416話 黒幕セン登場

 ファイアードラゴンのドラちゃんのテイムに成功した。

 これにて一件落着かと思ったその瞬間、俺たちの背後からドラちゃんへ水魔法による攻撃が放たれた。


 犯人は、リールバッハやリカルロイゼたちラスターレイン伯爵家一行。

 そして、その傍らには……。


「き、貴様は……。ちぃちゃん!」


 選別試験で活躍していた女性である。

 ベアトリクス第三王女やアルカとともに、リールバッハが率いる第一隊に選ばれた。

 年齢は20歳を超えているようだが、自分のことを『ちぃちゃん』と呼ぶやや痛々しい女性だ。

 各隊に同行していた者たちはどこへ行ったのだろう?


「うふふ。その名前は忘れてください。わたくしの名前を、タカシさんは知っているでしょう?」


 ちぃちゃんがそう言って、髪留めを取る。

 受ける印象が変わった。


「むっ!? ええと……。そうだ。……あれだ。あの……」


 見覚えのある顔だが、名前が思い出せない。


「ひ、ひどいですわ……。何度も顔を合わせていますのに……。ハガ王国や、ディルム子爵領でお会いしたではありませんか。ほら、わたくしです」


 ちぃちゃんが髪型を手で整える。


「……ああ! 思い出したぞ! 貴様は、セン!」


「思い出していただけたようで何よりですわ。ふう……」


 センが安堵のため息を漏らす。

 言われてみれば、彼女とちぃちゃんの顔立ちは相当似ていたな。

 化粧や髪型によって受ける印象が変わっていたので、気づけなかった。


 俺とセンがそんなやり取りをしている一方で、リーゼロッテはリールバッハをにらみつけている。


「お父様。いったい、どういうことなのです? ファイアードラゴンは、こちらのユナさんによってテイムされましたわ。無闇に傷つける必要はありません」


「黙れ。竜種を手懐けることなど、人間には不可能だ。奇跡的に今は従っておろうが、いつ制御不能になるかわからん」


 リールバッハが毅然とそう言う。


「父上のおっしゃる通りですね。私たちで息の根を止めてさしあげましょう」


「リーゼロッテは、以前から俺たちの方針に反対してやがったな。まだそんな甘っちょろい考えを捨てきれていなかったのか」


 リカルロイゼとリルクヴィストがそう言う。

 リーゼロッテが『蒼穹の担い手』という冒険者パーティを組んでいたのは、実家の方針に反発したというのも1つの要因だと聞いている。

 ファイアードラゴンの処遇の方向性をめぐって、以前から対立していたのか。


「お母様……。それにシャル。お父様たちをなぜ止めていただけなかったのです?」


 リーゼロッテがそう言う。

 この口ぶりだと、マルセラとシャルレーヌは中立寄りのだったようだな。

 リールバッハ、リカルロイゼ、リルクヴィストが討伐寄り。

 穏健派のリーゼロッテは、肩身の狭い思いをしたことだろう。


「このダンジョンに潜っている間に、ファイアードラゴンの危険性を認識したのです。領民の安全のために、狩らないとなりません」


「その通りです。それに、竜の肉なんて滅多に食べられるものじゃないですよ? お姉様も、食べたいのではありませんか?」


 マルセラとシャルレーヌがそう言う。

 リーゼロッテが知らない間に、彼女たちの意見が変わってしまっていたということか。


 いや待て。

 俺は改めてリールバッハたちの顔を注視する。

 彼ら5人の目には黒いモヤがかかっている。


「リーゼロッテ。彼らは、闇の瘴気に汚染されているようだ。今は、冷静な話し合いができる状態ではない」


 闇の瘴気に汚染されていると、負の感情が増幅される。

 また、普段の思想や感情が強化されて表出する。


 もともと討伐派だったリールバッハ、リカルロイゼ、リルクヴィストは、より自身の意見を固持するようになった。

 そして、マルセラは領民の安全を思う気持ちが増幅された。

 シャルレーヌは、食い意地が増幅されたといったところか。


「ボクたちの聖魔法で、浄化するよ」


「お願いしますわ。……お父様、おとなしく聖魔法を受け入れてくださいまし」


 リーゼロッテがそう言う。


「くだらぬ。闇の瘴気の影響など、我は受けておらぬ」


 リールバッハがそう言う。

 自身の異変に気づいていない様子だ。


 俺も、自分が汚染されたことがあるのでわかる。

 汚染された本人は、自分の精神が汚染されていることに気づかないのだ。

 そして、聖魔法に対する忌避感が増す。

 言葉で投げかけても、おとなしく聖魔法の浄化を受け入れてもらうことは難しい。


「話をしてもムダだろう。まずは蹴散らしておとなしくしてもらう。いくぞ、みんな!」


「わかりました! がんばります!」


 俺とミティ。

 それに、ミリオンズのみんなが構える。


「拙者は……。たかし殿につくでござる。あの女は胡散臭いでござる」


「俺たちは難しい話はわかんねえけどよ……。タカシの旦那についていきますぜ!」


 蓮華やトミーたちも俺たちの味方をしてくれるようだ。


 リールバッハ、マルセラ、リカルロイゼ、リルクヴィスト、シャルレーヌ。

 それにセン。

 いずれも油断できない戦闘能力を持つだろうが、たった6人だ。


 こちらは、ミリオンズだけでも9人。

 それに、ティーナ、蓮華、トミーたちもいる。

 ドラちゃんは、満身創痍で戦えなさそうか。

 まあ、これだけの人数差があればさすがにこちらが勝てるだろう。


 少しだけ気になる点があるとすれば、2つ。


 1つは、センが余裕の表情をしていること。

 さすがにこの戦況を理解できていないはずはないのだが……。

 何か奥の手があるのだろうか?


 そして、もう1つはーー。


「雨が強くなってきやがったな……」


 既に体中がびしょ濡れである。

 雨天下では、俺、ユナ、マリアの火魔法の威力が大きく減退する。

 やや不利な状況だ。

 早めに蹴散らして、聖魔法で浄化することにしよう。

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