337話 ハガ王国へ 祝福の姫巫女の力

 4通の手紙を受け取ってから数日が経過した。

4通の手紙とは、ハルク男爵、バルダイン陛下、ラスターレイン伯爵、それにソーマ騎士爵からのものだ。


「さて……。今日はマリアを迎えに行く日だな」


 この数日の間に、今後の予定をミリオンズのみんなと詰めておいた。

今日、このラーグの街からハガ王国へ行くことになる。

もちろん、転移魔法陣を利用する。


「そうですね! 打ち合わせしました通り、念のため私も付いていきますよ!」

「ボクもだね。まあ、だいじょうぶだとは思うけど」


 ミティとアイリスがそう言う。


 サザリアナ王国の貴族が、隣国であるハガ王国を訪れるわけだからな。

多少神経質になるのもうなずける。

転移魔法の消費MPの都合上、ミリオンズ全員で訪れるのはさすがに手間だ。

俺、ミティ、アイリスの3人でハガ王国を訪れることになったのだ。


 まあ、おそらくは無用な心配だろうが。

俺は個人として抜群の戦闘能力を持つ。

それに、そもそもバルダインやナスタシア、六武衆や六天衆の面々は信頼できる人たちだ。


「いってらっしゃい。私は、ロロちゃんやリンちゃんに料理を教えているよ」

「わ、わたしは、クリスティさんやキリヤさんたちと戦闘訓練をしておきます」


 モニカとニムがそう言う。

俺たちミリオンズは、登用試験組や奴隷組とそれぞれ良好な関係を築けている。

どうしても相性というものがあるので、仲の良さに多少の差は生じているが。


 料理好きのモニカは、メイドとして料理を手伝ってくれるレイン、クルミナ、ハンナ、ロロ、リンと交友がある。

その中でも、幼いロロとリンを特にかわいがっているようだ。


 意外に武闘派のニムは、クリスティ、キリヤ、ネスター、シェリーあたりの警備兵組と交友がある。

今日のような休日には戦闘訓練を行っている。


 何でもありの勝負であれば、土魔法レベル5のニムが負けることはない。

しかし、魔法の使用禁止などのルール設定次第では、ニムが負けることもある。

いい訓練になると言っていた。


「ふふん。私は弓の練習や、馬の世話でもしているわ。ヴィルナやハンナがいいセンスしているのよ」


 ユナ、警備兵の兎獣人ヴィルナ、メイドの元村人ハンナ。

この3人は、同年代である。

貴族(俺)の妻候補、平民、奴隷。

身分としては差がある3人ではあるが、それなりに仲は良好のようだ。


「好きに羽を伸ばしておいてくれ。今日中か、遅くとも明日には帰って来る予定だ。留守中の屋敷は任せたぞ」


 俺はそう言う。

そして、屋敷内に設置してある転移魔法陣のところに移動する。

俺、ミティ、アイリスの3人で、ハガ王国に転移した。



●●●



 ハガ王国に転移して、さっそくバルダインに会うことができた。

今は、応接室に案内されて話をしているところである。

俺、ミティ、アイリス、バルダインの4人だ。


『よく来てくれた。手紙にも書いたが、叙爵を祝福する。我が国の貴族に迎えいれられなくなるのは残念だがな』


 バルダインが少し残念そうにそう言う。


「もったいないお言葉です。しかし、他国とはいえ俺とバルダイン陛下の仲ではありませんか。何かあれば、いつでも言ってください。微力ながらもお手伝いさせていただきます」

『うむ。それはこっちのセリフでもある。何かあれば、力になろうぞ。サザリアナ王国の政治闘争にでも巻き込まれたら、我が国にいつでも迎え入れよう』


 やはり、貴族になると政治闘争とかあるのかな。

俺はそういう知識や経験はさっぱりだ。

そういった知識や経験を持っている仲間がほしいところだ。

貴族の娘とか、王族の娘とか。


 マリアは……。

王の娘ではあるが、あまりそういうことは得意そうではない。

まだ9歳ぐらいだしな。


 そんなことをバルダインと話しているうちに、遠くから足音が聞こえてきた。

ドタドタドタドタ!


