555話 昨日はお楽しみだったようですね

 オリビアとの一夜の翌日。


「昨日はお楽しみだったようですね」


 馬車の中で、サリエがそうジト目で言ってきた。

 今の俺は、馬車の後部座席に座っている。

 隣にはサリエ。

 少し離れたところにオリビア。

 しきりを隔てた御者席にはヴィルナがいる。

 ちなみに他の者は、別の馬車に乗っていたり、警戒しながら徒歩で移動したりしている。


「……聞こえていたのか?」


「いえ。聞こたわけではありません。しかし、あのような匂いを漂わせていれば分かります」


 サリエがそう言う。

 彼女は聴覚も嗅覚も人並みだ。

 しかし、勘は鋭いところがある。


「それに、もちろんオリビア本人から報告も受けましたよ。タカシさん、とても大満足されたとか」


「…………」


「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。オリビアは私の従者ですが、半ば姉のような存在でもあります。私を蔑ろにしなければいくら手を出されても気にしません」


「え? いや、しかし……」


「私は妻としての立場がありますが、オリビアは従者……。だから、浮気ではありません」


「そ、そういうものなのか?」


「はい。オリビアも喜んでいました。初めての体験で興味深かったと」


 サリエがオリビアに視線を向け、そう言う。


「…………」


 俺は沈黙する。

 オリビアが初めてだっただと?


「そうだったのか? ずいぶんと上手だったが……」


「はい。未熟な技術で申し訳ありませんでしたが、何とか楽しんでもらえたようで何よりでございます」


 知識とイメージトレーニングだけは万全だった感じだろうか?

 初めてが口だけとは少し申し訳ないことをした。

 まぁ、本人が良かったと言っているのだ。

 俺があれこれ考えても仕方ないか。

 いずれもう少し踏み込んだ関係になってもいいかもしれない。


「…………まあいい。ところで、ハルク男爵領の中心地にはもう少しで到着するのか?」


「ええ。予定ではあと2時間ほどで到着するはずです。……そうですね? ヴィルナ」


 後部座席と御者席のしきりを取り払い、サリエがそう問う。


「はい。予定通りならば、後1時間半といったところでしょうか」


 ヴィルナがそう答える。


「順調ですね。ヴィルナの御者としての腕前は安定しています」


「ありがとうございます。サリエ様」


 ヴィルナはハイブリッジ家の家臣であり、警備兵だ。

 そして、サリエは当主である俺の妻になる可能性が高い。

 厳密に言えば現時点で直接の上下関係はないのだが、当人たちの意識としては既に主と配下の関係だ。

 もちろんそれは、間違っているわけではない。


「ヴィルナ。昨晩の疲れが残っていないようで安心しましたよ」


「うぇっ!?」


 サリエの言葉を受けて、ヴィルナが狼狽する。


「き、気付いておられたのですか?」


「当然です。匂いや雰囲気で分かるものです」


「…………」


 ヴィルナが冷や汗をかいている。


「護衛の任務中にあのようなこと……。少々軽率ではないですか?」


「か、返す言葉もございません」


 確かに、サリエの言うことも最もだ。

 貴族である俺や、その妻となる予定のサリエの護衛任務を放ったらかしにしてキリヤとよろしくやっていたのだからな。

 ただ、ヴィルナをかばう余地があるとすれば……。


「まあまあ。いいじゃないか。結果的には何もなかったし、そもそも特別危険な地域でもないのだし」


 俺はそう声を掛ける。

 魔物や盗賊による危険度は、もちろん地域差がある。

 ハイブリッジ騎士爵領とハルク男爵領を結ぶ街道付近の危険度はさほど高くない。

 ゴブリンやファイティングドッグ、たまにリトルベアが出るくらいだ。

 何も厳戒態勢を敷く必要もない。


「ですが……」


「それに、夜警の担当者は他にいたのだし。休憩中は好きに過ごして羽を伸ばしてもらうのもいいだろう」


 ヴィルナとキリヤは、護衛として同行しているが、昨晩の夜警担当者ではなかった。

 日本の感覚で言えば、夜になった時点で勤務時間外とも言える。

 まあこの世界において現実的に考えれば、夜警の担当者ではなくても最低限の警戒意識は必要なのだが。

 難しいところだ。


「う~ん。それも一理あるかもしれませんね」


 サリエも一応納得してくれたようだ。

 ヴィルナがほっと胸を撫で下ろす。


「それにしても、昨日のヴィルナはずいぶん乱れていたな」


「ふぇっ!?」


「テントまで聞こえていたぞ。そんなに気持ちよかったのか?」


 まあ、聞こえていたのは俺が聴覚強化レベル1を取得済みだからだが。

 常人に聞こえるほどの声量ではなかった。


「い、いえ、あの、それは……」


「ふむ。どうなんだ? 正直に言ってみろ」


「……は、はいぃ……。その、気持ちよかったです……」


「ふむ。ヴィルナは敏感なんだな。それとも、キリヤがうまいのか?」


「え、えっと……。それはその……」


 ヴィルナが顔を真っ赤にしてうろたえている。

 セクハラは楽しいなあ!


 ……いや。

 いかんいかん。

 こんなセクハラをしていたら忠義度が下がるかもしれない。


 そういえば、一度加護の条件を満たした者の忠義度が下がったら、加護はどうなるのだろう?

 気になる。

 しかし、わざわざ試すのもちょっとな。


 忠義度が下がったら加護もなくなるのであれば、今後も迂闊なことはできない。

 せっかくできた有望な配下を失いたくはないからだ。

 世界滅亡の危機に立ち向かうためにも、着実に配下を増やしていった方がいい。


 忠義度が下がっても加護がそのままだったら、それはそれで問題だ。

 俺に対して反感を持っている強力な戦士が誕生するわけだからな。

 ハイブリッジ家から離反して敵対でもされたら相当に面倒だ。


 俺は貴族であり、Bランク冒険者でもある。

 たいていの者に対して強気で接することができるだけの影響力があり、セクハラし放題だ。

 しかし欲望のままに突っ走ると、いつか痛い目にあうだろう。

 セクハラ欲を自制する必要がある。


「まあいい。今後はほどほどにな。今回は特に咎めるつもりはない」


「は、はい……。承知致しました。寛大な処置、ありがとうございます」


 ヴィルナがそう言う。

 この程度の話を引っ張る必要もないだろう。


 さて。

 彼女は御者としての任がある。

 御者席と後部座席のしきりを戻し、ふたたびリラックスする。


「ふふ、タカシさんも悪い人ですね」


「何の事かな? サリエ。俺は思った事を言っただけだよ」


「タカシさんのしたいようにされるのがよろしいでしょう。しかし、配下の者には適切な接し方というものもあります。過度な発言にはご注意ください」


「……肝に銘じておこう」


 確かに、俺のセクハラ発言は行き過ぎだった。

 サリエは、こういうところもはっきり言うタイプだよな。

 ミティのように全肯定してくれるのは嬉しいし、リーゼロッテのように自分の関心事(食事)以外には無関心なのも気が楽だ。

 しかし、サリエのようなタイプも貴重である。


 サリエがいれば、過度に驕り高ぶらずに適切に成り上がっていくことも可能だろう。

 そのためにも、まずはハルク男爵にしっかり挨拶をしないとな。

 俺はそう決意を新たにして、馬車に揺られていったのだった。

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