690話 タカシvsベアトリクス
ベアトリクスとの決闘が始まろうとしている。
俺と彼女は、向かい合い剣を構えて対峙していた。
俺は大剣、彼女は双剣だ。
「それではこれより、ベアトリクス=サザリアナ=ルムガンドと、タカシ=ハイブリッジの模擬試合を開始するよ。使用武器は訓練用の木刀、魔法は殺傷能力の高いものは禁止とする。双方、それでいいかな?」
「はい」
「問題ない」
「よし! 始め!!」
「うおおぉぉぉ!! 覚悟しろ! 悪党がぁ!」
イリーナの開始の合図と同時に、ベアトリクスが俺に向かって突っ込んできた。
模擬試合とはいえ、開始早々いきなり斬りかかってくるとは予想外だったが、まあいいだろう。
彼女の動きは悪くない。
だが、そのスピードはまだまだ遅いな。
「ぬ!?」
俺は木刀を構え、振り下ろされた彼女の木刀を受け止める。
そしてそのまま押し返し、バランスを崩した彼女に足払いをかけた。
「ぐあっ!」
「まだだ」
転倒した彼女に対し、容赦なく腹に蹴りを入れる。
「がはっ!」
彼女は俺の蹴りを喰らい吹っ飛び、地面を転がる。
だが、すぐに立ち上がった。
そしてまた俺に襲い掛かってくる。
さっきよりも明らかに速度が上がっていた。
俺は難なくそれを受け止める。
「くぅ! はああああ!!!」
今度は突きを繰り出してきた。
中々良い攻撃だ。
だが、やはりまだ甘いな。
俺は彼女が突き出してきた木刀を弾き飛ばし、返す刃で胴を打った。
「ぐはっ!」
「終わりか?」
「ば、馬鹿にするな! これからだ!」
彼女はそう言うと、またもや果敢に攻めてくる。
「せい!」
「ふん!」
「そこだ!」
「ほいっと」
俺はベアトリクスの攻撃を軽くかわす。
「なにぃ!?」
「隙だらけだぞ」
「ごふぅ……」
「これで終わりか?」
「くっ……おのれぇ~!」
その後も、何合か打ち合う。
俺は彼女の攻撃を何度か受けていた。
だが、それ以上に彼女のダメージの方が大きいだろう。
このまま終わってくれればいいのだが……。
「我がこの程度で負けるか! ぬおおおおぉっ!!」
ベアトリクスの闘気量が上がった。
しまった。
彼女の闘気は感情に左右されるのだったか。
試合の中で感情が高ぶれば、それがそのまま戦闘能力の強化に繋がる。
尻上がりタイプだな。
序盤で優勢に試合を運んでいても、中盤以降にひっくり返される可能性がある。
なかなか厄介な相手だ。
「くらえ! 【天剣絶刀】!!」
ベアトリクスの木刀に光り輝くオーラが纏わりつく。
ブーケトスの際にも見せていた、彼女の奥義の1つか。
あの時は、威力を加減していた様子だったが、今は手加減なしのようだ。
上段から繰り出された強烈な一撃が、俺を襲う。
「ぐっ! なかなかやるじゃないか」
「ははははははは! どうだ悪党め!」
ベアトリクスの攻撃は激しさを増すばかりだ。
このままではマズイかもしれない。
現時点では俺が優勢だが、下手に彼女の感情を刺激すればさらに強くなってしまう。
「ちっ!」
俺は一度、距離を取る。
すると、ベアトリクスがニヤリと笑った。
「馬鹿め。この我を相手にその距離は悪手よ」
「……」
「奥義! 【サザンクロス】!!!」
ベアトリクスは、両手に持った双剣を十字に交差させる。
2本の木刀から放たれる光の奔流が俺を飲み込んだ。
「はははは! これで終わったな! エロ男め!」
ベアトリクスの勝ち誇った声が響く。
「おいおい。勝ったと思うのはまだ早いんじゃないか?」
俺はかろうじて立ちながら、そう言った。
「な、なんだと!? なぜ立ち上がれる? 確かに直撃させたはず……」
「ああ。ダメージは大きかったぞ」
チートの恩恵を多大に受けている俺は、攻撃力だけではなく防御力も抜群だ。
闘気や魔力で身体を強化しているからな。
だから、ベアトリクスの奥義である『サザンクロス』を食らっても、致命傷を負うことはないのだ。
「ははっ! ベアトリクス、大技を使って疲れたんじゃないのか?」
感情によって増幅する彼女の闘気量だが、今は少し落ち着いている。
大技を使って消耗したのもあるだろうし、俺にダメージを与えてスッキリしたのもあるだろう。
「ぐぬっ! だが、消耗しているのは貴様も同じだろうが!!」
「そうだな。しかし、お前と違って俺はまだまだ余裕がある」
「なにぃ!?」
「こういうことさ。……【ヒール】」
俺の身体全体が淡い緑色の光に包まれる。
同時に受けたダメージが回復していく。
「そ、それは! 治療魔法か!」
「ああ。そうだ」
「おのれ! 卑怯だぞ! 正々堂々と戦わんか!」
「いやいや、模擬試合とはいえ実戦を想定しての決闘だろ? 殺傷能力の高い攻撃魔法以外は、使用が許可されている。なら、使えるものは何でも使わないとな」
「ぐっ! ……この悪党めぇ!!」
ベアトリクスが悔しげな目で俺を睨む。
あまり挑発しすぎると、また彼女の闘気が増してしまう。
適当に褒めておくか。
「それにしても驚いたぜ。まさか、これほどの強さとはな。正直、想像以上だよ」
「ふん。当然だ。我は王族として、強さに拘ってきたのだからな! 物心がついた頃から、一日とて鍛錬を欠かしたことはない!」
「ほう、素晴らしいことだ。しかし、それでもこの俺には届かなかったな。悪いが、俺も負けるわけにはいかないんでね」
「くっ! 調子に乗るなよ! 我にはまだ奥の手がある!!」
ベアトリクスが叫ぶ。
まだ、何かあるというのか?
俺は警戒して身構えた。
「精霊纏装。モデル:サン……」
バチっ!
バチバチっ!
彼女の闘気と魔力が変質していく。
そのときだった。
「【王の裁き】(キング・ジャッジメント)」
突然、上空に現れた巨大な雷撃がベアトリクスに降り注いだ。
「ぐああぁっ!!」
彼女は悲鳴を上げて倒れた。
そして、そのまま動かなくなる。
「今の雷撃は……」
俺は魔法の発動者を探る。
雷魔法と言えばモニカだが、今の攻撃は明らかに彼女のものではない。
ということは……。
「……ネルエラ陛下。どういうおつもりです?」
俺は、観客席にいるネルエラ陛下に向けてそう問うたのだった。
俺とベアトリクスの真剣勝負を邪魔するとは、何を考えているのか。
いくら陛下でも、その答え次第では……。
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