327話 奴隷の購入を検討 シェリー、ネスター

 奴隷商館で奴隷の購入を検討しているところだ。

ここまでで購入を決めたのは3人。


 猫獣人の犯罪奴隷クリスティ。

どこにでもいそうな普通の女性ハンナ。

どこにでもいそうな普通の男性ニルス。


 他にもめぼしい者がいれば、買っておきたいところだ。

俺は他の奴隷を見定めていく。


「ふむ……。この女は、なかなか鍛えられた体をしているようだな。それに、その隣の大柄の男も強そうだ」

「その2人は、かつてDランク冒険者として活動していたコンビです。Cランク間近でしたが、依頼の失敗により多額の借金を負い、奴隷落ちしました。条件付き奴隷でございます。女はシェリー、男はネスターという名前です」


 店長がそう説明する。

Cランク間近でも、1つの失敗でこうなってしまうのか。

俺も一歩間違えれば、彼らのようになっていたかもしれない。


 一口に奴隷とは言っても、いろいろな分類がある。


 まずは主従契約の奴隷だ。

奴隷は主を攻撃してはならない。

奴隷は主から逃亡してはならない。

この2点に反した場合に、奴隷に痛みを与えるように設定されている契約だ。

サザリアナ王国法によって定められた基本的な契約内容でもある。


 次に、条件付き主従契約の奴隷。

通常の主従契約の内容に、奴隷側から出される条件が織り込まれた契約である。

具体的には、夜伽はしないだとか、労働は魔物狩りしかしない、などだ。

これは形式としては奴隷だが、実質的には雇用契約に近い関係となることが多い。


 他にも、隷属契約の奴隷なども存在する。

主従契約の縛りをより強化し拡大した契約だ。

一般的な奴隷にこの契約を結ばせるのはサザリアナ王国法により禁じられている。

王国の許可付きで、重犯罪奴隷やその他特別な事情がある者に対して結ばせることがあると聞いている。


 これらのうち、シェリーとネスターは条件付き主従契約に限定された奴隷ということだ。

ちなみに、ミティとは通常の主従契約だった。

ハンナ、ニルスも同じく主従契約だ。

クリスティは犯罪奴隷ではあるが、軽犯罪の積み重ねなのでやはり通常の主従契約となる。


「シェリー、それにネスター。依頼を失敗したそうだが、具体的には何をしでかしたんだ?」

「……とある高価な積荷を破損させちまったのさ。うっかり、普通の積荷のように取り扱ってしまってね。ゴホッ」


 シェリーがそう説明する。


「ふむ。それは、事前に説明していなかった依頼主も悪いのではないか?」

「……いや、俺に対して事前の説明はあった。依頼書にも記載されていた。俺とシェリーとの間で、情報の共有を怠ってしまったのだ。ゲホッ」


 ネスターがそう言う。

ネスターからシェリーに情報が共有されなかったことが原因か。

その結果、シェリーが高価な積荷をやや乱雑に取り扱い、壊れてしまったと。


「その責任を取って、俺が主従契約の奴隷に落ちることを提案したのだ。ゲホッ。しかし……」

「実際に積荷を壊したのは私だし、依頼内容の把握をネスターに任せきりにしていた負い目もあるしね。連帯責任で、私も奴隷落ちを受け入れたのさ。2人の売値なら、条件付き主従契約にできるからね。ゴホッ」


