666話 これだから女は
「バ、バカな……。この私が……」
地面に倒れ伏すレティシア。
信じられないといった表情を浮かべている。
彼女は今、俺との稽古で軽くあしらわれたところだ。
「いやぁ、すごいじゃないか。それなりに強いと思うぞ」
俺は感心した。
中隊長というだけあって、レティシアの実力はなかなかのものだ。
ベアトリクスは確か大隊長だったはずだし、彼女よりも一回り劣るぐらいのイメージで間違いない。
さすがに俺やシュタインと比べれば足元にも及ばないが、一般的な騎士としてはかなりのレベルに達していると言えるだろう。
ただ、やはりまだ経験不足か。
技術面に関しては問題ないが、実戦経験が不足しているためか駆け引きが素直過ぎる。
あとは、もう少し自信を持つべきだな。
「くっ……。なぜ、このようなことに……。ただの一配下などに負けていては、大隊長のイリーナ様に合わせる顔がない……」
レティシアが悔しげな顔をする。
しっかりとした向上心を持った女性だ。
好感が持てるな。
「おお……。なんということだ。レティシア中隊長が敗北を喫するとは」
「しかも相手は無名の一配下だろ?」
「我らが誇り高き騎士が、まさか一兵士に敗れるとは……!」
ザワザワ。
周囲の騎士たちがざわつき始める。
(まだ俺の正体に気づいていないのか。まああえて言わない俺も俺だが……。戦闘を見れば、いい加減に気づいてもよさそうなものだが)
俺はそんなことを思ってしまう。
「ふん。奴が強いのではなく、レティシア殿が弱いのだ」
「化けの皮が剥がれたな」
「所詮は庶民。中隊長の器ではなかっただけのこと」
「イリーナ大隊長に気に入られて贔屓にされていただけの女よ」
「褥で腰を振っているなんて噂もあったな」
他の騎士たちがレティシアを嘲笑する。
どうやら、彼らは彼女のことを最初から侮っていたらしい。
それがこの機会に噴出してしまったようだ。
「くっ……。待て! 私は負けたわけではない!」
立ち上がったレティシアが叫ぶ。
「そうは言っても、足がプルプルしてるようですが?」
「生まれたての馬みたいですね」
「鍛え方が足りないのでは? 騎士には技術だけでなく筋力も必要なことは当然でしょうに」
「これだから女は……」
「ぐっ……」
部下からの辛辣な言葉にレティシアが歯噛みをする。
本来は上官と部下の関係なので、こんなことを言われることはない。
普段から相当に舐められていたのかもしれないな。
この世界には魔力や闘気が存在する分、地球よりも男女の性差は少ない。
体を張る戦闘職にも、女性はそれなりに多い。
アイリス、ユナ、リーゼロッテ、蓮華あたりは、俺からの加護の力を得る以前から活躍していた。
他にも、”ビーストマスター”アルカ、”烈風”イリア、”剣姫”ベアトリクスなども実力は確かだ。
とはいえ、差が少ないだけであり、どちらかと言えば男性の方が身体能力が高く、戦闘職に向いているのも事実だ。
王都騎士団という格式高い組織でも、女性蔑視の思想が根付いてしまっているらしい。
いや、逆に王都騎士団だからこそかもしれないな。
自由を謳歌する冒険者界隈では、あまり女性蔑視の言葉を聞いたことがない。
もちろん、全くのゼロではないが。
「し、しかしこの男は本当に強いのだ」
「そうですよ! アタシも彼の強さは本物だと思います!!」
レティシアの言葉にナオミが続く。
「ははは! 見習いごときと同じご感想をお持ちになるとは、さすがはレティシア殿だ」
「大層な実力をお持ちなようで」
騎士たちが皮肉を言う。
ここまで舐められるほど、レティシアは弱くないと思うのだが。
俺やシュタインには軽くあしらわれたとはいえ、それなりに剣さばきはうまかった。
この騎士たちはそれ以上に強いのだろうか?
……いや、俺があまりにもレティシアを軽くあしらい過ぎたせいか。
正体不明の一兵士(俺)に敗れた姿を見てしまっては、彼女に対する敬意も薄れてしまうというもの。
もともと低めだったであろう敬意が、追い討ちをかけられてさらに低まった感じか。
「まあ待て。レティシアは強いぞ」
俺はそうフォローを入れる。
正体をあえて明かさないまま彼女を倒してしまったのは、少し可哀想なことをしたな。
せめて名前だけでも教えておくべきだった。
ここは俺がとりなす必要があるだろう。
「そちらには黙っていてもらおうか」
「ソーマ騎士爵の部下とはいえ、我ら騎士団に口出しをする権利はない」
「引っ込んでいたまえ」
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、騎士たちの態度が変わることはなかった。
彼らは俺を無関心にあしらい、引き続きレティシアに侮蔑の視線を向ける。
「……」
レティシアは無言で唇を噛む。
「ふぅ……」
俺は小さくため息をついた。
こうなった以上は仕方ないな……。
ここで正体を明かすことにしよう。
「俺は……」
「待て、我が盟友よ」
俺が口を開こうとした瞬間、シュタインが制止してきた。
そして、ニヤリと笑みを浮かべ、耳打ちをしてくる。
「名乗るよりもいい解決法があるぞ」
「ん?」
「こういうのはどうだ?」
シュタインは俺に何やら提案をしてくるのであった。
「…………」
俺は思わず沈黙してしまう。
さすがにそれはマズイんじゃないのか?
「何をコソコソと話しているのだ!」
「そうだ! ソーマ騎士爵の指導はもう十分!」
「あとはこっちの問題だ。引っ込んでいてもらおう!」
騎士たちが不満げな声を上げる。
うーん。
確かに、シュタインの案がよさそうか……。
単に名乗るだけでは、彼らも収まりがつかないだろう。
表面上は引き下がっても、レティシアを侮る気持ちは残ってしまう。
シュタインの案を実行すれば、その問題は解消するはずだ。
「わかった。その考えに乗ろう」
「くっくっく。楽しみだな。期待しているぞ」
俺が了承すると、シュタインは満足げに微笑んだのだった。
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