481話 出迎え

 ラーグの街の自宅に帰ってきた。

 ついでなので、雪月花やトミーたちに屋敷を案内している。

 正門を警備していたネスターとシェリー、そして畑の手入れをしていたニルスとハンナには再会のあいさつを済ませた。

 屋敷の中から数人の者が出てきたところである。


「お館様。ご帰還を歓迎させていただきます」


 初老の男性がそう言って頭を下げる。

 彼は執事のセバスだ。

 ハルク男爵邸に勤める執事のセルバスから紹介してもらった。


 彼は俺の配下の中でも実質的なトップに立つ男である。

 次点でキリヤ、ネスター、オリビアあたりにリーダー適正があるのだが、それぞれリーダーを任せられない事情がある。


 キリヤは戦闘能力は確かだが礼儀知らずだ。

 警備兵の取りまとめ役ぐらいならまだしも、俺の配下全員のリーダーはさすがに務まらないだろう。

 対外的な交渉をすることもあるしな。


 ネスターは戦闘能力も礼儀もそれなりである。

 ただし、彼の身分は奴隷だ。

 リーダーが奴隷身分だと、侮るような者もいるかもしれない。

 また、対外的な交渉をする際にも若干不利だ。


 オリビアは礼儀を知っており、戦闘能力もそこそこある。

 しかし、彼女はサリエの付き人だ。

 厳密には俺の配下ではない。


 以上の3人には対外的な交渉役を任せにくい。

 消去法で、この屋敷の管理統括役として執事のセバスが適任なのだ。


「おう、俺の留守中に苦労をかけたな。レインとクルミナも元気だったか?」


 俺はセバスを労いつつ、彼の隣にいるメイドコンビに話し掛ける。


「はい! だいじょうぶです!」


「しっかり働いていましたよ~」


 レインとクルミナがそう答える。

 彼女たちが俺の屋敷で働くようになってからの期間は、セバスと並んで最も長い。

 ミリオンズとセバスを除けば、ハイブリッジ家の中でも重鎮であると言えるだろう。


「ところで、ここに来る途中でキリヤやクリスティたちを見かけた。あれは?」


「はい。役所で働いておりますトリスタ氏より依頼がありました。勝手ながら私の判断で依頼を受け、彼らを派遣したのでございます。問題がございましたか?」


 セバスがそう答える。


「いや、問題はない。俺がいない間も臨機応変に対応してくれたようだな。ありがとう」


 もともと、出発前にセバスへ一定程度の裁量権を認める通達を行っておいた。

 執事のセバスが実質的な領主代行を務めるのはやや違和感があるところだが、仕方ない。

 他に適任者が思いつかなかったのだ。


 俺の屋敷の警備兵は6人もいる。

 キリヤ、ヴィルナ、ヒナ、クリスティ、ネスター、シェリーだ。

 俺たちミリオンズが自宅に滞在して気を抜いている間や夜間は、万全の警備をしてほしい。

 しかし、そもそも俺たちが不在なら6人もの警備兵は不要である。

 ムダに遊ばせておくよりかは、ラーグの街の近郊でファイティングドッグ狩りを行ってもらったほうが有意義だ。


「お褒めのお言葉ありがとうございます。お館様がご帰還されたことですし、裁量権は返上致します」


「うむ。しばらくはこの街にいるからな。ちゃんと領主として、判断を行っていこうと思う」


 まあ、判断が難しいところは結局ミリオンズのみんなやセバスにも相談するだろうが……。


 そうそう。

 俺の配下には、豊富な知識量を誇る者が1人いたじゃないか。

 セバスも先ほど名前を挙げていた。


「トリスタの調子はどうだろうか? 町長の元で経験を積んでいるはずだが……」


「お館様、あちらを。ちょうどトリスタ氏が帰ってきたようです」


 セバスが正門を指差す。

 確かに、1人の少年が帰ってきたところのようだ。

 少し気だるげに歩いている。

 お疲れ気味か?


「よう、トリスタ。久しぶりだな」


「何か騒がしいと思ったら……。ハイブリッジ騎士爵様でしたか。長旅お疲れ様でした」


 トリスタがそう言って、軽く頭を下げる。

 彼の礼儀も若干適当だ。

 まあ、キリヤやクリスティほどではないが。


「トリスタのほうこそ、何やら疲れ気味のようだな。町長の元での仕事は大変か?」


「ええ、まあ……。僕はずっと読書していたいのですが、1日7時間も働かせられては、なかなか時間がとれませんね。週末の休日はヒナに連れ回されるし……」


 トリスタがやや不満げにそうこぼす。

 いかん。

 俺が不在の間に、配下の者に不満がたまっていたか。


 とはいえ、1日7時間労働ならそこそこのホワイト環境だと思うのだが。

 週末は普通に休みだし。

 トリスタは体力や労働意欲があまりないようだ。


「好きなことができないのはツライよなあ。よしわかった。町長やお前の奥さんであるヒナに相談して、労働シフトを調整しよう。今までの功績や能力に応じて、給金の若干の調整を行う可能性もあるぞ」


 俺はそう言う。

 甘やかすようであるが、トリスタが労働時間に不満を持っているのであれば解決してやろう。

 不満を持つ者を甘やかしていてはキリがないのでどこかでラインは引かなければならないが、トリスタはやや特別扱いしてもいいと思う。


 登用試験の筆記テストにおいて、彼は並外れた好成績を残した。

 それに、俺に対する忠義度もぼちぼちだ。

 キリヤ、クリスティ、ネスター、トミー、雪月花など、俺が加護の付与を狙っている者は高い戦闘能力を持つ脳筋が多い。

 知に長けたトリスタの存在は貴重なのである。


「労働時間が減るのはありがたい。……でも、僕とヒナはそんな関係じゃないのですが……」


 ん?

 そういえばそうだったか。

 明確にはくっついていないのだった。

 俺が不在の間にも、関係は進展していなかったと。

 ヒナのほうは、明らかにトリスタのことを意識していると思うんだけどな。


「はいはい。わかったわかった。そういうことにしておこう」


 据え膳を食わぬとは。

 トリスタのヘタレめ。

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