269話 屋敷に住まう霊

 みんなでラーグの街に戻ってきて、数日が経過した。

俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナ。

それに執事のセバス、メイドのレインとクルミナだ。


 俺の叙爵に向けて、何か功績をあげる必要がある。

何かいい依頼などがないか情報収集をしつつ、日々の魔物狩りをこなしている。

今日の活動を終えて、リビングでゆっくりしているところだ。


「お館様。屋敷内の清掃と点検が、本日でひと通り終えました。明日からも維持して参ります」

「そうか。ご苦労。セバス」


 俺はセバスをそうねぎらう。

この屋敷は広いので、普段使っていなかった部屋などは散らかったままであった。

その清掃と点検を彼らに依頼したのだ。


「1つよろしいでしょうか。お館様、それにセバスさん。気になることがあるのですが」


 メイドの1人であるレインがそう言う。

ボーイッシュ系の美少女だ。


「どうした? レイン」

「部屋を掃除しているときなどに、だれかの気配を感じることがあるのです。みなさんは狩りに行かれているはずなのですが……」

「私も同じことがありました~。最初は気のせいかと思いましたが、何度もあるのです~」


 レインの言葉に、クルミナがそう同意する。

おっとり系の美少女だ。


「ふむ? 泥棒か何かか……?」

「そうですな。お館様の名は売れています。金目のもの目当ての盗人に狙われることもあるかもしれません。私どものほうで、より一層気を引き締めるようにします」


 セバスがそう言う。


「うーん。ボクたちがいるときなら、心配は要らないんだけどねー」

「そうだね。私は、小さな音でも聞こえるしね」


 アイリスとモニカがそう言う。

アイリスは気配察知レベル1、モニカは聴覚強化レベル2を取得している。

そして俺も、気配察知レベル2と聴覚強化レベル1を取得している。


 少し集中する必要はあるものの、侵入者がいれば知覚することが可能だ。

知覚さえできれば、撃退自体はまったく問題なく行えるだろう。


「確かに、俺たちが留守中の警備は少し不安か……」

「いえいえ。コソドロはともかく、強盗が入る危険性はそれほど高くはないでしょう」

「そうか。まあ近いうちに、警備の者を雇うことを検討しておくよ」


 下位の冒険者や、腕に覚えのある警備員。

もしくは奴隷とか。

資金にはまだ余裕があるし、検討の余地はある。

叙爵を狙っているぐらいなのだから、自宅の安全には万全を期しておきたいしな。


「(うふふ……。わたしのお屋敷……。にぎやかになった……。歓迎したいな……)」


 どこからともなく声が聞こえた。


「ん? 今の声はなんだ?」

「声ですか? 私は聞こえませんでしたが」


 俺の問いに、ミティがそう答える。

おかしいな。

気のせいか。


「気のせいじゃない? 私も聞こえなかったよ」

「わ、わたしもわかりませんでした」


 モニカとニムがそう言う。


「いや、ボクには聞こえたよ。歓迎したいとかどうとか」

「ふふん。そうね。私にも、何かの話し声が聞こえたわ。内容はわからなかったけど」


 アイリスとユナがそう言う。

レインとクルミナも、うっすらと聞こえたそうだ。


「(聞こえる人がいるんだ……。そこの引き出しの右上の段……。引いてみて……)」


 どこからともなく声が聞こえる。


「まただ。今度は聞こえたか?」

「うーん。私は聞こえませんでした」


 ミティがそう言う。

モニカとニムも同じだ。

聴覚強化レベル2を取得している兎獣人のモニカが聞こえないのはおかしいな。


「ボクは聞こえたよ。引き出しの右上の段を引いてみてとかなんとか」

「そうだな。俺もそう聞こえた」


 アイリスの言葉に、俺はそう同意する。


「私にもうっすらと聞こえたような気がします。引き出しでございますか。昨日掃除しました際には、特に何もなかったように記憶しておりますが……」


