556話 サリエとの結婚の挨拶

 ハルク男爵邸の正門に到着した。

 門番に取り次ぎを頼んで待っていると、中からハルク男爵が出てきた。


「おお! よく来たな、タカシ君!」


「ご無沙汰しております。ハルク男爵」


 俺はそう頭を下げる。

 ここに来るのは久しぶりだ。

 というのも、ここには転移魔法陣を設置していなかったからだ。


 前回ここに来たのは、もう1年近く前になる。

 あの頃のサリエは難病こそ俺とアイリスの治療魔法により治療されたものの、まだ経過観察中だった。

 まさか、その娘が今やBランクパーティ【ミリオンズ】屈指の回復役を担うことになるとは想像もしていなかった。


「ささ。こんなところで立ち話もなんだ。応接室に案内しよう」


「ありがとうございます」


 俺はハルク男爵に付いていく。

 サリエ、キリヤ、ヴィルナもいっしょだ。

 馬車で運んできた物品については、オリビアの主導のもと荷降ろしが行われていくことになる。

 ユナとマリアもそれを手伝ってくれるようだ。


「ここだ。入り給え」


「はい。失礼します」


 俺とサリエが中に入る。

 キリヤとヴィルナは、部屋の前で待機だ。

 護衛としての任務である。

 まあ、ハルク男爵の屋敷の中で彼らの出番などそうはないだろうが。


 俺、サリエ、ハルク男爵は、応接室の中で向き合って座る。

 基本的にはなごやかな雰囲気だが、少しの緊張も感じる。


「手紙では伝えたが……。改めて、叙爵を祝福させてもらおう。それに、サリエもずいぶんと馴染んでおるようだな」


「ありがとうございます。俺が騎士爵を授かることができたのは、ハルク男爵のお力添えのおかげです。サリエさんはしっかり者で頼りになります。それに……」


「それに?」


「セバスさんとオリビアさん、レインとクルミナも非常に働き者です。特にセバスさんは、いつも助けられていますね」


 俺はそう言う。

 セバスは執事だ。

 しかし、俺の不在時には実質的な領主代行としての権限すら与えていた。

 今や加護(小)を付与済みだし、非常に頼りになる。


 次に期待したいのは、オリビアだろうか。

 昨日は口で奉仕してくれたような仲だし、サリエのお墨付きもある。

 もともと優秀なキャリアウーマンっぽい雰囲気のある女性だったが、そこに加護(小)が加われば飛び抜けて優秀な人材となるだろう。


 レインにも期待したい。

 ハイブリッジ杯の表彰式で俺に思いをぶつけてくるぐらいには気持ちが強い。

 今現在の戦闘能力やその他の技術こそ、オリビアやナオンあたりには劣る。

 しかし、加護さえ付いてしまえば後はどうとでもなる。


 クルミナは……。

 俺に悪印象は持っていないのだろうが、今のペースで行けばオリビアやレインよりも後になるだろうな。

 レインの忠義度を稼ぐことができれば、それにつられてクルミナの忠義度が上がってもおかしくない。

 評判や心象は、親しい者同士で伝染していくものだ。


「そう言ってもらえるとありがたい。私としても、タカシ君の領地経営が軌道に乗るまでは、できる限りのことはするつもりだ。他に困っていることはないかね?」


「ええ、今のところは大丈夫です。それよりも、ご相談したいことがありまして……」


 俺はサリエをチラっと見る。


「ん? 何かあるのか?」


 ハルク男爵もサリエを見る。


「はい。実は、この度サリエさんに結婚を申し込ませていただこうかと思っております」


「……ほう」


 ハルク男爵が目を細める。


「それで、サリエさんの親御様であるハルク男爵にご挨拶をと思い、こうしてお伺いさせていただいた次第です」


「…………」


 しばらく沈黙が続く。


「サリエは、タカシ君の事を好いているのかね?」


「はい。大好きです」


 即答だった。

 さすがに面と向かって言われると照れるな。


「……そうか。ならば反対する理由もないな。祝福しよう」


「ありがとうございます」


「以前から、半ば冗談とはいえそのようなことを言っていたが……。まさか、これほど早く実現するとは。さすがに予想外だったぞ」


「いえ、俺もサリエさんが好きなので、早いうちにけじめをつけておきたかったのです」


「うむ……」


「まさか未婚の状態で子どもを生むわけにもいきませんし」


「なんだと?」


 ハルク男爵の目が釣り上がる。

 なんかおかしな事言ったかな?


「タカシ君、それにサリエ。まさか……」


 ハルク男爵がそう言う。


「いえ。そんなことはありませんよ。まさか婚前交渉だなんて……。ねえ? タカシさん」


「え? あ、ああ。もちろんだとも」


 そうか。

 俺とサリエが既にやりまくりなことは、伏せておいた方がよかったか。

 貴族令嬢のサリエは、そこにも気をつける必要がある。


「うーむ……」


 ハルク男爵が難しい顔をしている。

 ここは話を逸らそう。


「そうだ。ハルク男爵には、素晴らしいものをたくさんお持ちしたのですよ」


「素晴らしいもの? もしかすると、馬車に積んであったものか?」


「ええ、その通りです。これから晴れて親族になることですし、ぜひ活用していただきたく思いましてね」


 俺が騎士爵を授かった際には、お祝いの品として書籍や魔石などをハルク男爵から受け取ったことがある。

 そのお礼も兼ねて、たくさんプレゼントするのがいいだろう。

 今回贈呈するのは、ハイブリッジ家ならではのものだ。


 馬車の荷降ろしについては、オリビアの主導によって進められている。

 ちょうど終わる頃だろう。


「では、様子を見てみるとするか」


 ハルク男爵に先導され、俺たちは搬入先の別室に向かう。

 プレゼント攻勢で何とかこの場を乗り切ることにしよう。

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