439話 リトルクラーケンの出現

 アヴァロン迷宮がある孤島からルクアージュへ、船で帰っている途中だ。

 不意に船が揺れたことにより、俺と千との間でちょっとしたハプニングがあった。


「ほら。俺に掴まれ」


 千の両手は縛られている。

 しかし、手先は自由だ。

 俺が差し出した手を掴むことぐらいはできる。


「うふふ。ありがとうございます。でも、わたくしの体を汚した件が、これでチャラになるとは思わないでくださいね」


 痛いところを突いてくる。

 しかし、ラスターレイン伯爵家の面々に手を出した彼女のほうがよほど重罪な気もするが……。

 それはそれ、これはこれか?


 俺が頭を悩ませているときーー。

 ぐらっ。

 ぐらぐらっ。

 また大きく船が揺れた。

 今回はきちんとバランスを保つことができた。


「いったい何事だ? 来るときには、ここまで揺れなかったと思うが……」


「そうですね。私がリールバッハさんたちに聞いてきましょうか」


 ミティがそう言う。

 彼女が船の操舵室に向かおうとする。

 しかし、ちょうどそのときリカルロイゼがやって来た。

 少し焦っているような表情だ。


「みなさん。マズいことになりました。リトルクラーケンが出ました」


「リトルクラーケン?」


 俺の知らない魔物だ。

 もちろん、クラーケンという名称自体は知っているが。

 日本におけるファンタジー作品によく登場していたしな。


「内陸部に住まれているタカシ殿が知らないのもムリはありません。リトルクラーケンは、体長5メートルを超える大型のイカです」


 リカルロイゼがそう説明する。


「烏賊型の魔物でござるか。拙者は、烏賊が好物でござる。是非討伐したいが……。海上ではまともに戦えぬ」


「まあ。イカを食べるのですか? そのような食文化がありましたとは……」


 蓮華の言葉に、リーゼロッテが食いつく。

 彼女は、本当に食に目がないな。

 未知の食材にも、果敢に挑もうとする。


「先ほどから揺れているのは、そのリトルクラーケンとやらが関係しているのか?」


「ええ。私たちの水魔法で撃退しようとしていたのですが、なかなか抵抗が激しく……。海の生物には水魔法の効果がイマイチなのです」


 それはそうか。

 水魔法のダメージ源は、主に3つ。

 1つは、質量を持った衝撃によるダメージ。

 水や氷の形態によっては、打撃系になったり斬撃系になったりする。

 もう1つは、温度変化によるダメージ。

 最後の1つは、口に水が入り呼吸困難になることによるダメージだ。


 例えばファイアードラゴンに対しては、その3つのダメージがすべて有効に入る。

 特に温度変化によるダメージは大きい。


 しかし一方で、海の生物に対しては、2つ目と3つ目のダメージは期待できない。

 質量を伴う衝撃によるダメージだけが有効だ。

 ただし、海に潜られてしまうとその衝撃も届きにくくなる。

 海の水自体を操れれば理想的だが、あの莫大な量の水を操るには魔力がいくらあっても足りない。


「なるほど。つまり、水魔法以外で遠距離攻撃の手段を持つ者を探しにきたわけだな?」


「その通りですね。だれかできる方はいらっしゃいませんか?」


 ミリオンズは、それぞれ遠距離攻撃の手段を持つ。

 俺は、主に火魔法と水魔法。

 ミティは、投擲と風魔法。

 アイリスは、闘気弾。

 モニカは、雷魔法と闘気弾。

 ニムは、土魔法。


 ユナは、火魔法。

 マリアは、火魔法。

 サリエは、治療魔法レベル5のオーバーヒール。

 リーゼロッテは、水魔法。

 蓮華は、風魔法である。


 よりどりみどりだ。

 多彩な攻撃手段がある。

 リトルクラーケンとやらがどの程度の戦闘能力があるかは知らないが、俺たちミリオンズに任せてもらえば間違いないだろう。


「よし。ここは俺たちミリオンズが……」


「いえ、お待ちを。ここはわたくしに任せてくださいな」


 千がそう言う。


「むっ。いったい、何を企んでいる?」


「いえいえ。少しでも貢献して、無罪放免を早めたいだけですわ」


「ふん。千の助力などなくとも、俺たちミリオンズにかかれば討伐や撃退ぐらい造作もない。大した功績は認められないぞ」


 俺たちにできないことなど、限られている。


「それはどうでしょうか。例えばタカシさんの火魔法ならば、討伐は容易でしょう。しかしその場合、リトルクラーケンは黒焦げになります。食用には適さなくなりますわ」


「ふむ」


「それに、モニカさんの雷魔法では、周囲の魚たちも大量死してしまうでしょう。闘気弾では、死に至るまでに逃げられる可能性も高いですし……」


 千の言っていることには、一理ある。

 撃退やただ討伐するだけならまだしも、食用にするために原型を保ったまま討伐するには、使用する魔法や闘気弾を限定する必要がある。


「しかし、それは千も同じでは?」


「うふふ。わたくしには、みなさんに見せていない奥の手がまだありますのよ。対人戦には向きませんし、竜種のような格の高い生物にも通用しないので、半ば封印していましたが……」


 千が不敵に微笑む。

 まだ奥の手があるのか。

 彼女は本当に多才だな。

 冒険者として真っ当に活動していたならば、Bランク以上は確実か。


「方向性はわかりました。まずは千殿にやってもらいます。念のため、タカシ殿たちミリオンズのみなさんも付いてきてくれますか? リルクヴィストやシャルレーヌから、他の冒険者たちにも声を掛けてはいますが……」


 リカルロイゼがそう言う。


「わかった。そうしようか」


 千が何かを企んでいる可能性もなくはないが、突発的に出現したリトルクラーケンを利用してできることなど限られているだろう。

 彼女が言葉通りにリトルクラーケンを討伐してくれるのなら良し。

 何かを企んでいるようであれば、俺たちミリオンズでその企みを阻止した上で、リトルクラーケンを俺たちで討伐すればいい。

 簡単なことだ。

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