483話 ど、どんな罰でも受け入れますぅ。許してくださいぃ……

 ラーグの街に帰還して数日が経過した。

 俺たちミリオンズは、各自がのんびりと過ごしている。

 長旅の疲れがあるからだ。


 西の森の開発は、現在進行中のようだ。

 町長が開発の指揮を取ってくれている。


 その下ではトリスタも働いている。

 行政機関から冒険者ギルドへの窓口は、トリスタとなっているそうだ。

 まだ働き始めて半年も経っていないが、なかなか重要な役割を任せられているな。

 俺の期待以上にトリスタは有能なようだ。


 トミーや雪月花は、さっそく冒険者活動を行っている。

 行政機関に勤めるトリスタからの指名依頼という形で冒険者ギルドに出された依頼を受注している。

 今のところは、西の森の魔物討伐などが主な任務である。


「ふう。みんながんばっているなあ」


 俺は庭でゆっくりくつろぎつつ、そう言う。

 この庭には、リクライニングチェアを複数個用意してある。

 日本のビーチやプールサイドによく置いてある、寝転べるタイプのベンチだ。


 俺はそのリクライニングチェアでリラックスするのが好きだ。

 隣には、アイリスとサリエがいる。


 ちなみに他のみんなは、思い思いに過ごしている。

 ミティは庭で筋トレ、モニカはラビット亭への助っ人をしている。

 そして……。


「いい天気だねー。ニムちゃんとマリアちゃんは、今日もファイティングドッグ狩りだって」


「レベルも上がるし、街の周辺の安全度も増すし、いいことだな。しかし、2人だけだと少し心配だ」


 アイリスの言葉を受けて、俺はそう言う。

 たかがファイティングドッグとはいえ、万が一ということもある。

 それに、騎士爵の俺と親しい彼女たちを身代金目当てで誘拐するような輩がいないとも限らない。

 2人ともミリオンズ内では幼いし、戦闘能力はともかく判断能力はまだやや未熟だしな。


「だいじょうぶだよ。ティーナちゃんとヒナちゃんが付いていってくれているから」


「そういえばそうだったか。彼女たちが付いていってくれるなら安心だ」


 多様な機能を持つティーナと、天眼による索敵能力を持つヒナがいれば、ファイティングドッグや誘拐犯に負けることはないだろう。


「じゃあ、引き続きゆっくりするか……。ふぁああ~」


 俺は大きく伸びをする。

 チートを活かして無双するのは好きだが、ゆっくりと惰眠をむさぼるのも好きだ。


「もうっ! せっかくタカシには大きな力があるのに……」


 アイリスが少し不満げな顔をする。

 ミリオンズの中でも、”人々に貢献したい”という思いが最も強いのがアイリスだ。

 俺と出会う以前から、聖ミリアリア統一教の武闘神官として各地を巡っていた。


「確かにそうですね。でも、ムリをし過ぎて体を壊してはいけませんし……。難しいところです」


 サリエがそう言う。

 アイリスの次に人助け志向が強いのは、サリエだろう。

 自分自身が難病で苦しんでいた経験から、治療魔法でいろいろな人を救ってあげたいという思いを抱いている。


「まあ、明日からがんばるし、今日は許してくれ」


 騎士爵怠惰~明日になったら本気だす~。

 休憩も仕事のうちなのだ。

 ムリを重ねるといつか糸が切れてしまう。

 俺たちがそんな話をしているところに、近づいてくる者がいた。


「お館様! お飲み物をお持ちしました!」


「お持ちしましたぁ」


 メイドのレイン、そして片目を失明していた奴隷少女のリンだ。

 リンには、今はレインとクルミナの下でメイド見習いとして働いてもらっている。


「おお、気が利くな」


 特に頼んでもいないのに、ありがたいことだ。

 レインは両手にカップを持っており、それぞれをアイリスとサリエに手渡す。

 そしてリンは、両手で1つのカップを慎重に持っている。


「ど、どうぞ。ご主人さま」


「ありがとう。……むっ!?」


 俺がコップを受け取ろうとしたとき、彼女が不意にバランスを崩した。

 俺はコップを取りそこねる。


 バシャッ!

 コップの中身がこぼれ、俺のズボンが濡れてしまう。


「あちゃー。やってしまったな……」


 悪いな。

 俺のズボンが飲み物を飲んじまった。


 俺はチートにより抜群の戦闘能力を持つが、こういうとっさのときの対応はまだまだ完全にはできない。

 まあ、常人よりは多少の対応能力があるだろうが。


「ひ、ひいぃっ! す、すみません! すみません!」


 リンが顔を蒼白にして頭を下げる。


「いや、だいじょうぶだ。それよりも……」


 そっちは濡れなかったか。

 ケガはないか。

 そう問おうとしたのだが――。


「ど、どんな罰でも受け入れますぅ。許してくださいぃ……」


 彼女は泣き崩れ、土下座を始めた。

 こ、これはマズイぞ。

 事情を知らない人が見れば、奴隷少女の些細な失敗をいびる成り上がり貴族じゃねえか。


「ちょっ……。だいじょうぶだから、起き上がれ。なっ?」


 俺は慌てて彼女の背中をなで、落ち着かせる。


「は、はいぃ……。ごめんなさいですぅ……」


 リンはかろうじて落ち着きを取り戻し、体を起こした。


 しかし……。

 これはこれでショックだな。

 俺は、ズボンに飲み物をこぼされたぐらいで激怒するような狭量な男と思われているのだろうか。

 配下の者たちとは適度な信頼関係を築けていると思ったのだが、まだまだのようだ。


 いや、それも人によるか。

 キリヤ、クリスティ、トリスタあたりは、完全に俺の人となりを理解しているフシが有る。

 表面上は結構無礼な態度を取ってくる。

 忠義度はそれなりに高いので、決して侮られているわけではないのだろうが。


 セバス、レイン、クルミナ、ヴィルナ、ヒナ、ロロ、ネスター、シェリー、ニルス、ハンナあたりは、普通に敬意を払ってくれている。

 表面上の態度と実際の忠義度に、あまり差異がない。


 問題はリンだ。

 俺は以前、失明している彼女の目を治療したことがある。

 アイリスとの合同魔法でだ。


 そのかいあって、リンの忠義度は30を超えている。

 恩義は感じてくれているはずだ。

 しかしそれはそれとして、俺の性格をしっかりと理解してくれるには至っていないと。


 別にこのままでも大きな問題はない。

 だが、できれば改善したいところでもある。


「ふむ。以前から考えていたのだが……。サリエの治療魔法をリンに試してもらってもいいだろうか?」


 俺はサリエにそう言う。

 以前行った俺とアイリスの合同治療魔法では、失明をかろうじて回復させる程度が限界だった。

 ぼんやりとした光は感じ取れるようになったそうだが、まだ視界に何があるかをちゃんと把握できるまでには至っていない。


「私もずっと気にしていました。以前は見ているだけでしたが、今の私なら……」


 当時のサリエは、最初級の治療魔法しか使えなかった。

 今の彼女は、俺のステータス操作により治療魔法レベル5に達している。

 失明の治療に挑戦する価値はある。


 サリエの治療魔法により視力がきちんと回復すれば、リンも自信を少しは取り戻すだろう。

 治療魔法を斡旋した俺に対する忠義度も、若干上昇するかもしれない。

 期待したいところだ。

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