97話 闇魔法の浄化

 バルダインとの第2ラウンド。

先ほどハーピィの少女がいた部屋よりも下の階の部屋で戦っている。

ハーピィの少女を巻き込まないようにするためだ。


 戦いの場を移してから、既に10分以上が経過している。


「ボルカニックフレイム!」


 火炎がバルダインを襲う。


『なんの! ぬううっ! 鬼王痛恨撃!』


 バルダインが右腕で衝撃波を飛ばしてくる。

最初の使用時より、威力は抑えられている。


 俺は鳴神-ナルカミ-を発動し、避ける。

そのまま近づいていく。

右手に闘気を込める。


「ビッグ……バン!」


『ぐっ。がはぁっ!』


 闘気を込めた俺の右ストレートがバルダインに直撃する。

彼は弾き飛ばされ、壁にぶつかる。


『寄る年波には勝てぬか……』


 思っていたよりも優勢に戦いを進められている。

やはりチートの力は大きい。


「降伏し、軍を撤退してくれ。バルダイン王よ」


『殺すなら殺せ。我を殺したところで、もはや止まらぬぞ』


 頑固な人だ。

一国を背負っている以上、そうやすやすと負けを認めるわけにもいかないのか。


 どうしたものか。

あまり気は進まないが、もう少し痛めつけておくべきか。

現状程度のダメージだと、少し時間を置けば回復されてしまうかもしれない。

今回の勝負はギリギリだった。

もう1戦やれば、今度はこちらが負ける可能性もある。


 追撃のため、手に持った剣に力を込める。


『ちょっと待ったー! そこまでだよっ!』


 何やら可愛らしい声が聞こえてきた。

どこからだ?

……上からだ。

上から誰かが降りてくる。


『パパのピンチにキラッと登場! 祝福の姫巫女マリアちゃんだぞっ!』


 ハーピィの少女だ。

あの血だらけで倒れていた少女だ。

血だらけの状態から、無事に回復したのか。

ポーションか回復魔法あたりを使用したのだろうか。


 それにしても、何か思っていたキャラと違うな。

強制的に苦痛を伴う儀式に使われて、もっと精神を病んでいたりするのかと思っていたが。

光り輝くような瞳をしている。

黒くモヤがかかったような目をしている国王夫妻や六武衆とはずいぶんと受ける印象が異なる。


 彼女が明るい性格なのは予想外だが、元気なのはいいことだ。

彼女は杖のようなものを持っている。

気分は魔法使いといったところか。


『マリア! その男には近寄るな! 逃げるんだ!』


 バルダインが焦ったように叫ぶ。


 少し心外だな。

俺が子どもに手を出す鬼畜に見えるか?


 俺はこんなに子ども好きなのにな。

いろんな意味で。

ぐふふ。


 ……いやいや。

さすがの俺でもこの少女ぐらい幼いと対象外だ。

おそらく10歳にもなっていないだろう。

ハーピィの年齢はよくわからないが、人間基準だとそれぐらいに見える。


『パパ、負けそうじゃんっ! 私が助けてあげるから待ってて!』


 マリアがバルダインに向かってそう言う。


「心配しなくても、君のパパにひどいことはしないよ。今は大切な話をしているんだ。悪いが、少し待っていてくれないか?」


『やーだー! 人間は信用できないっ!』


「しないって」


『問答無用! そりゃー!』


 マリアが杖を突き出してくる。

おもちゃのような杖だ。


 やれやれ。

何か毒気を抜かれたな。

バルダインへ追撃を加えるつもりだったが、その気も失せてしまった。

 

 とりあえず、この可愛らしい子どもを止めておかないとな。


「こらこら。杖を振り回したら危ないぞ」


 俺はそう言って、マリアの杖を掴む。

ふいに、力が抜ける。


「ぐっ!?」


 体から力が抜けていく。

これは……。

何が起こっている……?

闘気と魔力が吸われているのか……?


 体に力が入らない。


「か……は……」


 床に膝をつく。


『これでおーしまい! パパ! ほめてほめて!』


 まずい。

バルダインに復活されたら、今の俺では戦いようもない。


 非常にまずい。

命の危険すらある。


 やばいよやばいよ。

何とか逃げないと。

いや、命乞いのほうがいいか?


『危ない! マリア!』


 突然なんだ?

バルダインがマリアに覆いかぶさる。

その直後。

巨石がバルダインに襲いかかった。


『ぐあぁっ!』


『きゃっ』


 バルダインとマリアが巨石の衝撃で弾き飛ばされる。


「タカシ様! だいじょうぶですか!?」


「タカシ!」


『陛下!』


 ミティとアイリスがやってきた。

ナスタシアを無事に倒せたか、うまく引き離したのだろう。


 見知らぬオーガとハーピィも6人いる。

誰だ?

