380話 魚の丸焼き

 屋形船での釣りの続きだ。

 食べるための魚を、自分たちで釣る試みである。


 みんなが思い思いに釣り糸を垂らし、じっと待つ。

 しばらくしてーー。


 ピクピク。

 お、引いてる引いてる。


 だれかの釣り糸が引っ張られている。

 だれのだ?


「わあっ! 引いています。ど、どうすれば……!?」


 サリエが慌ててそう言う。

 ヒットの第一号は彼女か。


 ハルク男爵領は内地にあるし、釣りの経験などなかったのだろう。

 かなり慌てた様子である。


「よ、よし。慌てずに、釣り糸を引っ張るんだ」


 俺はそう助言する。

 サリエが釣り糸を引っ張り上げる。


 バシャン。

 ビッチビッチ。

 結構大きな魚が、水上に引き上げられる。


「後は任せたまえ。この網で迎えにいく」


 シュタインがそう言って、網を構える。

 スポッ。

 サリエが釣った魚が、シュタインの網に吸い込まれるかのようにして入った。


「なかなかのサイズだ。よかったな、サリエ」


 俺はそう言う。


「えへへ。ありがとうございます、タカシさん」


 サリエも満足気だ。


「よーし、ボクも負けてられないぞー」


「わたしくも、お腹いっぱい食べるためにがんばって釣りますわよ!」


 アイリスとリーゼロッテがそう言って気合を入れる。

 みんながそれぞれ釣り糸を垂らし、釣りを続ける。

 そして、しばらくしてーー。


「ヒ、ヒットしました! むんっ!」


 ミティが勢いよく1本釣りを決める。


「お、私も釣れそう。……ていっ!」


「ふふん。この網のほうに持ってきなさい」


 モニカが無難に釣り上げ、ユナがそれを網で迎えにいく。

 みんなそれぞれ、釣りを楽しんでいる。

 そんな中……。


「む~。マリアはつまんない! 全然釣れないもん!」


 マリアがそう言ってむくれる。

 釣りは忍耐力が必要な遊びだ。

 まだ10歳の彼女には、少し難しかったか。


「マ、マリアちゃん。そう言わずに……。わたしも釣れてないよ。もう少しいっしょにがんばろ?」


 ニムがマリアをそうなだめる。

 ニムはミリオンズの中で年少だが、唯一彼女よりも幼いのがマリアだ。

 妹分であるマリアに対して、ちゃんとお姉ちゃんできている。


「ニムお姉ちゃんがそう言うなら、もう少しがんばる! ……って、あれ?」


「マ、マリアちゃん! 引いてるよ!」


 マリアの釣り竿が大きくしなっている。

 なかなかの大物のようだ。


「うわっ! っとと。ニムお姉ちゃん、手伝って~!」


 魚の力に、マリアが負けそうになる。

 彼女は10歳とはいえ、加護の恩恵もあるしそこそこの力はあるのだが。

 魚もやりおる。


「ま、任せて! タイミングを合わせて引くよ」


 ニムがマリアの釣り竿をいっしょに持つ。

 そして、タイミングを見計らう。


「……3、2、1。今だよ! せいっ!」


「とりゃあっ!」


 ニムとマリアが、息を合わせて釣り竿を引き上げる。

 バシャァッ!

 水面から、大きな魚が姿を現した。

 全長1メートルはあるだろうか。


「よし。後は俺に任せろ!」


 俺はそう言って、網で迎えにいく。

 そうして、無事に大きな魚を釣り上げることに成功した。


「ほう……。これは相当に大きいな。食べごたえがありそうだ」


 シュタインがそう言う。


「やったね! マリアちゃん」


「うん! ニムお姉ちゃんのおかげだよ! ありがとう!」


 ニムとマリアも満足げだ。

 そして、他のみんなもそれを見て微笑ましい雰囲気になっている。


 そんな感じで、釣りはなごやかに進んでいった。



●●●



「これはうまい! 塩で焼いただけなのに、なんでこんなにうまいんだ?」


「確かに……。不思議なものです」


 俺の言葉を受けて、ミティが首をかしげる。

 俺たちは、釣りを終えて食事中だ。

 各自が釣り上げた魚に塩をまぶし、丸焼きにしたものを食べている。


「シンプルだけど悪くないね。ボクもこういうのは嫌いじゃない」


「料理とはとても言えないものだけど……。釣りという経験と、すばらしい景色。この2つとこのシンプルな魚の丸焼きが合わさって、1つの料理になっているとも言える……。なるほど……」