 セバスがそう言う。

彼が引き出しまで歩いていき、右上の段の引き出しを引く。


「……むっ!? お館様。これを……」


 セバスが引き出しから何かを取り出し、こちらまで持ってくる。

俺はそれを受け取り、確認する。


「これは……。魔石か? なかなかのサイズだな」


 魔石は、魔物の体内で生成される石だ。

魔素が結晶化したものらしい。

極まれに魔物からはぎ取れる。


 俺たちの普段の狩りでは、今まで小さなものを数個しか入手できていない。

ちなみにそれらの魔石はすぐに売ってパーティ資金の足しにしている。

魔石は、入手できたらラッキーぐらいのものだ。


 ハガ王国とサザリアナ王国との戦争の回避に成功した際には、バルダインから大きな魔石を譲り受けた。

そのときの魔石は、ラーグの街の冒険者ギルドにて金貨210枚で買い取ってもらえた。


「ううむ。しかし、私が昨日掃除した際には、そのようなものはなかったと記憶しているのですが」

「そうか。もしかするとこの家に住まう霊が、この魔石をくれたのかもしれないな」


 俺はそう言う。

この家は、ラーグの街の資産家であるロダンから、治療魔法のお礼として譲り受けたものだ。

数回の治療魔法のお礼としては過剰のようにも思えるが、もちろんそれにはわけがある。


 この家には、ゴーストが住みついていたのだ。

悪霊だ。

とはいえ、せいぜいイタズラをする程度の悪霊だったらしいが。


 俺、アイリス、ミティ、モニカ、ニム。

5人でゴーストの浄化のために張り込み、俺とアイリスの聖魔法によってゴーストを浄化したことがある。


 成仏できずにさまよっている霊が、悪い気にあてられてしまったのがゴーストだ。

ゴーストを浄化すれば、また普通の霊に戻る。

この家の周辺に、あのときの霊がまだ住みついていてもおかしくはない。


「ひ、ひいぃ」

「く、苦しいよ。ミティ」


 ミティがモニカに抱きつく。

一見ほほえましい光景だが、よく見るとそうでもない。

ミティの豪腕で抱きつかれ、モニカが苦しんでいる。


「ミティ。だいじょうぶだ。浄化済みだし、悪いことはしないだろう」


 俺はそう言って、ミティをなだめる。

彼女が落ち着き、力を緩める。


 ミティは結構怖がりだ。

まあ、彼女の豪腕も、霊相手には通じないものな。


 霊に対する反応をまとめてみよう。

俺とアイリスは、霊が何を言ったかまで聞き取れた。

ユナ、セバス、レイン、クルミナは、内容は不明瞭だがなんとなく何かを言っていることは聞き取れた。

ミティ、モニカ、ニムは、まったく気づかなかった。


 どういう基準だろう?

俺たちは、特に”霊感強化”のようなスキルを取得したりはしていない。

スキル面での差ではなさそうか。


 強いて言えば、俺とアイリスは聖魔法をレベル3にまで強化している。

その影響の可能性はある。


 ただし、残りのメンバーの差はよくわからない。

性格の差もあるか?

特にミティとニムは大雑把な性格だし、霊的存在に対する感覚も鈍いのかもしれない。

このあたりは、少し検証の余地がある。


「タカシの言う通り、たぶん害はないと思うよ」

「そ、そうですね。そう信じます」


 アイリスの言葉を受けて、ニムがそう言う。

座敷わらしか、もしくは守護霊のような感じでこの屋敷を守っていってくれるとありがたいな。


 この霊的存在は、声の内容から考えて元人間だろう。

加護の対象者とかになったりしないかな。

さすがにそれはないか。

今はどこにいるのか視認できないし、加護付与を試みることもできない。


「少し怖いですが……。できるだけ気にせずに日々の仕事に励むようにしますね!」

「私もそうします~」


 レインとクルミナがそう言う。

この屋敷での生活は、いろいろとにぎやかなものになりそうだ。

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