674話 お前たちはどう思った?

 タカシ、ベアトリクス、シュタインが謁見の間から退室した。

 後に残されたのは、国王ネルエラと、第二王子コンラード。

 その2人だけだ。


「はっはっは。なかなか有意義なひと時であったな。なあ? コンラード」


「はい、陛下。……しかし心配です。ベアトリクスのじゃじゃ馬に、あのような大役を任せてよろしかったのでしょうか?」


「ふむ……。まぁ、よかろう。ベアトリクスは強いぞ。実力で騎士団の大隊長まで上り詰めたではないか」


 騎士団の序列は、団長、副団長、大隊長、中隊長、小隊長、平騎士となっている。

 ピラミッド型の組織編成となっているため、大隊長と言えば相当に上のポジションだ。

 そして、ベアトリクスは王家の威光だけで大隊長に抜擢されたのではなく、きちんと実力が評価されて就任している。


「はい。それは存じておりますが……。精神的に甘い面も多いですし……」


「それは確かにな。ソーマやハイブリッジとともにこの謁見の間に飛び込んできたときは、さすがに目を疑ったわ。だが、あの威勢の良さが功を奏する局面もある。それに……」


「それに?」


「気づいたか? ベアトリクスもソーマも、実力が段違いに上がっておる」


「それは確かに……。ベアトリクスの魔力量や身体能力はかなり増していましたな。ソーマ騎士爵も、以前とはまるで別人のように思えました。私とは長期間会っていないということを差し引いても、あれほどの成長は予想外です」


 コンラードがそう答える。

 ベアトリクスとシュタインが強くなっているのは、タカシによる加護(微)の影響だ。

 基礎ステータスが1割強化される。

 また、効果は微弱なものの、ステータスの新規取得や強化を促進させる効果もあったりする。


「そうであろう? ソーマの実力は確かだが、今代では騎士爵に留まると思っておったが……。あの調子で実力を上げるなら、陞爵もあり得る」


「確かにそうかもしれませんな」


「そしてベアトリクス。我の見立てではあと3、4年もあれば騎士団の副団長クラスにまで成長すると思っておったが、もう既にかなりいいところまで成長しておる。ラスターレイン伯爵領に千を迎えに行き、ハイブリッジ領に寄り道をした。そのわずか数か月の間に、いったい何があいつを変えたのだ?」


 ネルエラがそう言う。

 基礎ステータスの1割強化。

 それはチートに慣れきったタカシにとっては、ないよりはマシ程度の微弱な効果である。

 実際、例えばそこらの町娘の能力が1割上がったところで、国家にとっては何の影響もない。


 しかし、その対象者が既にかなりの強者であったのなら話は別だ。

 サザリアナ王国第三王女にして、王都騎士団大隊長の”剣姫”ベアトリクス。

 サザリアナ王国騎士爵にして、ギルド貢献値1億6000万ガルのBランク冒険者である”聖騎士”ソーマ。

 この2人が加護(微)の対象者になった影響は、タカシが考えているよりもずっと大きかった。


「ベアトリクス本人に聞いてみましょう。気になるのは、ハイブリッジの存在です。ベアトリクスはいつも奴の悪口を言っていましたが……」


「うむ……。あの妙に嬉しそうに言っていた悪口は、どう考えても本心ではない。ハイブリッジと何かあったのか?」


 ベアトリクスの性格は直情型で、猪突猛進タイプだ。

 幼少の頃より、あまり人の陰口を言う子どもではなかった。

 不平不満や文句があるなら、本人に直接罵声を浴びせることが多い。

 そんな彼女にしては珍しく、ネルエラやコンラードに対してタカシの悪口を言っていたのだ。


「わかりかねますな。……ただ、ベアトリクスが強くなったのは、ハイブリッジの影響があるのかもしれません。それが技術的なものなのか、精神的なものなのかは判断できませぬが」