 モニカが難しい顔をしてそうつぶやく。


「お、おいしいです。はぐはぐ」


「マリアのお魚はおっきいから、いっぱい食べれるね!」


 ニムとマリアが元気よく食べ進めていく。


「貴重な体験をさせていただきました。これはいいものですね」


 サリエがしみじみとそう言う。

 彼女は病により長期間伏せっていたので、こういうことは新鮮なのだろう。


 そんな感じで、俺たちは魚を食べ進めていった。


「ふう。大満足ですわ。幸せな気分でお昼寝……と言いたいところですが、忘れてはならないことがあります」


 リーゼロッテがキリッとした顔でそう言う。

 何やらマジメな話だろうか。


「ソーマさん。例のデザートとやらは、まだでしょうか?」


 リーゼロッテがよだれを垂れしそうにしつつ、そう言う。

 デザートの話かい。


「ふふふ。君たちが釣りと食事に夢中になっている間に、下準備は済ませておいたよ。私の水魔法でね」


 シュタインがそう言う。

 今さらだが、彼の戦闘スタイルについて整理しておこう。

 彼は、剣術、水魔法、聖魔法に秀でる。


 俺との決闘では俺が優勢だったが、あれは闇の瘴気による影響もある。

 闇の瘴気の影響下では、判断力がやや低下するからな。

 現時点での実力としては、俺と互角か彼のほうが少しだけ強いかもしれない。


 彼のスキル構成を予想してみる。

 剣術レベル4、水魔法レベル4、聖魔法レベル2あたりだろうか。

 スキルレベルだけなら俺の下位互換ではあるが、経験や判断力の差もある。

 彼に追いついていけるよう、俺もがんばっていかないとな。


 ちなみに、彼の忠義度は38だ。

 結構いい線いっているが、やはり男性は上がりづらい。


 男性で忠義度40を達成しているのは、ハガ王国の国王であるバルダインだけだ。

 俺は、ハガ王国とサザリアナ王国の武力衝突の回避に尽力した。

 ケガ人はそこそこ出たが死者はなしで終われたのは、俺の力も少しはある。


 さらに、戦後も俺は彼と懇意にしてきた。

 彼の娘であるマリアには特になつかれ、お兄ちゃん扱いをされている。


 上級の治療魔法が使えるようになった際にはハガ王国を訪れて彼の足を治療してきた。

 そのかいあって、彼の足は無事に全快した。


 そこまでやってきたバルダインでさえ、忠義度40台。

 男性相手に加護の条件を満たすのは相当に大変だ。


 そういえば、バルダインに対しても加護(小)を付与できるようになっているはず。

 今後ハガ王国を訪れた際に、試してみよう。


 シュタインの忠義度も38だし、いずれは加護(小)の条件を満たすだろう。

 俺のことを盟友扱いしてくれているシュタインに加護(小)を付与できれば、いろいろと捗る。

 少なくともマイナスにはならない。

 その日を楽しみにしたいところだ。


 おっと。

 ずいぶんと思考が逸れた。

 今は、シュタインが用意してくれたデザートの件だ。

 何やら、水魔法で下準備を済ませてくれたらしい。


「水魔法? 水を使ったデザートなのか?」


「半分正解だ。正確には、氷を使ったデザートだよ。……これだ!」


 シュタインがそう言って、ドヤ顔をする。

 彼が用意してくれたデザートとはーー。

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