109話 ゾルフ砦の面々とのお別れ 前編

 ゾルフ砦に帰還して数日が経過した。


 帰還した日に冒険者ギルドで潜入作戦の報告をした後、ラーグの街へ向かう手頃な護衛依頼を探して受注しておいた。

出発は明日だ。

それまでに、この街でやるべきことをやっておく必要がある。


 まずは、転移魔法陣の作成。

しっかりとした転移魔法陣を描いておくことにする。


 だが、よく考えると転移魔法陣を描くのに適した場所がない。

安全性や機密性の高い場所でないと、転移魔法陣が傷つけられて使えなくなる可能性があるのだ。


 宿屋を貸し切りにするのもなくはないが、費用がかさむ。

転移魔法陣は相当に便利なものではある。

だが、今後ゾルフ砦にそう頻繁に訪れる予定もない。

費用対効果として考えると、そこまでのメリットがあるかどうか。


 とりあえず、メルビン師範に使っていない部屋などがないか、相談してみた。

ちょうど使っていない部屋があるそうなので、そこを借りることにした。

一応有償だが、宿屋の貸し切りに比べるとかなり安く済む。

悪くない選択だと思う。


 借りた部屋に転移魔法陣を作成した後、ハガ王国への転移も試してみた。

結果は問題なしだったが、消費MPが多かった。

MPが空になるほどではないが、念のためその日の冒険者活動は休みにしたぐらいだ。


 ラーグの街とハガ王国との距離になると、さらに消費MPは増えるだろう。

今の俺のMP量では少し心もとないな。

”MP強化レベル3””MP消費量減少レベル2””MP回復速度強化レベル1”あたりのスキルを今後さらに強化していきたいところだ。


 ちなみに、バルダインやマリアには挨拶はしていない。

盛大に見送ってもらってからまだ1週間程度しか経っていないのに、顔を出すのもな。

なんとなく気まずい。



 ガルハード杯の優勝予想の賭け金の払い戻しも、きちんと行っておいた。

およそ金貨100枚の払い戻しとなった。

かなりの大金だ。


 ……ギルドの報酬よりも多いじゃねえか。

もっと賭けてもよかったかもしれないな。

まあ過ぎたことを考えても仕方ない。



 みんなとの別れも済ませておくべきだ。

思えば、この街ではいろいろな人と出会った。

護衛依頼でこの街まで同行した冒険者の、ギルバート、ハルトマン、竜の片翼、三日月の舞。

護衛の依頼主である、ベネフィット商会のベルモンド。

武闘や魔剣術を教わった、メルビン師範とビスカチオ師匠。

ガルハード杯の参加者である、マクセル、ジルガ、リルクヴィスト、ストラス、ウッディ、ミッシェル、マーチンたち。

防衛戦の指揮官である、ゾンゲルやテスタロッサ。

錚々たる面々だ。


 順番に挨拶していこう。

まずはエドワードからかな。

アイリスのパーティ加入の件も相談しておく必要があるし。


「エドワード司祭。折り入って話が」


「なんだね?」


「アイリスさんを俺にください!」


 ん?

なんか親に結婚の了承を求める感じになってしまった。


「そ、それはどういうことだね?」


 エドワードが引きつった顔でそう言う。


「アイリスさんを、私たちのパーティに正式に加入させていただきたいという意味です」


 ミティがそう補足してくれる。


「そ、そういうことか。……ふむ。アイリス君はどう思っているんだい?」


 エドワードがアイリスにそう問う。


「ボクも、タカシやミティとパーティを組みたいと思っているよ。立派な武闘神官を目指す上で、いい経験になりそうだ」


「なるほど。……そういうことなら、問題はない。私はしばらくここゾルフ砦に滞在し、聖ミリアリア統一教を広め、聖闘気などの技術を教えていくつもりだ。何か困ったことがあれば、戻ってくるといい」


