217話 治療魔法の依頼
俺の自宅に、招かれざる客がやってきた。
ミティの活躍により兵士たちを撃破したところ、代表者の貴族風の男が土下座を始めた。
ここまでされると、せめて話を聞くぐらいはせざるを得ない。
「何か事情があるようですね。わかりました。まずは話してください」
「あ、ありがとう。実は、私の娘が難病で苦しんでいるのだ。このラーグの街に優秀な治療魔法士が現れたと聞いて、隣街から急いでやってきたのだ」
男が土下座したまま、そう説明する。
「なるほど」
「諦めて帰るわけにはいかん。苦しむ娘が、救いを待っておるのだ」
娘を思うあまり、暴走してしまったということか。
そういうことであれば、なかなか断りづらい。
今回は、この人の娘を治療に向かうことにしよう。
実際には特に大事な予定も入っていなかったし、問題ない。
とはいえ、今後、重要な予定と難病者の治療がかぶることもあるだろう。
そうなった場合、どうすべきか。
心情的には難病者の治療を優先したいところではある。
しかし、キリがない。
ラーグの街の難病者は一通り治療したが、今回のように隣町などからはるばるやってくる可能性もある。
その隣町の難病者を一通り治療しても、さらにまた別の街から依頼がくるかもしれない。
近隣の街々の難病者全員を治療して回るとなると、時間がいくらあっても足りない。
第一の対策としては、まずは俺の精神力を鍛えることだ。
難病者を見捨てても心が傷まないような、鋼の精神力を手に入れるのだ。
他の対策としては、治療魔法を使えるパーティメンバーを増やすことか。
以前は、上級治療魔法を使えるのは俺だけだった。
なかなか大変な治療回りだった。
今はアイリスも上級治療魔法を使える。
ガロル村でのミドルベアとヘルザムの討伐を経て、アイリスの治療魔法をレベル4にまで強化したのだ。
ここ最近の治療回りは、アイリスと分担しているから以前よりも非常に楽になっている。
また新たな人に加護を付与できれば、回復魔法に特化してもらうのもありだ。
とはいえ、ユナやリーゼロッテが回復魔法に特化するのは微妙かな。
ユナは、弓をメインとしつつ、短剣や初級の火魔法も使える。
弓を扱える人は、今のミリオンズにはいない。
彼女が今後正式にパーティに加入してくれるのであれば、ぜひ弓士をメインに活躍してもらいたい。
リーゼロッテは、水魔法使いだ。
ステータス操作のチートなしでも、既に中級の水魔法を使う実力がある。
また、彼の兄は上級の水魔法を使うことができる。
貴族の血筋か教育か。
いずれにせよ彼女のラスターレイン家は水魔法に特化している可能性がある。
無理に方針を転換してもらう必要はないだろう。
もし仲間になってくれるのであれば、ぜひ今後も水魔法使いとして活躍してもらいたい。
水魔法に加え、MP関連のスキルや魔力強化を取得すれば、かなり強力な水魔法使いになれるだろう。
もしかすると、単独であのエターナルフォースブリザードも使える日がくるかもしれない。
「娘さんが苦しんでおられるのですか……。そうであれば、行かない理由はありません」
「おお! おお! ありがとう! うう……」
男が、土下座したまま泣き始める。
気が早いぞ。
まだ行くと答えただけだ。
娘さんの難病が治ったわけでもないのに。
男が、土下座から起き上がる。
「申し遅れた。私は、隣町の町長をしているハルク男爵だ。これでも貴族の端くれである」
男が、そう自己紹介をする。
貴族か。
厄介ごとの種だ。
できれば関わりたくなかったが、そうも言ってられないか。
うまく彼の娘を治療できれば、いろいろと便宜を図ってもらえるかもしれないしな。
「ハルクさん。いつごろ向かえばよいですか?」
「可能であれば、今すぐにでも。いや、こやつらの回復は待たねばならんか……」
ハルクが兵士たちを見て、そう言う。
彼らは、ミティによって倒されてしまっている。
大ケガはしていないはずだが、それなりのダメージは負っている。
「心配ありません。これぐらいであれば」
俺は治療魔法の詠唱を開始する。
「……神の御業にてかの者たちを癒やし給え。エリアヒール」
治療の光が兵士たちを包む。
「……おお! 痛くない!」
「すごい腕前だ!」
「これなら、きっとサリエお嬢様の病だって……!」
