトリクスの婚約が発表されたのだが、それに異を唱える者が現れた。

 サリエが胸の傷を治療してあげたリリーナの父親である、ハイルディン侯爵だ。


「ハイブリッジ卿の能力は素晴らしい。しかし、ハイブリッジ卿は騎士爵。一方、ベアトリクス殿下は王族であり、第三王女です。この二人では、やはり不釣り合いではないでしょうかな?」


「はっはっは! 言うではないか、ハイルディン。我が決定した婚約に口を挟むとはな」


 ネルエラ陛下が豪快に笑い飛ばす。

 確かに、国王である彼の決定に異議を唱えるとは、ハイルディン侯爵は命知らずだ。

 それほど俺とベアトリクスの婚約が気に入らないのだろうか?


「ハイルディンよ。つまり貴様は、ベアトリクスとハイブリッジの婚約を取り消せと言っておるのか?」


「いいえ、それは違います」


「ほう?」


 ネルエラ陛下が興味深げな声を出す。

 俺も同じ気持ちだ。

 何が違うというのだろう?


「私が申し上げているのは、あくまで釣り合いの問題です。ハイブリッジ殿は騎士爵。一方のベアトリクス殿下は王族です。これでは、あまりにも家格の差がありすぎます。ですから、私はハイブリッジ家の爵位をさらに上げることを提案致します」


「ほう! 面白いことを言う!」


 ネルエラ陛下が面白そうに笑う。


「ハイブリッジには、今まさに騎士爵を授けたところ。それをさらに上げると言うか!」


「はっ! その通りでございます」


 ハイルディン侯爵がそう断言する。

 まさか、こっち方面の進言をするとは。

 やはり、サリエが彼の娘リリーナを治療したことを恩に感じてくれていたらしい。


「ふむ……。だが、爵位はそう簡単に上げられるものではないぞ。それこそ、功績がなければ無理だ」


「もちろん、承知しております。しかし、先ほどムロン宰相からもありました通り、ハイブリッジ卿は騎士爵の授与が内定してからも、数々の功績を上げております。それらを加味すれば、今すぐにでも爵位を引き上げることが可能と考えます」


 俺の叙爵が内定したのは、西の森の奥地に居座っていたブギー盗掘団を捕縛した直後だ。

 その後、仮ではあるが領主としての権限が認められ、配下を登用して内政を行ってきた。

 リーゼロッテの依頼によりラスターレイン伯爵領に向かうことになったが、その道中でソーマ騎士爵領に立ち寄った。


「私からも賛成させていただきます。ハイブリッジ卿がいなければ、今ごろ私は闇の瘴気に侵されていたことでしょう」


 シュタイン=ソーマ騎士爵がハイルディン侯爵に同調する。

 俺は彼の街を訪れた際、闇の瘴気に汚染されていた彼を浄化した。

 この国は闇の瘴気への対応策がまだ不十分だ。

 その上、シュタインの戦闘能力はずば抜けている。

 自惚れではなく、俺たちミリオンズでなければ彼の窮地を救うことはできなかっただろう。


「我からも賛成させてもらおう。ハイブリッジ卿の実力、そしてその将来性は計り知れない。彼がいなければ、我が領の民たちの安全は脅かされていたかもしれぬ」


 リールバッハ=ラスターレイン伯爵までもそう同調する。

 彼は闇の瘴気に汚染され、危険なファイアードラゴンを討伐すべしという考えに固執するようになっていた。

 そんな中、俺はラスターレイン伯爵領のアヴァロン迷宮の攻略に成功し、ファイアードラゴンを手懐けた。

 俺たち抜きでファイアードラゴンを討伐しようとしても失敗していたかもしれないし、怒って暴走したファイアードラゴンが領民を傷つけていた可能性はある。


「私の意見も右に同じですな。私は、彼がまだCランク冒険者だった頃からの付き合いです。執事やメイドを欲しがっておりましたので、私のツテで用意し紹介しました。その者たちと再会し現況を確認する機会があったのですが、ハイブリッジ卿は叙爵が内定したり冒険者ランクが上がったりしても、決して増長せず目下への態度は穏やかなままで働きやすいと申しておりました」