 バーン!

部屋のトビラが開け放たれる。


『パパ! 来たよ! タカシお兄ちゃんが来ているって!?』


 マリアだ。

後ろには、王妃のナスタシア。

それに六武衆のハーピィであるディークとフェイもいる。


「…………」


 さらに、見覚えのない若い男のオーガもいる。

何やら不機嫌そうな顔をしている。

だれだろう?


 マリアは相変わらず元気そうだ。

彼女がこちらに目を向ける。

俺は手を挙げてあいさつをする。


「よっ。マリア。久しぶりだな」

「タカシお兄ちゃん! ひさしぶりー!」


 マリアが人族の言葉に切り替え、そう言う。

そして、俺に抱きついてくる。


 彼女はこの1年ちょっとで、ずいぶんと人族の言葉が流暢になっている。

もはや、なんの違和感もないレベルだ。


『さて。手紙にも書いた通り、マリアが人族の街を旅したがっていてな。タカシたちの旅に同行させてやってもらえんか?』

『この娘ももう10歳。王族として、広い見識や経験を積んでもいい頃合いです。私からもお願いしますわ』


 バルダインとナスタシアがそう言う。

マリアは10歳になっていたのか。


 初めて会ったときは、8歳と言っていた。

あれから1年ちょっとが経過した。

誕生日次第では、10歳になっていてもおかしくはないのか。

月日が経つのは早いものだ。


「他ならぬバルダイン陛下とナスタシア王妃の頼みです。もちろん前向きに検討します。しかし、懸念事項が2つあります」

『なんだ? 我らのほうで解決できることであれば、もちろん対応するが』


 俺の言葉を受けて、バルダインがそう言う。


「1つ目として、俺たちミリオンズは次の行き先を決めていないのです。次に他の街を訪れるのがいつになるかわかりませんし、その街が近隣なのか遠方なのかも定まっていません」

『そんなことか。なに、焦る必要はない。しばらくは、ラーグの街でゆっくり過ごすだけでもいい刺激になるだろう』

「マリア、タカシお兄ちゃんの家で遊ぶの好き! モニカお姉ちゃんのお料理もおいしくて好き!」


 バルダインとマリアがそう言う。

人族の街を巡ってみるのが俺たちに同行する理由ではあるが、そう急ぐものでもないようだ。


「2つ目として、マリアを守り抜けるかということです。俺たちはみんな腕に覚えがありますので、そうそう不覚は取らないと思いますが……。万が一ということはあります」

『ふむ? ああ、そう言えばタカシには直接は言っていなかったか』

『そうね。あなた。まあ、気軽に言いふらすものでもありませんしね』


 バルダインとナスタシアがそう言う。


「えっと。何の話でしょうか?」

『マリアは、見ての通り母方であるハーピィの因子を色濃く継いでおってな。とりわけ、かつて神の祝福を受けたとされる先祖の力を先祖返りで引き継いでいる。伝承では、祝福の姫巫女と呼ばれている特別な存在だ』