 エドワードからの了承を得ることができた。


「よろしいのですか?」


「本音を言えば、アイリス君にも私の仕事を手伝って欲しかったがね」


 エドワードがやや残念そうな顔をして、そう言う。


「しかしだ。アイリス君の身のこなしを見れば分かる。この短期間で、ずいぶんと実力をつけたようだ。それに、タカシ君とミティ君も。君たちとパーティを組めば、アイリス君の実力は飛躍的に伸びるかもしれない」


 ステータス操作の恩恵で、俺たち3人の実力はぐんぐん伸びている。

チートが突然なくなったりしない限り、今後もこの調子で成長していけるだろう。


「任せて! とんでもなく強くなって戻ってくるよ! エドワード司祭にも負けないくらいにね!」


「期待しているよ」


 エドワードと最後の挨拶を済ませて、別れる。

彼と次に会うときには、アイリスの言う通り、彼女の実力は彼に並んでいる可能性もある。

成長した彼女の姿を見ることを楽しみにしていてほしいところだ。



 次は武闘家の面々に挨拶しておこう。

ギルバート、ジルガ、ミッシェル、マーチンだ。


「ギルバートさん、いろいろお世話になりました」


 ギルバートにそう挨拶する。


「ガハハ! タカシも達者でな! また武闘会に来いよ! 次はお前とも闘ってみたいものだ!」


 彼にも無事、俺の名前を覚えてもらうことができた。

この街に来たばかりのとき、タケシと間違えられたことがあった。


「ええ。きっと、また来ます」


「ミティの嬢ちゃんもまた来いよ! 次は負けないからな!」


 ジルガがそう言う。

彼は今回のガルハード杯の2回戦で、ミティに真っ向勝負を挑み、破れた。


「望むところです!」


 ミティが元気よく返事する。


「ボクも忘れてもらっちゃ困るよ! 今度は負けないから!」


 アイリスはジルガにガルハード杯の1回戦で敗北した。

基礎ステータス、格闘術、闘気術、聖闘気術。

全てが一回り以上強化された今のアイリスなら、彼に勝つことも可能だろう。


「おう! 楽しみにしてるぜ!」


 ジルガがそう返答する。


「タカシ。攻撃時にまばたきする癖は治ったか? さすがにまだか?」


 ミッシェルがそう言う。


「そうですね。まだです」


「地道に治していけよ。上級クラスだと、致命的なスキになりうるぞ」


「アドバイスありがとうございます。がんばって治します」


 視力強化を取得した今なら、まばたきの癖を治すことも少し簡単になっているかもしれない。

がんばって治していこう。


「うふふ。今回は舐めてかかった私の負けだったけど、次はこうはいかないわよ。今度は油断しない。それに、散桜拳をもっと極めておくわ」


 マーチンがミティにそう言う。


「私も、次は挑発に乗らないよう、精神を鍛えておきます」


「本当かしら? (タケシ、敗北者)」


 マーチンがボソッとつぶやく。

あえて俺の名前を間違えるとともに敗北者とけなして、ミティを挑発する。

ガルハード杯1回戦では、この挑発にミティはまんまと乗ってしまった。

……俺の名前を間違えているのは挑発のためにわざとだよな?


「てめえ、今なんつった!?」


 ミティがすごい剣幕で、マーチンに詰め寄る。


「ほらほら。すぐに挑発に乗る」


「あっ」


「ちゃんと精神を鍛えておきなさい。それに、あなたの男であるタカシは、ちんけな罵倒で価値が下がるような男なのかしら?」


 マーチンが俺の名前を間違えていたのはやはり意図的だったようだ。


「そんなことはありません!」


「なら、ドンと構えておきなさい。安っぽい挑発に乗ってしまうと、あなたの仲間にも迷惑がかかるかもしれないのよ」


 厳しい言葉だが、マーチンの言うことにも一理ある。

ミティの沸点の低さは、あれはあれでかわいいところではあるし、俺はさほど気にならないが。

冒険者として活動していく上では、治せるなら治したほうがいいだろう。


 ギルバート、ジルガ、ミッシェル、マーチン。

彼らと最後の挨拶をして、別れる。

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