155話 カトレアの罠
ゴブリン相手の肩慣らしを終え、リトルベアを探す。
しばらくして、1体のリトルベアを見つけた。
向こうはまだこちらに気づいていない。
みんなに小声で合図をする。
「(では、打ち合わせ通りにいこう。まずはモニカの雷魔法で先制する。それから、俺の火魔法、ミティの投石、ニムの土魔法で追撃だ。初戦だし、出し惜しみはなしでいこう)」
手加減なしなら、安全に狩ることができるはず。
その分素材の損傷が激しくなり、買取金額が下がってしまう恐れはあるが。
初戦の様子次第で、2体目以降は多少の手加減を検討していけばいいだろう。
「「「「(了解!)」」」」
みんながうなずく。
それぞれが戦闘態勢を整えていく。
モニカが小声で魔法の詠唱を開始する。
彼女が手のひらを前方にかざす。
「……パラライズ!」
モニカの手のひらから電流のようなものがほとばしる。
「ガ、ガウゥ!?」
リトルベアに無事にヒットした。
リトルベアがこちらに気づく。
パラライズにより動きが阻害されているようだ。
今が追撃のチャンスだ。
俺もあらかじめ火魔法の詠唱を済ませておいた。
両手を前方にかざす。
「ファイアートルネード!」
ごうっという音と共に火の竜巻が発生し、リトルベアを襲う。
リトルベアが悲鳴をあげる。
大きなダメージを与えることに成功した。
しかし、もちろんまだ討伐には至らない。
さらに、どうやらパラライズの効果が切れ始めてしまっているようだ。
リトルベアぐらいの魔物になると、麻痺の効果もあまり長続きしないのかもしれない。
「グルル……。グルアアア!」
リトルベアが大きな威嚇声をあげる。
走って近寄ってくる。
「ビッグ……メテオ!」
「我が敵を砕け! ストーンレイン!」
ミティの投擲とニムの土魔法だ。
大きな岩とたくさんの石が、リトルベアを襲う。
さらに。
「炎あれ。我が求むるは豪火球。三十本桜!」
俺の三十本桜で追撃する。
「ぎゃうっ!」
リトルベアに大ダメージだ。
奴がその場に倒れた。
まだ息はあるようだ。
何とか起き上がろうとしている。
アイリスが駆け寄る。
「豪・裂空脚!」
アイリスの回し蹴りによる、とどめだ。
無事にリトルベアを討伐した。
「ふう。俺たち5人なら、リトルベアも全く問題ないな」
「そうですね。どんどんいきましょう」
ミティがそう言う。
「でも、素材がダメになっているから、報酬は減っちゃうね」
「そ、そうなのですか。残念です」
アイリスとニムがそう言う。
ニムは、家族の生活費を稼ぐために冒険者稼業を行なっている。
報酬の増減には敏感だ。
リトルベアの死体を俺のアイテムルームに収納する。
「うん。次は、手加減して倒してみようか」
「そうだね。私は格闘術で戦ってみせるよ」
「ボクは、モニカにうまく合わせてみる」
モニカとアイリスがそう言う。
彼女たちの格闘術でなら、リトルベアの素材を傷つけないで討伐が可能かもしれない。
●●●
その後、数体のリトルベアを討伐した。
アイリスとモニカの格闘術のコンビネーションはなかなかだ。
さすが、普段から師弟としていっしょに訓練しているだけはある。
さて。
狩りに夢中になり、いつの間にか森の奥に入り過ぎていたようだ。
そろそろ戻るか。
「カトレアさん。そろそろ戻ろうかと思います。……あれ?」
カトレアが見当たらない。
「先ほどまではいたはずですが……」
ミティがそう言う。
狩りに夢中で、はぐれてしまったか。
彼女の戦闘力はさほどでもないだろう。
リトルベアなどに遭遇したら、まずいかもしれない。
「きゃあああっ!」
そうこう言っているうちに、カトレアの悲鳴が聞こえてきた。
俺たち5人で駆け出す。
しばらく走る。
……いた。
カトレアだ。
特に魔物に襲われたりしているわけではないようだ。
ピンピンしている。
あの悲鳴は何だったのか。
「カトレアさん。無事ですか!?」
ミティがそう言う。
「ええ。無事ですよ。少し足を挫いてしまいました。手を貸していただけますか?」
カトレアがそう言う。
何となく違和感があるが、ケガをした人を森の中に放っておくわけにもいかない。
5人でカトレアの近くに向かう。
「ふふっ。笑ってしまいますわね。お人好しさんたち」
カトレアが邪悪な笑みを浮かべる。
彼女がふところから水晶玉を取り出す。
地面に叩きつける。
水晶玉が割れる。
ドドドドド。
地面が揺れている。
「な、なんだ!?」
「カトレアさん!? これはいったい?」
「ふふふ。あはははは! まんまと誘い込まれたわね! 薄汚い冒険者どもめ!」
カトレアが本性を現す。
俺たち5人をぐるっと囲むように、土の塀ができてしまった。
カトレアは、土の塀の上に立っている。
土の塀の高さは3メートルほど。
ジャンプして飛び越えるのはもちろん無理だし、よじ登るのも厳しい高さだ。
「なんのつもり!?」
モニカがそう叫ぶ。
「あなたたちには、ここで消えてもらいます」
カトレアがふところから何かを取り出す。
角笛だ。
彼女が角笛を口に当てる。
ぶおおおぉ!
