580話 サプライズ攻勢

「さ、さて。ハンナさん、これに着替えてください」


「え? ……え?」


 ニムがそう言って、服を差し出す。

 ドレスだ。

 ハンナは戸惑いつつもそれを受け取った。


「どうして急に……?」


「まあまあ、とりあえず着てみよ~。きっと似合うと思うよ~」」


 花がそう言う。

 ハンナは訳が分からないまま、言われるままに着替えた。


「わぁ! かわいい!」


「うん。素敵だね」


「素晴らしい仕上がりですわ」


 マリア、モニカ、リーゼロッテがそれぞれ感想を述べる。

 いつの間にか、彼女らも集まっていた。


「あ、ありがとうございます……?」


 ハンナは照れながらそう言った。


「ふふん。じゃあそろそろいいかしら? 行きましょう」


 ユナがそう言い、ハンナを促す。

 いいも悪いも、ハンナはこの状況を全く理解していないのだが。


「はい……。では、失礼します……」


 わけが分からぬまま、ハンナは部屋を出た。

 そして連れていかれた先は、大部屋であった。

 ニムによって建造された別館の中でも、一際大きな部屋である。


 今までは特に誰かが住んだり物を置いたりしていなかった部屋だ。

 ハンナはニムたちに続いて大部屋の中に入る。

 するとそこには……。


「おっ。ちゃんとサイズが合っているようだな。良かった」


 タカシ=ハイブリッジ騎士爵がいた。

 傍らには、ミティ第一夫人やアイリス第二夫人、サリエや蓮華などもいる。

 ハイブリッジ家が勢揃いだ。

 さらに、最近出入りするようになった魔道技師ジェイネフェリアもいる。


「お館様、これは一体……?」


 ハンナが戸惑う。


「あれ? 誰も内容を伝えていないのか?」


「ひ、秘密にしようと言ったのはタカシさんじゃないですか。まだ内容を伝えていませんよ」


 ニムがそう言う。


「そういえばそうだったな。そろそろ頃合い……いや、待てよ? ちょうどニルスの方の準備も終わったのか。それなら、開会と同時に説明すればいいな」


 タカシがまた別の方向を見ながらそう言う。

 確かにそちらからは、ニルスが歩いてきていた。

 彼もまた、正装を来ている。


「えっと、お館様……?」


「ああ、気にしないでくれ。ちょっとしたサプライズなんだ。悪いようにはしない」


「えぇ……?」


 ますます困惑するハンナ。


「さて、時間だな。……では、始めようか」


 そう言って、タカシが壇上に立つ。


「ええと、まずは皆に知らせたいことがある。……ニルス、そしてハンナ。こっちに来てくれるか」


「え? あ、はい」


 ニルスがタカシに近づく。

 彼もまた、状況を把握できていないのだろう。

 その顔はどこか不安げだ。


「な、何でしょうか?」


 ハンナもニルスの後に続く。


「2人共、そこに立ってくれ」


 ニルスとハンナは言われたとおり、部屋の中心あたりに立った。


「これから2人には、結婚式を挙げてもらう」


「へ?」


「け、結婚!?」


 突然の言葉に、ハンナとニルスは驚く。

 2人はお互いの顔を見合わせた。


「ど、どういうことですか? 俺たちは奴隷同士で……」


「それは知っている。だが、心配は無用だ。結婚を俺の名の下に認めてやる。それに、農業改革で成果を上げてくれたし、いずれは奴隷身分からの解放も検討しよう」


「「ほ、本当ですか!?」」


 ハンナとニルスが喜びの声を上げる。


「もちろん本当だとも」


「ありがとうございます! 嘘みたい……。やったね、ニルス」


 ハンナがニルスの手を握り、そう言う。


「あ、ありがとうございます! 一生恩に着ます!」


 ニルスがそう言って頭を下げる。


「はっはっはっ。そこまで感謝されるほどのことでもないぞ。お前たちの頑張りには、本当に助けられているからな」


 ハイブリッジ騎士爵領は、ラーグの街を中心にして広がる領地だ。

 タカシの戦闘能力、治療魔法の腕前、現代日本の知識。

 そして加護の恩恵により各分野にて卓越した能力を持つ妻や仲間、配下の者たち。

 それらの力が合わさることで、領民の生活水準は飛躍的に向上しつつある。

 平均寿命も伸びていくことだろう。


 しかし、そうなってくると心配なのが食料事情だ。

 タカシは先手を打って農業改革に乗り出した。

 その中心となるのは、ニムだ。

 サポートをするのは、Cランク冒険者の花。

 そこに、元村人で多少の農業の知識と経験があるニルスとハンナが加わったのである。


「先ほども言ったが、お前たちが尽力してくれた農業改革は大成功だ。ニムや花、それにその他の者にももちろん報酬を奮発するが……。ニルスとハンナは、特に望んでいるものがあったな?」


「はい! 故郷への食料支援です。是非お願いします!」


「私からもお願いします!」


 ニルスとハンナが勢いよく答える。


「ははは。そんなに焦らなくてもいい。報酬は必ず渡す。今は、結婚式を行っていこうではないか。記念のプレゼントもあるんだ」


 タカシがそう言いながら、部屋の奥に向かう。

 そこにあったのは、大きな箱であった。

 彼がそれを軽々と持ち上げ、2人の前に置く。


「あなたたちの門出を祝して用意されたものです」


「開けてみるでござるよ」


 サリエと蓮華がそう促す。

 ニルスとハンナはその言葉に従い、箱を開けた。

 中に入っていたものを見て、彼らは目を大きく見開く。


「これは……。クワでしょうか?」


「うん……。でも、何だか神々しいね」


 ニルスが手に取ったのは、巨大サイズの鍬だ。

 2本用意されている。

 おそらくはニルスとハンナのためのものなのだろう。

 だが、ハンナが指摘した通り、それはただの鍬ではないようだ。

 全体的に光り輝いているように見える。


「これは魔道具の一種なんだよー。ミティさんが作ってくれたクワに、僕が聖属性を付与したものなんだよー。アイリスさんが用意してくれた精霊石を利用したんだよー」


「ええ。そのクワはオリハルコンでできています。頑丈で、軽い。使いやすいこと間違いなしです」


「それに、ジェイ君が言ったように聖属性が付与されているからねー。害虫も寄って来にくくなるよ」


 ジェイネフェリア、ミティ、アイリスがそう言う。


「えぇ!? オ、オリハルコン?」


「それって高いんじゃ……」


 ニルスとハンナがそう尋ねる。


「値段は気にするな。俺の大切な配下の者たちへのプレゼントなのだからな。それを仕事に活かしてくれれば、十分にもとは取れる。もちろん、お前たちの私物だから使い道は任せるが」


 タカシが事も無げにそう言う。

 ニルスもハンナは、まさかこんなものを貰えるとは思っていなかったため、呆然としている。

 突然の結婚式、故郷への食料支援の再約束、そしてオリハルコンの鍬。

 あまりにも急展開過ぎて、頭が追い付いていないのだろう。


「お館様……ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます!」


 ニルスとハンナは深々と頭を下げた。

 混乱気味の頭の中にあっても、彼らからタカシへの忠義の心はぐんぐん上昇している。


「うむ。喜んでくれたようでよかった。さあ、結婚式の続きをしていこう。アイリス、頼む」


「オッケー」


 その後はアイリスの主導のもと、ニルスとハンナの結婚式が執り行われた。

 こうして、ニルスとハンナにとって今日は忘れられない日となったのであった。

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