復活した兵士たちが、そう言う。
彼らの忠義度が若干上がっている。
彼らを痛めつけたのは俺の妻のミティなので、マッチポンプみたいな感じではあるが。
これはこれで忠義度稼ぎの1つの手法になるかもしれない。
例えば、ミティがかわいい服装で街を歩く。
彼女がチャラ男やチンピラに絡まれる。
彼女が彼らを路地裏に誘導し、人目のないところでボコボコにする。
彼女は立ち去り、少し後に俺が無関係な人を装って参上する。
彼らを俺の治療魔法で治療する。
こんな感じのことを行えば、忠義度を稼げるかもしれない。
これこそ、完全なマッチポンプだが。
検討の余地はある。
「なんと! いやはや、すばらしい治療魔法の腕前だな。噂には聞いておったが、やはり実際に目の前で見ると実感がわく」
「いえ。この程度は」
俺はそう謙遜しておく。
「治療魔法士は、高額な報酬を要求するくせに、結局治せないというやつが多くてな」
「そうなのですか」
「君もそうかもしれないと、儂が勝手に思い込んでしまったのだ。すまなかった」
ハルクがそう言って、頭を下げる。
「まあ、過ぎたことはいいでしょう」
治療魔法の発動は、それなりに疲れる。
チートの恩恵を多大に受けている俺でさえそうなのだから、普通の治療魔法士にとってはもっと大変なことなのだろう。
それに加えて、そもそも治療魔法の習得にはかなりの年月が必要という面もある。
高額な報酬を要求するのも理解できる。
一方で、依頼者のハルクの気持ちも十分に理解できる。
高額な報酬を支払ったのに、結局治せなかったと言われたら、治療魔法士全般に対する信頼が失われてしまっても仕方がないだろう。
ここは、俺とアイリスの治療魔法で彼の娘の難病を治療してやろうではないか。
……安請け合いをしたが、俺とアイリスの治療魔法で治せないレベルの難病だったらどうしよう。
ヤバいかもしれない。
いざというときに、逃げる算段だけはつけておくか。
いや、まあ。
ハルクから白い目で見られて叩き出されるだけで、処刑とか莫大な違約金の支払いとかを言い出される危険はあまりないだろうが。
この国の法律は結構しっかりしているからな。
貴族とはいえ、あまり無法なことはできないはず。
「ありがとう。タカシ殿の治療のおかげで、この者たちも動けるようになった。よければ、さっそく向かいたいと思うが」
「わかりました。少し待っていてください。パーティメンバーを連れてきますので」
俺はそう言って、家の中に戻る。
ミティ、ニム、ユナはいっしょにハルクへの応対に出ていたので、事の成り行きはもちろん知っている。
あとは、アイリスとモニカだ。
彼女たちを見つけ、事情を説明する。
アイリスはうたた寝から起きていたようだ。
「急だねー」
「まあ仕方ないよ。そういう事情なら」
アイリスとモニカがそう言う。
モニカの父ダリウスは、溶体の急変により、危なかったときがある。
他人事ではないのだろう。
「びょ、病気はおそろしいものです。治してあげてください。タカシさん」
ニムがそう言う。
彼女の母マムも、難病持ちだった。
ただちに命に影響があるレベルではなかったが、あのままでは長生きはできなかっただろう。
「もちろんだ。全力を尽くそう」
「ふふん。それにしても、タカシが上級の治療魔法まで使えるようになっていたとはね。私といっしょにいたときは、初級の治療魔法も使えなかったはずなのに……」
ユナがそう言う。
「ああ。あれからたくさん練習したんだ。ユナも、ケガがあれば遠慮なく言ってくれよ」
そんなことを話しつつ、出かける準備を整える。
隣街なのでそれほどの大荷物はいらない。
俺のアイテムルームにみんなの着替えなどを収納した。
俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナ。
ハルク。
護衛の兵士たち10人ほど。
みんなで、ハルクの治める街に向かって進み出す。
ハルクの馬車を使っての移動だ。
はたして、無事に彼の娘を治療することができるのか。
俺とアイリスの治療魔法の腕前にかかっている。
気を引き締める必要がある。
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