 バルダインがそう説明する。

そう言えば、俺とバルダインが戦っているときに、祝福の姫巫女が云々という話があった気がしないでもない。

あまり覚えてはいないが。


『まあ、細かい話は置いておきましょう。マリア。少しだけ、あなたの力を見せてあげなさい。少しだけよ』

『うん。わかった!』


 ナスタシアの言葉を受けて、マリアが小型のナイフを取り出す。

そして、自身の腕あたりを斬りつけた。


「ちょっ!?」


 突然の自傷行為に、俺はとまどう。

ミティとアイリスも目を見開いている。

しかし、ハガ王国の面々に動揺はない。


 マリアの腕に、切り傷がついた。

それほど深くはないようだ。

しかし、血は流れ始めている。


「待っててね。今、治療魔法を……」


 アイリスがそう言って、マリアに近づく。

しかし。


「これぐらい、だいじょうぶだよー」

「だめだめ。こういう小さなキズが、後々残ったりするんだから。女の子なんだし、ちゃんと直さないと。……っ!?」


 途中で、アイリスが驚きに言葉を失った。

彼女の視線の先を見る。

マリアの傷が既に治っていた。


「か、回復していますね。アイリスさん、治療魔法はまだでしたよね?」

「うん。まだだったよ」


 ミティの問いに、アイリスがそう答える。

もちろん、俺も治療魔法は発動していない。

それに、だれかがポーションを使った気配もなかった。


『これが、祝福の姫巫女としてのマリアの力だ。常人離れした生命力と回復力を持つ』

『擦り傷切り傷ぐらいは、すぐに回復します。伝承では、切り飛ばされた腕でさえ生えてきたそうです。まあ、かわいいマリアでそんなことを試す気にはなりませんが』


 バルダインとナスタシアがそう言う。


 そう言えば、マリアは俺が加護を付与した当初から強力なスキルを持っていた。

痛覚軽減レベル2、HP回復速度強化レベル5、自己治癒力強化レベル3だ。

また、HPの値もレベルの割には高めだった。


 ステータスやスキルとして生命力や回復力に長けているのは、もちろん知っていた。

しかし、目の前で現象として見せられると、やはり実感が湧く。


 これほどの生命力と回復力があるのであれば、冒険者活動をしていく上でも安心感がある。

基本的には俺たちで守っていくつもりだが、万が一不覚を取っても即座に重傷を負って命に関わってくるわけではなさそうだ。


「なるほど……。これなら、よほどのことがない限り問題なさそうですね。1つ確認だが、マリアは痛くないのか?」

「うーん。痛くないことはないけど、ガマンできないほどじゃないよ!」

『この娘は、生まれつき痛みにも強いのです。痛みという感覚が欠如しているというほどではありませんが』


 ナスタシアがそう説明する。

痛覚軽減レベル2の効力だろうか。

なかなか有用そうなスキルだ。


 俺は今まで、あまり大ケガはしてこなかった。

もっとも危なかったのは、最初の頃に西の森でクレイジーラビットの群れから猛攻を受けたときか。

あのときは、リーゼロッテのポーションによって何とか一命をとりとめた。


 今後、俺に大ケガを負わせるような強敵と戦うことがあるかもしれない。

ケガの痛みをガマンして、戦い続けることもあるだろう。

スキルポイントの具合次第では、痛覚軽減のスキルを取得するのもよさそうだ。


「……ふむ。わかりました。マリアを、俺たちの屋敷に迎え入れましょう。そして、冒険者パーティ”ミリオンズ”の一員として、各地を巡る旅にも連れていきます」

『おお! それでこそ、我が見込んだ男だ。マリアの将来の夫として、しっかり頼んだぞ』

『期待していますわ。でも、マリアはまだ子ども。いろいろな意味で、あまりムリはさせないであげてくださいね』


 バルダインとナスタシアがそう言う。

んん?

いつの間にか、俺の知らない話がぶっこまれているな?


「将来の夫? なんの話でs……」

「わーい! タカシお兄ちゃんと冒険だ! マリア、タカシお兄ちゃんと結婚する!」


 俺の疑問の言葉を遮るタイミングで、マリアがそう言う。

喜んでいるところに水を差すのも悪いか。

まあ、子どもの言うことだしな。

バルダインやナスタシアも、本気で言っているわけではないはず。


 とりあえずこの件は置いておこう。

俺がそんなことを考えているとき。


『マリアが結婚だと!? 俺はそんなこと認めんぞ!』


 後方で黙って聞いていた若い男のオーガが、突然そう叫ぶ。

なんだなんだ?

何やら、ひと悶着ありそうだ。

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