472話 ソフィアとの別れ

 冒険者ギルドで報告を受けて、さらに数日が経過した。

 今日は、このルクアージュを旅立つ日だ。


「では……。長い間、お世話になりました」


 俺はそう言って、リールバッハたちに頭を下げる。

 俺たちミリオンズは、慰労会以降この屋敷に泊めさせてもらっていた。


「いや、我らが受けた恩の大きさに比べれば、些細なことよ」


「そうですね。主人や子どもたちが全員元気でいるのも、タカシさんのおかげです」


 当主のリールバッハと妻のマルセラがそう言う。


「へっ。リーゼロッテはタカシのパーティに付いていくんだってな。それに、ゆくゆくは結婚する可能性があると聞いているぜ。妹を泣かせたら承知しねえからな」


 次男のリルクヴィストがそう言う。

 俺はリーゼロッテと深い関係になったし、結婚はほぼ確定事項だ。


「その通りですね。もし私の妹が泣いて戻ってきたら、あなたの命はないものと思ってください」


 長男のリカルロイゼがそう言う。

 彼ら2人は、シスコン気味なんだな。


「ああ。気をつけるよ」


 リーゼロッテは、とりあえずおいしいものを与えておけば機嫌を損ねないだろう。

 もちろん、俺の将来の妻として愛を注ぐつもりはあるが。


「タカシさん。私も、いつかそちらに向かいますから。覚悟しておいてくださいね」


「ああ。楽しみにしているよ」


 次女のシャルレーヌは、俺たちミリオンズに付いてこない。

 まだまだ伯爵家次女としての教育が終わっていないという、リールバッハやマルセラの判断だ。


 シャルレーヌは俺のことを気に入ってくれているようだったし、俺としてもワンチャンあるかと期待していたのだが。

 まあ、事情が事情だし仕方ないか。

 俺は長女のリーゼロッテと結婚するわけだし、同時に妹までもらうのは少し外聞が悪いかもしれないしな。

 またいずれ再会するときを楽しみにしよう。


「リールバッハさん。千の監視は任せましたよ」


「ああ。やつの情報提供により減刑はしたが、まだ我が領を出ることは許可しておらぬ。今しばらくは、我が監視下に置いておく。タカシ君が気にすることは何もないぞ」


 俺と千も多少は仲良くなっていたので、やや残念な気がしないでもない。

 とはいえ、彼女の忠義度は20台にとどまる。

 加護(小)を付与できる忠義度40までは遠いし、ムリに俺たちと同行させるメリットもないだろう。

 同郷の蓮華とやや仲が悪いしな。

 加護(小)を付与済みの蓮華の忠義度を優先的に稼いでいきたいところだ。


「お父様、お母様。それにロイゼ兄様、ヴィスト兄様、シャルレーヌ。わたくしは行ってまいりますわ」


 リーゼロッテがそう別れの言葉を口にする。


「うむ。くれぐれも粗相をしないようにな」


「結婚式の日程は、また相談しましょうね」


 リールバッハとマルセラがそう言う。

 俺たちミリオンズとラスターレイン伯爵家が別れのあいさつを済ませる。

 そして、俺たちはラスターレイン伯爵の屋敷を後にした。



●●●



 ラスターレイン伯爵家を出て、街の出口にまで向かっていく。

 ”どすこい寿司”の料理は今までさんざん堪能した。

 マクセルやシュタインとの別れも済ませた。

 トミーや雪月花たち有望な冒険者には、ラーグの街を拠点に活動しないかと勧誘しておいた。


 あとは帰るだけだ。

 そう思ったがーー。


「やあ。タカシさん」


「ん? ソフィアじゃないか」


 ”白銀の剣士”ソフィア。

 実力確かな少女である。


「聞いたよ。ラーグの街に帰るんだってね」


「ああ。いつまでも領地を空けておくわけにもいかないからな」


 俺は騎士爵を授かっている。

 ラーグの街やその周辺の村々、それに西の森一帯の未開発地域が俺の領地だ。

 街の統治は前町長にそのまま行ってもらっているので、俺が不在でも大きな問題はない。


 とはいえ、ずっと不在というのもさすがにマズイ気がする。

 ここらで一度帰る必要があるだろう。

 前町長、それに文官として登用した少年トリスタあたりから今の街の課題を聞いてみよう。


 俺たちミリオンズは、絶大なる戦闘能力と魔法技量を誇る。

 街内にマフィアやチンピラが巣食っていたら、簡単に蹴散らすことができる。

 街の近郊に魔物が大量発生しているのであれば、殲滅してやろう。

 難病患者がいれば、治療魔法で治療が可能だ。

 問題の種類によっては、ニムの土魔法やミティの鍛冶、ユナのテイムあたりで解決することも可能だろう。

 財政面で不足があるのであれば、今回のアヴァロン迷宮で得た金銀財宝から足しにできる。


 俺たちの戦闘能力や魔法などの個別技能、そして財力で解決できない問題があると少しマズイ。

 そればかりは、現町長やトリスタにがんばってもらうしかない。

 俺の現代知識チートで、ほんの少しぐらいはサポートできるかもしれないが……。


「やっぱり、領地を持つと大変なんだね」


「まあ、俺は人に頼りっぱなしだけどな。俺自身はさほど大変ではない」


 丸投げされている現町長やトリスタは、苦労しているかもしれない。

 労ってやる必要があるだろう。


「僕はミネア聖国に帰るんだ。タカシさんには、できればいっしょに来てほしかったんだけど……」


「俺がか? うーん……。いい経験になりそうだし行ってもいいんだが、まずは領地の所用を片付けたいな」


 俺は28年後の世界滅亡の危機を回避する使命を持つ。

 それには様々な経験を積み、見聞を広め、知己を得る必要がある。

 中央大陸にあるというミネア聖国を訪れることはいい経験になるだろう。


 とはいえ、目の前に山積した所用を片付けることも大切だ。

 しっかりとやれば、配下の者や領民から新たに加護の対象者が出てくるかもしれないからな。

 それに、リーゼロッテやユナたちとの結婚式の話も詰めていかないといけない。


「そうだよね。仕方ないな……。機会があれば、ぜひミネア聖国に来てみてよ。秩序に満ちたいい国だよ」


「ああ。いつかは行く機会もあるだろう。その際はよろしく頼む」


 俺とソフィアは、がっちりと握手をする。

 小さく柔らかい手だが、それでいて力強さも感じる。

 尊敬できる立派な手だ。

 彼女と再会したときに胸を張れるように、今後もがんばっていくことにしよう。

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