689話 レインを巡る決闘

 ベアトリクスから決闘を申し込まれてしまった。

 弁明を試みたが、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。

 その上、レインは彼女に連れ去られてしまった。

 客観的に見れば、虐げられていたメイドを救った平民思いの王女様といったところか。

 しかし、実際にはあれはプレイだったんだよなあ。


 レインは貴重な加護(小)持ちだ。

 その上、通常の加護に昇格させるために必要な忠義度50まで、最も近い者の1人である。

 ここでベアトリクスに奪われてしまうわけにはいかない。

 何としても決闘で勝利を収める必要がある。


「ふん。逃げずに来たか。サザリアナ王国の面汚しめ」


 俺が王城の訓練場に到着すると、既にベアトリクスは待っていた。


「ああ、もちろん来るさ。レインはお前なんぞに渡さん。彼女はハイブリッジ騎士爵家の発展に不可欠な人材なんだ」


 レインは、クルミナと並んでハイブリッジ家の最古参メイドだ。

 その少し後にはオリビアが加入し、そして少し前からは一般のメイドも雇って働いてもらっている。

 だが、クルミナとオリビアは加護(微)に留まるし、一般のメイドは加護(微)すら付いていない者も多い。


 そんな中、レインは加護(小)を持っている上に、忠義度の上がり方が最も早い。

 彼女は俺に心酔している。

 俺の専属メイドとしてなくてはならない存在だ。

 通常の加護が付けば、メイドとして料理術や清掃術を上げてもいいし、剣術を上げてもいい。

 場合によってはミリオンズへの加入すらあり得るだろう。


「民を好き勝手に弄ぶ者など、王国貴族とは呼べぬ。恥を知るが良い」


「おいおい。俺はネルエラ陛下から爵位を賜った身だぞ? 王女様とはいえ、お前にどうこう言われる筋合いはないのだがな」


「ぐぬ……」


「それに、そもそも俺はレインに手を上げたことなど一度もない」


「黙れ! 我が自らの目でしかと見たわ! その悪行の数々、もはや許すまじ!」


 俺とベアトリクスは睨み合う。

 口八丁で決闘を回避できないかと思ったが、無理そうだ。

 まあ、元々説得に応じるタイプではないから当然か。


「お館様……」


 訓練場の隅に控えていたレインから声がかかる。

 心配そうな表情をしていた。


「安心しろ。お前をこんな奴には絶対に渡さない」


「は、はい! お館様を信じております!」


 レインが熱い視線で俺を見る。

 どう見ても、俺に心底惚れている顔だよな。

 ベアトリクスの勘違いには困ったものだ。

 まあ、あの状況だけを見ればそれも仕方ないのかもしれないが。


「んじゃあ、これから模擬試合を始めるよん。審判はこのアタシ、イリーナが務めるからね」


 快活そうな少女騎士がそう言った。

 年齢はナオミやレインよりは上で、レティシアやオリビアよりは下。

 アイリスやモニカと同じく、10代後半くらいに見える。

 普通に考えれば騎士見習いだろう。


 だが、これでも彼女は相当に上の方の階級だ。

 何せ、俺がネルエラ陛下と初めて謁見したときに、気配を消して陛下の横に控えていたぐらいだからな。

 確か『誓約の五騎士』とかいう特別な5人の内の1人だったはずだ。


「タカシ様……」


「大丈夫だよ。タカシは負けない」


「うん。私も信じてるよ」


 ミティ、アイリス、モニカがそう言う。


「が、がんばってくださいね」


「ふふん。絶対に勝ちなさいよ」


「タカシお兄ちゃんとベアトお姉ちゃん、どっちもがんばって!」


 ニム、ユナ、マリアも応援してくれている。


「あああぁ……、まさかベアトリクス殿下とこのようなことになるとは……」


「サリエさん、焦ってもどうにもなりませんわよ。ほら、あそこで勝った食べ物を差し上げますわ~」


「ふむ。たかし殿もべあとりくす殿も、一流の剣士でござる。どちらが強いのか興味深いでござるな」


 サリエ、リーゼロッテ、蓮華は、それぞれいつも通りだ。

 サリエは心配性で、リーゼロッテはマイペースで、蓮華は剣術のことばかり考えている。

 そして、観戦席の一角では……。


「はっはっは! またベアトリクスとハイブリッジか! この組み合わせはいつも面白いことをしてくれるな。楽しませてもらおうぞ」


 なんと、ネルエラ陛下が座っていた。

 ベアトリクスめ、陛下にチクるとは、大事にしやがって……。

 俺はベアトリクスを睨む。

 だが、彼女は彼女で少し気まずげだった。

 どうやら、ネルエラ陛下の観戦は彼女にとっても不本意だったらしい。


「……して、お前たちはどちらが勝つと思う?」


 ネルエラ陛下が、傍らに控える4人の騎士にそう問う。


「ベアトリクス殿下でしょう」


「わたくしも同意見ですわ」


「……殿下だと思われる」


「殿下でしょうなあ。ハイブリッジ騎士爵がどの程度持ちこたえるか見ものというもの」


 無骨な大男、妖艶な女性、黒のマントを羽織った男、好々爺然の老人。

 4人が順に答える。

 彼らも、快活そうな少女騎士イリーナと同じく『誓約の五騎士』と呼ばれる存在だ。

 おそらく、全員が相当な手練れなんだろう。

 そんな彼らが、俺とベアトリクスの勝負はベアトリクス有利だと判断したようだ。


「ふん……。俺も舐められたものだ。手加減はしない。あっさりと倒してやろう」


「それはこっちのセリフだ! 悪辣非道な行い、今日こそ正す!! そして父上の企みも叩き潰す!」


「はいはーい! じゃあ、そろそろ始めるから2人とも準備してね!」


 イリーナの指示に従い、俺とベアトリクスは向き合って構えたのだった。

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