ミティやアイリスといっしょに行動している以上、敵ではないようだが。


 何にせよ、これで一安心だ。

助かった。



●●●



 気を失ったバルダインとマリアは、とりあえず縄で縛っている。

バルダインはともかく、幼いマリアはゆるく縛っているだけだが。

念の為だ。

俺の性癖ではない。


 ミティとアイリスは、この謎の6人のオーガやハーピィの人たちといっしょに、ナスタシアと戦ったそうだ。

6人のうちの1人の植物魔法でナスタシアを縛り、戦闘不能にまで追い込んだとのことだ。

今は、バルダインやマリアの横にナスタシアを座らせている。


 ナスタシアの目は普通の目になっている。

少し前に戦っていたときは、黒くモヤがかかったような目だったが。

今のほうが晴れやかな印象を受ける。

気絶しているバルダインとマリアを心配する素振りを見せている。


 バルダインが身じろぎする。

目を覚ましそうだ。


『ぐ……。ここは……?』


 バルダインが目を覚まし、辺りを見回す。

状況を確認しているようだ。


『マリア、ナスタシア……。そうか。我々は負けたのだな……』


『陛下。お耳に入れたいことがございます』


 ハーピィの男性がバルダインに声をかける。


『貴様は、クラッツ……! それに、他の先代の六武衆どもまで! 一命をとりとめ、人族に寝返ったか! 恥を知れ!」


 この6人は、先代の六武衆のようだ。

ん?

湖の底に沈められたのではなかったか?


 彼らは、アドルフの兄貴やレオさんとも面識があるはず。

彼ら先代の六武衆と、兄貴たちを引き合わせれば、話が早いかもしれない。

だが、その前に彼らと国王夫妻との間で、何やら話すことがあるようだ。

まずはそれを聞いてからだな。


『……やはり、陛下はいまだ闇魔法の影響下にあられるようだ。タニア、例のものを』


『こちらです』


 タニアと呼ばれたオーガの女性が、古めかしいアクセサリーのようなものを取り出す。

六武衆の他の5人と、アイリスにそれを配る。


『我らで聖魔法を発動するぞ。アイリス嬢も、先ほどと同じように手伝ってもらえるか?』


「もちろんだよ! ……です!」


 アイリスが元気よく返事する。

彼女は、丁寧な言葉遣いがやや苦手なタイプだ。

普通の口調で返事をして、あわてて言い直す。


 それにしても、何をする気だ?

聖魔法?

アイリスも参加するようだし、俺たちにとって悪いことではないのだろう。

とりあえず様子を見る。


 六武衆とアイリスが詠唱を開始する。

それぞれの手に、先ほど配られたアクセサリーのようなものを持っている。


「『……神の御業にて、闇を打ち払わせたまえ。ウィッシュ』」


 六武衆とアイリスが、聖魔法を発動させる。

聖魔法を使っているところは初めてみた。

それぞれが持っているアクセサリーのようなものが光輝く。

光がバルダインに集まっていく。


『ぐ……ぐおおぉっ!?』


 バルダインが叫ぶ。

彼の体から、黒いモヤのようなものが出て、霧散していく。


『陛下。お加減はいかがでしょうか?』


『あなた。だいじょうぶですか?』


 クラッツとナスタシアが、バルダインを気遣う。


『ナスタシア、それにクラッツ。我は、何をしていたのだ? ……いや、記憶はある。記憶はあるが……』


『陛下は、闇魔法の影響下にあられたのです。我らの聖魔法により、闇魔法を浄化致しました』


 闇魔法?

何か、精神を汚染したり、洗脳したりする感じの魔法かな。

恐ろしい魔法があるものだ。

ある意味では、火魔法などの攻撃魔法よりも怖い魔法だ。


『そうか……。迷惑をかけたな。クラッツ、タニア、ラトラ、セルマ、ディアナ、フィンよ』


 バルダインが六武衆にそう言う。


『滅相もございません。陛下。そもそもは、あの女にスキを見せた我ら六武衆の失態!』


 クラッツがバルダインたちの縄をほどく。

あの女って誰だ?


『それに、人族にも迷惑をかけているようだ。すまなかった』


 バルダインがこちらに向かい、そう謝罪してくる。

彼の目を見る。

澄んだ、晴れやかな色だ。


「いえ。まだ事情が飲み込めていませんが、済んだことは置いておきましょう。まずは、今回の攻勢を取りやめていただきたい」


『そうだな。一刻も早く、進軍を止める指示を出さないとな。正気を取り戻した今となっては、攻める理由もない。両陣営の戦士たちにも申し訳ないことをした』


『進軍の中止は、私が赴いて伝えてきますわ。ディアナ、フィン。いっしょに来なさい』


『『はっ!』』


 ナスタシア、ディアナ、フィンの3人はそう言って、飛び立っていった。


『さて、次に手を打つべきは……』


 バルダインが思案顔になる。

俺としては、兄貴たちが気になる。


「恐れながら申し上げます。私の仲間が、貴国の戦士たちと戦闘中と思われます。一刻も早く止めるべきかと」


『おお。そうだな。我にも報告は上がってきていたぞ。今代の六武衆のことだな』


「はい」


『よし、早く止めに行くぞ! ある程度の怪我は仕方ないとしても、死人は出ていないとありがたいのだがな……』


 俺、ミティ、アイリス。

国王バルダイン。

姫巫女マリア。

先代六武衆のクラッツ、タニア、ラトラ、セルマ。


 みんなで駆け出す。

ちなみにマリアはバルダインがおんぶしている。


 兄貴たち、それに今代の六武衆たち。

彼らが無事だといいのだが……。

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