 ネスターとシェリーがそう説明する。

主従契約の奴隷と、条件付き主従契約の奴隷を比較する場合、もちろん売値に差が出る。

その他の条件が同じなら、条件付き主従契約の奴隷のほうが売値は低い。

奴隷側から出される具体的な条件にもよるが、おおよそ半額になるようなイメージだ。


「なるほど。なかなか固い絆で結ばれているようだな。……それで、この2人から出されている条件は何なのだ?」


 俺は店長にそう問う。


「ええと。まずは、夜伽の拒否。身体的接触など、本人の嫌がる行為の禁止。そして、労働は戦闘系のものを希望するとなっております。ただ、気になる点が……」

「気になる点? 何だ?」


 条件付き主従契約の奴隷としては、そこそこオーソドックスな条件だが。


「2人とも、肺を患っているのです。当商館に来た後に、発症しました。衛生には気をつけていたのですが……」

「肺か。それは厄介だな」


 確かに、シェリーとネスターは先ほどから咳き込んでいたな。


「ええ。戦闘能力が自慢の奴隷が肺を患ってしまったのでは、価値が半減してしまいます。当商館に納入後に発症しましたので、だれの責任も追及できませんし……」


 店長が途方に暮れたような表情でそう言う。


「長時間の戦闘や警護は厳しいが、短時間での戦闘であれば何とか役に立ってみせる。ゲホッ」

「ああ。それに、こうなりゃ戦闘だけじゃなくて雑用だって何だってやるさ。ゴホッ」


 ネスターとシェリーがそう言う。

彼らは彼らで、自身の売り込みに必死だな。

まあ、労働は戦闘系のものを希望するというのは、あくまで希望にとどまる。

このまま売れ残ってしまうと、嫌な仕事を割り当てる購入主が現れないとも限らないしな。


「ふむ。確かに、その体でもある程度のことはできるか。……確認だが、肺の病は人に伝染するタイプのものではないのだな?」

「ええ。街の医者からの診断書もあります。完治は難しいですが、人に伝染はしません」


 店長がそう言って、診断書を見せてくる。

彼が説明した通りの内容が記載されている。


 末尾には、診察者のサインがある。

ナックだ。


 ナックは、かつてモニカの父ダリウスや、ニムの母マムを担当していた医者だ。

彼は俺の治療魔法の腕前を見込み、街の重病者にあちこち紹介して回ったことがある。


 ナックの紹介では、ネスターやシェリーの名前は出なかったな。

直ちに命に関わるわけではないし、ギリギリ紹介ラインに入っていなかったといったところか。

もしくは、あの治療回りのときより後に彼らが発症したのかもしれない。


「そうか。この2人の売値を聞いてもいいか?」

「そうですな。売れる見込みもありませんし、これぐらいの額ではいかがでしょうか?」


 店長がそう耳打ちしてくる。

ずいぶんと安い。

仕入れ値を考えると、赤字になってしまっているように思える。


 しかし、肺を患ってしまった以上は売れる見込みもない。

損切りしてしまおうといったところか。


「よし。シェリーとネスターがよければ、俺の屋敷の警備兵として働いてみるか? 働きによっては、数年後に解放を検討しよう」


 彼らの売値は、2人合わせて金貨数百枚だ。

日本円にして、数百万円。

警備兵として数年間働いてもらえれば、十分にもとは取れるだろう。


「ほ、本当か? それは助かる。ゴホッ」

「ぜひ働かせてもらいたい。タカシ殿に忠誠を誓おう。ゲホッ」


 シェリーとネスターがそう言う。

彼女たちにしても、治る当てもなくこの奴隷商館でとどまるよりも、少しでも未来を感じさせる生活に移行したいことだろう。


「決まりだ。……ああ、そうそう。俺と、それに妻のアイリスは、治療魔法を得意としている。近いうちにお前たちにも治療魔法をかけてやろう。治るかどうかはわからないが、症状の改善くらいは期待できるかもしれんぞ」

「あ、ありがとうございます」

「よろしくお願いする」


 シェリーとネスターがそう言う。

何やら、感極まったような表情だ。

忠義度も、ハンナやニルスと同様、あっさりと20超え。

いい感じだ。


 これで、ここまでで購入を決めたのは5人になった。


 猫獣人の犯罪奴隷クリスティ。

どこにでもいそうな普通の女性ハンナ。

どこにでもいそうな普通の男性ニルス。

大柄の男ネスター。

引き締まった体をしている女性シェリー。


 これで気になる者の情報はあらかた聞き終えたかな。

他にもなかなか悪くなさそうな者がいる。

しかし、いくら資金が潤沢とは言っても限度がある。

そろそろ引き上げないと。


 しかし、最後に1人だけ気になる者が残っている。

片目に眼帯をつけている幼い少女だ。

彼女のことを聞いて、終わりにしよう。

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