320話 【ヴィルナ視点】恐怖の筆記テスト
私の名前はヴィルナと申します。
このラーグの街に住んでいる、至って普通の女の子です。
少しだけ普通と違う点があるとすれば、まずは少しだけ貧乏なこと。
両親が仕事の都合で他の街に引っ越してしまったので、自分の生活費は自分で稼がないといけなくなったのです。
もちろん、最初は私もいっしょに引っ越そうと思いました。
でも、”彼”を放ってはいけないと思いこの街に残ったのです。
彼は彼で、両親が冒険者でこの街にいないのです。
放っておいたら、野垂れ死んでしまうことでしょう。
もしくは、食い逃げでしょっぴかれるかです。
私は、普段は冒険者として活動しています。
ランクはD。
初心者を卒業した一人前の冒険者といったところです。
兎獣人としての聴覚を活かした索敵能力と、細剣を使った素早い攻撃には定評があります。
自分で言うのも何ですが、少し前まで組んでいたパーティでも重宝されていました。
消耗品などの必要経費を差し引いても、自分1人で生きていくためのお金なら十分に稼げています。
それなのに、イマイチ貧乏生活から抜け出せない理由はひとつ。
”彼”の存在です。
彼は、働かないのです。
せっかく戦闘能力は高いのに。
もったいない。
何でも、冒険者として少し活動はしていたそうですが、パーティメンバーともめたというようなことを言っていました。
まあ確かに、協調性はあまりないですからねえ。
仕方がないかもしれません。
でも今回は、そんな彼に耳寄りな情報を手に入れました。
彼を探して、街の路地裏を進みます。
……いました。
所在なさげに立っています。
私は彼に話しかけます。
「ねえ。キリヤ君。あの噂は聞きましたか?」
「ヴィルナか。俺は、噂などに興味はない」
キリヤ君がぶっきらぼうにそう答えます。
「相変わらず愛想は最悪ですね。せっかく戦闘能力は高いのに……。そんなだから、子爵家の警備員の内定も取り消されちゃったのですよ」
「ふっ……。あんな固えところ、こっちから願い下げだ。俺は自由に生きるのが性に合っている」
「一端の口を聞くのは、お金を稼いでからにしてください。あなたの食費を、だれが稼いでいると思っているのですか」
この愛想の悪さがなければ、冒険者や警備員としていくらでも稼げると思うのですけどねえ。
本当にもったいない。
礼儀にあまりうるさくない雇い主が見つかれば理想的なのですが。
「ふっ。俺はいつかビッグになる。待ってやがれ」
「それならせめて、冒険者にでもなってくださいよ。キリヤ君なら、ソロでもそこそこいけるはずです」
「まあ、そのうちな……。そう言うヴィルナこそ、最近組んでいた臨時パーティはどうした?」
キリヤ君がそう言います。
露骨な話題そらしです。
「あのパーティは……当面は解散となりました。なんでも、遠くの街までの護衛依頼を受けるそうで」
「ふっ。お前も行けばよかったじゃねえか」
「私がいなくなれば、キリヤ君が野垂れ死んじゃうじゃないですか。自分でご飯を用意できますか? 露店の人から奪い取るのはなしですよ?」
「……ふっ」
キリヤ君が澄まし顔でとぼけます。
まったくもう。
やればできる人なのに。
「さあ! そういうわけです! この街を治める新しい貴族様が、人材登用のテストを行うそうです。私とキリヤ君で受けますよ!」
「ふっ。何がそういうわけなのかは知らんが、まあ受けるぐらいなら受けてやろう。せいぜい、新貴族のタカシ様とやらが俺の実力に気づけることを期待しているぜ」
「……あれ? 私、新貴族様の名前をキリヤ君に伝えましたっけ?」
「(…………! しまった)」
キリヤ君がうっかり口を滑らせてしまったというような表情で、そうつぶやきます。
本人は小声でつぶやいたつもりのようですが、私の耳はごまかせません。
なるほど。
どうやら、キリヤ君も新貴族様のことは気にしていたようですね。
彼もようやく、働く気になったというところですか。
「ふっ。まあ、名前ぐらいは聞いたことがあるだけだ」
「……? そうですか。まあいいです。テストは1週間後にあるそうです。がんばりましょうね」
「ああ、そうだな」
キリヤ君は、自ら働く気になったことを隠しているようです。
隠すようなことではないと思うのですが、何やら照れくさいのでしょうかね。
まあ、わざわざ指摘はしないでおきましょう。
登用試験、がんばらないといけませんね。
私とキリヤ君の、輝く未来のために。
●●●
登用試験の当日になりました。
まずは筆記テストを受けます。
テスト用紙が配られ、解答していきます。
序盤は結構簡単です。
自力で解ける問題が多いです。
しかし、中盤以降は徐々に難しくなっていきます。
ひと通り解き終えましたが、空白欄も多いです。
このままではマズいかもしれません。
ここは……。
私の超聴覚で、他の人の解答を推測させてもらいましょう。
私は目を閉じ、耳に意識を集中させます。
「(この字のリズム、書き順、字画数からして…。………なるほどね……)」
がんばって聞き取れば、何とかなるものです。
空白欄をどんどん埋めていきます。
この調子なら、筆記テストは軽いです。
キリヤ君の調子も気になりますが、彼は模擬試合で活躍できるでしょう。
私は彼ほど強くないので、筆記テストでもそれほど落としたくはありません。
私は引き続き、超聴覚を活かして空白欄を埋めていきます。
……と、その時。
ゾクッ。
背中に悪寒が走りました。
思わず、周囲に意識を向けます。
いつの間にか、タカシ=ハイブリッジ騎士爵様が近くに来ていたようです。
いったいいつからいたのでしょうか?
私の超聴覚でも、気づけませんでした。
他の解答者の物音や、テスト問題自体に意識を割いていたとはいえ……。
私に気づかれずに接近するとは、さすがです。
タカシ様は、剣術、火魔法、治療魔法、それにパーティメンバーでもある奥方様たちの強力さで有名です。
しかも、気配隠匿の技術などにも長けているわけですか。
さすがはBランク冒険者といったところです。
彼には、私のカンニングまがいの行為がバレてしまったかもしれません。
普通のテストであれば、証拠はないと言ってうやむやにできるでしょう。
しかし、今回は相手が貴族様本人。
うやむやにはできないかもしれません。
厳重注意? 大幅減点? 即失格?
これはマズいですね。
もしかすると、打ち首とかもあり得ますか?
い、いえ、このサザリアナ王国はそれほどの無法国家ではないはず。
しかし、叙爵されたての貴族様が調子に乗っていろいろやらかすということも十分にあり得ます……。
うかつでした。
恐怖で体が震えます。
横目でタカシ様の様子をうかがいますが、イマイチ何を考えているのかわかりません。
怒っている? 興味なし?
私にとって都合がいいのは、”どんな技術だろうと点を取れればいい”として見逃してもらえることですが。
次点で、”証拠がないので処分は保留”です。
……………………。
…………。
……。
1秒1秒がとても長く感じます。
恐怖に耐えつつ平静を保っているうちに、いつの間にかタカシ様は立ち去っていったようです。
彼は、また別の応募者の様子をうかがっています。
ふう。
どうやら、この場では私の処分はないようですね。
少なくとも即失格や打ち首はなさそうです。
しかし、裏では大幅減点などがされているかもしれません。
この筆記テストでは、もはや挽回不可能……。
次の模擬試合や、面接で全力を尽くすことにしましょう。
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