「ふぅん……。まぁ、良い。それより、そのハイブリッジだ」


「ハイブリッジですか?」


「ああ。あいつには驚かされた。まさか、あれほどとはな」


 ネルエラが、先ほどの謁見を思い出しながら呟く。


「……? 何の話です?」


「お前は気づかなかったか。謁見中、ベアトリクスは我に対して膝を付いていただろう?」


「はっ! それはもちろんですね。私たちは親子ですが、公式の場では陛下の臣下ですから」


「そうだな。そして奴の隣では、ハイブリッジも同様に頭を垂れていた」


「はい。その通りでございます」


「だが、それだけではない」


「……どういうことでしょう?」


「奴め、横目でチラチラとベアトリクスの胸元を見ておった。しかも、モノを膨らませておったわ」


 ベアトリクスは正装を着ていた。

 が、ガチガチに全てを覆い隠すようなものではない。

 万が一の非常時に備え、多少の動きやすさは確保した服となっていた。

 とりわけ、肩周りや胸元についてはやや布面積が少ない。

 ネルエラに対して跪いているとき、胸元が強調された状態となっていたのだ。


 もちろん実の家族であるネルエラやコンラードが意識するようなものではなかったし、女好きのシュタインとしてもジロジロ見るような真似はしなかった。

 そんな中、タカシだけはチラチラとではあるがベアトリクスの胸元を見ていたのだ。


「えぇ……。そんなことが? 謁見の間で何という無礼を……」


 コンラードは唖然とする。

 タカシがこの部屋から退出するとき、やけに前屈みだった。

 コンラードは今さらながらにそのことに気がついた。


「はっはっは。まあよいではないか! あのベアトリクスにそんな感情を持つ者がいるとはな。いやはや、奴は様々な意味でとんでもない逸材やもしれんぞ?」


「はあ……。そういうものですか。確かに、謁見の間でモノを膨らませるような男は他にそうそういないでしょうが……」


 愉快に笑うネルエラに対し、コンラードはどこか釈然としない表情を浮かべる。


「……で、お前たちはどう思った?」


 ネルエラがそう呟いた。

 この場には、彼とコンラードしかいないのに、まるで誰かに問いかけるように言葉を発したのだ。

 と、そのときだった。


「わたくしにはそれほど大した方には見えませんでしたわ。ベアトリクス殿下の胸元ばかり見ていることには驚かされましたが。彼、わたくしたちが陛下のお隣に控えていることにも気づいた様子はありませんでしたし」


 玉座に座るネルエラの隣に、不意に女が姿を現した。

 そして、彼の質問に答えたのである。

 彼女の名前はステファニー。

 『誓約の五騎士』の1人だ。


「いや、私の見たところ、気づいた上で無視していたようだぞ。とりあえず3度ほど奇襲をしてやろうかと思ったが、全て失敗してしまった」


 無骨な大男……ゴウセルが言う。


「いずれにしても、彼がファイアードラゴンを倒したのはさすがにマグレだとアタシは思うよ。まあでも、アタシは好きだよああいう子。レティシアちゃんもお世話になったみたいだし」


 快活な少女騎士……イリーナが言った。


「……判断材料に乏しい。某の意見は保留とさせてもらう……」


 黒のマントを羽織った青年……ゼフが呟く。


「ほほ。まあ、よろしいのではないですかな? 今回の作戦はベアトリクス殿下の率いる使節団が本命ですからなぁ。ハイブリッジ騎士爵の隠密隊は、うまく入国できれば御の字。将軍派に取り入ることができれば、儲けものといった程度でしょう」


 好々爺……ユグドの言葉に、他の者たちも同意を示す。


「はっはっは! いやはや、お前たちにかかればさしものハイブリッジも形無しだな!」


 このサザリアナ王国で最強なのはネルエラだ。

 それは彼自身の才覚や努力もあるが、それ以上の国家機密の要素もある。

 次点で、この場にいる『誓約の五騎士』が強い。

 こちらも同様に、本人たちの才能や頑張りに加え、他の要因がある。


 加護付与やステータス操作というチート能力を持つタカシとはいえ、現時点においては彼らに敵わない。

 もちろん敵対しているわけではないので、敵わないこと自体にまったく問題はないのだが。


「まあいいさ。ハイブリッジがベアトリクスを気に入っているのは思わぬ朗報だ。それならそれで、やりようはある。今回のヤマト連邦の件も、今後のサザリアナ王国のためになるだろう」


 ネルエラがそう呟きながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


「……? 何か考えが?」


「うむ。詳細はお前たちにも秘匿としようか。奴の叙爵式を待つがよい」


 コンラードの問いに、ネルエラは不敵に笑いながら答えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る