636話 合同結婚式 ブーケトス 前編

 合同結婚式の最後のイベント、ブーケトスが始まろうとしている。

 クトナ、オリビア、シャルレーヌ、千、ベアトリクス。

 雪月花、レイン、クリスティに、その他の参加者たち。

 彼女たちが規定の位置で待機している。


「それでは、これよりブーケトスを始めさせていただきます! 花嫁の皆さま、どうぞ前へ!」


 進行役のネリーがそう言うと、俺の愛しの花嫁たちが前に出る。


「つ、ついにわたしが投げる方ですね……。ドキドキします……」


 そう言って、緊張しながら前に出てきたのはニムだ。

 まだ結婚していなかった中では、彼女がミリオンズの中でも最も古株だ。

 今までにミティ、アイリス、モニカの結婚式に出席しており、ブーケトスにはよく参加してきた。


「ふふん。自分が幸せだと、みんなにもその気持ちを分けてあげようって気になるわね」


 ユナの気持ちもよく分かる。

 俺はこの世界に来て、なかなかの人助けを行ってきた。

 ミッションの達成や加護付与のための忠義度稼ぎという意味合いが強い。

 それに加えて、自分自身がチートにより強化され、素晴らしい女性やライバルたちにも恵まれ、日々の生活が満ち足りていたという面も無視できない。

 自分が幸せだからこそ、人にもそれを分け与えようという気持ちが芽生えるのだ。


「えへへっ。懐かしいな。マリアもブーケを取ったことがあったなぁ」


 マリアがブーケを勝ち取ったのは、アイリスの結婚式におけるブーケトスだ。

 武の名地であるゾルフ砦で開かれた結婚式であり、ブーケトスに参加したのはニム、マリア、中級武闘家のカタリーナ、初級武闘家のエルメアの4人だけであった。

 ニムが土魔法を活用してブーケの落下地点に陣取ったものの、飛行能力を持つマリアが颯爽とそれを掻っ攫ったのだ。


「へえ、そのようなことが……。私も、男爵家令嬢として何度か目にする機会はありましたね。特に意中の殿方もいませんでしたし、参加はしませんでしたが……」


 もとより貴族のサリエは、結婚式にも何度か参加したことがあったそうだ。

 俺と出会った頃は病床だったが、それよりも前の話だろう。


「わたくしも結婚式には参加したことがありますが、食べるのに必死でしたわ。まさか、自分がブーケを取る日が来るなんて思いもしませんでした」


 リーゼロッテは、やはり食べる方に夢中だったようだ。

 昔から変わらない食いしん坊だな。


「さあ、花嫁の皆さまのご準備は整っています! 参加者の皆さまも用意はよろしいでしょうか!?」


 進行役を務めるネリーは、いよいよ始まるブーケトスの準備ができたか確認する。


「……大丈夫……」


「ふん。我はいつでも構わぬぞ」


「お待ちしておりました!」


「何だかそわそわするわね!」


 クトナ、ベアトリクス、レイン、月が答える。

 その他の者も、集中した顔つきに変わっている。


「では……始めます!! いっせーのぉ~!!!」


「「「「「「せっ!!」」」」」」


 ネリーの掛け声に合わせて、5人の花嫁が一斉にブーケトスを行う。

 それぞれの腕力、器用さ、性格などの違いにより、ブーケが描く放物線は異なる。

 空中に投げ出されたブーケは、重力に従って下に落ちていく。


 まず最初の狙い目は、ユナのブーケかな?

 5人の中でもややせっかちな彼女は、少しだけ投げるタイミングが早かった。

 それに反応して、参加者たちがブーケの行方を追っている。


「……ブーケはボクがもらう。聖闘気『氷舞の型』」


「なんの! 我がいただく!!」


 その先頭を行くのは、雪とベアトリクスだ。

 やはり、彼女たちの身体能力は頭一つ抜けているな。

 だが、純粋な身体能力だけならさらに上の者がいる。


「【赤猫族獣化】」


 真紅の瞳に緋色の髪になったクリスティが、スキルを発動させ身体強化を行いながら跳躍する。

 そしてそのまま、ブーケに向かって飛び込んだ。


「へへっ! ブーケに一番乗りだぜ!!」


 彼女がガッツポーズをする。

 あの激戦の中で勝ち取るとは、彼女の実力もずいぶんと増しているな。


 ……おっと。

 まだまだ気は抜けない。

 宙を舞うブーケは後4つある。


 次に狙い目なのは、リーゼロッテのブーケかな。

 腕力がさほど強くない彼女が投げたブーケの弾道は低めだ。


「ふふ~。やっぱりリーゼロッテさんのが狙い目だよね~」


 それを予測していたらしい花がブーケに肉薄している。

 狙いを絞って対応しているあたり、強かな彼女らしいな。


「ぬぅ! 次こそは我がいただくぞ!!」


 少し出遅れたベアトリクスがまたもやブーケに迫っていく。

 身体能力や闘気の出力が高い分、彼女がブーケをもぎとる可能性はまだ残っている。

 だが……。


 ヒュオッ!

 不意に、冷気を伴った風が吹き荒れた。

 その風に煽られ、軌道の変わったブーケがとある女性の手元に収まった。


「や、やりました! ブーケを手に入れましたよっ!」


 そう喜ぶのは、シャルレーヌだ。

 彼女は淡い水色の魔力を纏っている。


「ぬっ、ラスターレイン伯爵家の次女か……。なんだ、その冷気は!?」


 ベアトリクスがシャルレーヌにそう問う。


「術式纏装【明鏡止水】です。こんなこともあろうかと、鍛錬をしてきて正解でした!」


 こんなこともあろうかって、どんなことがあると思っていたんだよ。

 ブーケトスのために水魔法を鍛えているとはな。

 まあ、動機はともかく、彼女の成長自体は喜ばしいことだ。


 1年ほど前、ミリオンズはラスターレイン伯爵家と敵対したことがある。

 その際、大雨の中で発動された彼女の【明鏡止水】には苦戦させられたものだ。

 ただ、当時の彼女の力量では大雨のときにしか纏装術を使えないとも言っていた。

 今は快晴なのに発動できている。

 この1年でしっかりと実力を上げてきたようだな。

 俺の加護(微)の影響もあるだろう。


「くっ。しかし、まだ諦めんぞ。ブーケはあと3つある!」


 ベアトリクスが、闘気の出力を増す。

 彼女を始め、オリビア、千、月あたりの活躍にも注目したいところだ。

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