カトレアが角笛を吹く。
いったい、何をしているんだ?
「あれは……魔の角笛!?」
「知っているのか、アイリス」
「ボクも教会の教本でしか知らないけど。魔物を興奮状態にさせる魔道具らしい」
なるほどな。
土の塀で俺たちを囲んで逃げられなくする。
魔の角笛により魔物を興奮状態にさせて、俺たちにけしかける。
そういう筋書きか。
カトレアが角笛を吹き終わる。
彼女が力なくその場に座り込む。
目の焦点が合っていない。
何か、演奏者の生命力やMPを著しく消耗する副作用などがあるのかもしれない。
ドシン、ドシン。
俺たちを囲む土の塀の外から、大きな足音が聞こえる。
「な、なんでしょうか……?」
ニムは不安そうな顔をしている。
アイリスやミティはともかく、ニムにこの状況は少し酷だ。
俺たちががんばらないといけない。
ドン! ドンドン!
土の塀に衝撃が走る。
ひびが入る。
何かが入ってこようとしているようだ。
「どうやら、大物の登場みたいだな」
ドガーン!
土の塀を突き破り、魔物が入ってきた。
「グルル……。グルアアア!」
興奮状態のリトルベアだ。
大きな体。
血走った目。
鋭い爪。
「かなり強そうなリトルベアですね。心してかかる必要がありそうです」
ミティがそう言う。
確かに、強そうなリトルベアだ。
いや、さすがにあれは……。
俺が今まで見てきたリトルベアよりも一回り以上大きい。
「リトルベアにしては大きすぎないか? 俺たちが討伐してきた個体よりも、かなり大きいぞ」
「あれは、もしかして……ミドルベア!?」
アイリスが焦った顔をして、そう言う。
「あれがミドルベアですか。リトルベアの群れが大きくなると、突然変異でリーダーが成長するらしいですね。まさか、この村の近くで発生していたとは……」
ミティがそう言う。
「ミドルベアか。まずいかもしれない」
ラーグの街からゾルフ砦への道中でも、聞いたような名前だ。
ミドルベアが生まれないように、リトルベアの間引きを行ってほしいという依頼があった。
「こうなれば、出し惜しみなしで戦うしかないよ。そうでしょ? タカシ」
アイリスがそう言う。
確かに、戦うしかないか。
この土の塀を突破するのは難しい。
ミドルベアが入ってきたところは穴があいている。
しかし、奴の隙を突いて5人全員が無事に脱出することは難易度が高い。
無事に脱出したとして、果たしてミドルベアの追撃を振り切れるかどうか。
俺たちが村まで逃げてしまうと、村人に被害が出る可能性もある。
かと言って、闇雲に森の中を逃げるのはもっとリスクが高い。
逃げている最中にリトルベアなどと遭遇したら最悪だ。
思い切って、ここでミドルベアの討伐を試みるのが最善策だろう。
「そうだな。全員、全力で戦うぞ」
俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。
戦闘態勢を整える。
激戦になるだろう。
気を引き締める必要がある。
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