536話 千秋との記憶

 夢を見ていた。

 ここは……。

 中学生のときの俺の部屋か。


「たかし君。どうかした? ボーッとしちゃって」


 声をかけてきたのは、中学の時のクラスメートの女子だ。

 名前は千秋。

 大人しい雰囲気の、目立たない感じの女子である。

 俺とは幼なじみの関係だ。


 どうやら、中学生のときの夢を見ているようである。

 一人称視点の夢だ。

 せっかくだし、過去を満喫させてもらうか。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事していただけだ」


「そう? てっきり、その宿題が難しすぎて悩んでいるのかと思ったよ。わたしも分かんないし」


「これはそんなに難しくないぞ。ほら、この公式を使ってさ」


 俺は千秋に問題の解き方を教えていく。


「なるほどね~。これでいいんだ」


「うん。それで正解だよ」


「ありがとう! やっぱり、たかし君と勉強したら捗るよ」


「別に、これくらいならいつでも教えてやるけど?」


「本当!? じゃあ、これからもよろしくお願いね!」


「おう。まかせとけ」


 それからも、夢の中の俺たちは勉強会を続けていった。

 懐かしいな……。

 幼なじみの彼女とは、こんな感じで結構仲が良かったんだよな。

 年頃の少年少女が2人きりで勉強とか、漫画みたいな話だ。


「ねえ、たかし君。次はここの問題なんだけど……」


「ん? どれどれ」


 俺は、彼女が指差した問題を覗き込む。

 そのときだった。

 さわっ。

 俺の前髪と千秋の前髪が触れ合った。


「「あっ……」」


 その瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まる。


「ご、ごめ……」


 俺は謝罪しようとするが……。


「う、うわあっ!!」


 千秋が突然立ち上がった。

 それだけならまだいいのだが……。

 ガコッ!

 彼女が机に足を引っ掛け、バランスを崩す。

 そのまま彼女は俺の方に倒れ込んできた。

 ゴンッ!!


「いてぇ~」


「あうっ!」


 俺は頭を押さえながら、痛そうな悲鳴を上げる。

 一方の千秋も、頭を両手で押さえている。

 どうやら、お互いの頭をぶつけてしまったらしい。


「「…………」」


 しばらくの間、俺たちは無言で痛みに耐えていた。

 ようやく落ち着いてきたが、今度は別の問題がある。


 俺は仰向けに倒れ込んでいる。

 そして、千秋はそんな俺の上に馬乗りになっていた。

 彼女のスカートはめくれ、俺の下腹部に暖かな感触が伝わってくる。


 あったな~、こんなこと。

 素晴らしいラッキースケベだ。

 しかし残念ながら、この後は普通に勉強を再開したんだよな。

 お互いに顔を真っ赤にしながらの勉強だったので、青春のいい思い出ではあるのだが。


 さあ、千秋よ。

 俺の記憶の通り、無難に俺の股から下りるのだ。


 そんなことを考えつつ、千秋の行動を待つ。

 だが、なぜか彼女は全く動こうとしない。

 むしろ、さらに体を密着させてきた。


「えへへ。たかし君の体って大きいよね」


 おい、何やってるんだ!?

 史実と違うぞ!

 早くどいてくれ!


「わたし、ずっと前から思っていたの。いつか、たかし君とそういう関係になるのかなって……」


 ちょ、ちょっと待て!

 お前、まさか俺のこと好きだったのか?

 いや、でもあの頃の俺に対する気持ちなんて、ただの幼なじみに対する親愛の情程度のものだったはずだ。

 恋愛感情があったとは思えないのだが……。


 くそっ!

 そうと知っていれば、積極的に行動を起こしたのに!


「だから、今ここでしてもいいかな?」


 いやいやいやいや、ダメだろ!

 夢とはいえ、ご都合展開過ぎるぞ!


「たかし君は、嫌なの?」


 千秋がそう言って、俺の股の上で腰を前後に動かし始めた。

 やばいって。

 俺の息子さんが元気になってきてる……。


「たかし君。わたしたち、恋人同士になろうよ」


「いや、俺には……」


 俺にはミティという愛する妻がいる。

 それに、アイリスやモニカも……。

 いや待て。

 彼女たちは、異世界に来てから知り合った女性たちだ。

 いかんな。

 昔の夢と現実がごっちゃになっている。


「ねえ……。いいでしょ?」


 千秋が妖艶に微笑み、腰を前後に動かす。

 気持ちいい……。

 なんなんだこのリアルな感覚は。

 まるで本当にヤッているような……。


「ああっ! や、やめてくれ千秋! 俺たちにそういうのはまだ早い!」


 夢の中の俺たちは、まだ中学生だぞ。

 キスぐらいならまだしも、大人の階段を上るのは早いだろ!


「んーん。遅いぐらいだよ。わたしはずっと待ってたんだから……。それなのに、急にいなくなって……」


 千秋がそんなことを言いつつ、腰の動きを加速させていく。


「ずっと待ってた? 何の話だ? ……くうぅっ!」


 夢の中とはいえ、意味深なことを言わないでほしい。

 気になって夜しか眠れなくなるじゃないか。

 いや、こんなことを考えている場合ではない。

 千秋の腰使いに負けて、俺の中から熱いものがこみ上げてきている。


「たかし君のここ、すっごく熱いよ。わたしの方にも伝わってくる……」


 千秋が頬を赤く染めながら、俺の顔を見つめてきた。


「ああ、もう限界だ。出るっ!!」


 ドピュッ!!

 俺は勢いよく出した。


「きゃっ!?」


 同時に、千秋がビクンと痙攣する。

 俺のズボンの中に、生暖かい液体が広がっていく。

 彼女にも、この暖かさは伝わっているはずだ。


 いや、そんなことよりも……。

 やっちまったな、これは。

 間違いなく夢精というやつだ。

 いい年して、こんなことをしでかすとは。


 早く起きて、メイドのレインやクルミナにバレないうちに洗濯しないと……。

 俺はそんなことを考えつつ、目覚めに向けて意識を集中する。

 幸い、俺のがんばりは通じたようだ。

 夢の中の千秋の姿が薄れていく。


「今日のところはこれで満足したよ。……ばいばい、たかし君。また今度ね……」


「ああ、また会おう」


 夢の中ではあるが、俺はなぜかその言葉を言うべきだと思ってしまった。

 俺は異世界に来たのだし、彼女と再会できる可能性はかなり低いのだがな。


 まあいい。

 それよりも、さっさとパンツの洗濯をしないと。

 夢の世界が閉じ、徐々に現実世界の意識が覚醒していく。


「…………ん?」


 ぼんやりと目を開けた俺の視界には、想定外の光景が広がっていたのだった。

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