「ふむ」


 ハルク男爵の力説に、ネルエラ陛下が相槌を打つ。


「そればかりか、その際に紹介した者たちはハイブリッジ卿の下で才能を開花させております。老執事は、青竜族の全盛期の力を取り戻している様子。努力家だが能力自体は平凡であったメイドは、今や王国騎士団の方々に引けを取らない戦闘能力を持つと聞いております。ハイブリッジ卿が人の上に立つ才能に恵まれていること、もはや疑いの余地はありますまい!」


 ハルク男爵の力説が終わる。

 老執事のセバスは、俺の加護(小)の恩恵により大きく力を伸ばした。

 老齢により衰えつつあった戦闘能力が、一時的に復活した感じだ。


 メイドのレインは、通常の加護の恩恵により段違いに能力を伸ばしている。

 少し前の時点では、騎士見習いとしてならギリギリ通用するレベルだったが。

 今の彼女は、平騎士と同等以上の実力を持つ。

 残るメイドのクルミナ、そしてサリエの付き人のオリビアも、俺の加護(微)の恩恵を受けている。

 そこらのメイドと比べてひと回り以上優秀だ。


「(おお……。ソーマ騎士爵があそこまで言うとは……。同じ騎士爵持ちの爵位が上がるということは、自分より目上になるということ。嫉妬の感情よりも、ハイブリッジ卿を押し上げたいという気持ちの方が強いのか? 彼にあそこまで言わせるハイブリッジ卿の才覚はとんでもないな)」


「(水魔法の名門であるラスターレイン伯爵の言葉にも重みがある。戦闘能力において我ら貴族界の中でも頭一つ抜けた伯爵家当主が、あれほどハイブリッジ卿の戦闘能力を買っているとは!)」


「(ハルク男爵の説明にも説得力があった。少領ながらも配下をうまく統率し善政を敷いているハルク男爵にあそこまで評価されるとは……。ハイブリッジ卿は、戦闘で成り上がっただけではないらしい)」


 周囲の貴族たちから、そんな声が漏れる。

 ハイルディン侯爵、ソーマ騎士爵、ラスターレイン伯爵、ハルク男爵。

 これほどの者たちに評価されている俺への心証がどんどん上がっている。


「そうか……。ハイブリッジよ、どうなのだ?」


 ネルエラ陛下がこちらを見てくる。

 俺は即座に答えた。


「陛下の御心のままに。俺はどんなことがあってもベアトリクス殿下をお守りすると決めています」


「うむ」


 俺の即答を聞き、満足そうな表情を浮かべるネルエラ陛下。


「はっはっは! 実はな。我も同じことを考えていたのだよ」


 ネルエラ陛下が愉快そうに笑う。


「今ここに宣言しよう。我が名のもと、ハイブリッジに男爵位を授ける! 異論は認めぬ!!」


「「「「おおおおおおぉぉっ!!!!」」」」


 会場からどよめきの声が起こる。


「(正式な叙爵の場で、さらに陞爵だと?)」


「(聞いたことがない……。それだけ陛下がハイブリッジ卿を評価しているということか)」


「(少し妬ましいが……。それ以上に頼もしいな。サザリアナ王国の未来は安泰だ)」


 周囲の貴族がそんなことを呟いている。

 俺は片膝を付いた臣下の礼を取ったまま、答える。


「男爵位、謹んでお受けいたします」


 俺は再び儀礼用の短剣を抜く。


「我が剣は、王国のため、陛下のため、国民のために振るわれる。永遠の誓いをここに!」


 俺が力強くそう言うと、周囲がシーンと静まり返った。

 そして、次の瞬間……。


「「「わああぁぁーーー!!!」」」


 大歓声が起こった。

 こうして、俺は男爵位を授かったのだった。

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