65話 焼肉屋にて
ガルハード杯の予選を突破した帰り道。
「ふう。予選を無事に突破できたし、いよいよ明後日から本戦だね! ボク、少し緊張してきたよ」
「俺も緊張してきた。なんとか悔いのない闘いをしたいなあ」
「目標は、本戦で上位入賞! がんばるぞ!」
強気なアイリスだが、さすがに優勝とまでは言わないようだ。
まあ、彼女の上司であるエドワード司祭も出るしな。
「私は、やるからには優勝を目指します!」
ミティはアイリス以上に強気だ。
奴隷として購入したときの、気弱さはもうほとんど感じない。
これが本来の彼女の気質なのだろう。
あのときは、彼女にとってつらいことが続き、精神的に弱っていただけだと思われる。
「その意気だよ! そうだ。お互いの健闘を祈って、食事にいこうよ!」
アイリスがそう提案してくる。
悪くない。
本戦は明後日なので、今日は多少食べ過ぎたりしてもだいじょうぶだ。
「それはいいな。どこに行く?」
「いいところを見つけたんだ! 私について来て!」
アイリスについて、歩いていく。
「ここだよ!」
結構大きな店だ。
清潔感もある。
看板に”焼肉食べ放題:焼肉キングダム”と書いてある。
焼肉の食べ放題か。
悪くない。
この世界にも焼肉という食文化があったとはな。
まあ、食文化とはいっても肉を焼くだけだから、たいていの文化にはあるか。
店内に入る。
店員に案内され、俺、ミティ、アイリスの3人で席につく。
メニューに目を通す。
「俺はカルビをいただこう。あとお酒と」
「私もカルビでお願いします」
「もっといろいろ食べようよ。ボクはロースとサラダを頼もうかな」
店員のおばちゃんに注文を伝える。
ほどなくして、注文したものが提供された。
肉を焼く。
肉を食べる。
うまい。
酒を飲む。
うまい。
どんどん飲み食いしていく。
「終わってみれば、今日の予選は楽勝だったな! なあミティ?」
「そうですね! タカシ様のお力をもってすれば、当然のことです!」
「その意気だよ! 本戦でも上位入賞を目指そう!」
「上位なんて言ってられねえ! ガルハード杯の優勝は俺がいただくぞ! ガハハハ!」
酒を飲んで、少し気が大きくなっているのかもしれない。
今なら、ガルハード杯で優勝できそうな気がする。
「なんだと? そいつは聞き捨てならねえな!」
「あらあ? 女が2人に、素人臭い男が1人? ガルハード杯を舐めているのではなくて?」
「「そうだそうだ!」」
近くの席に座っていたチンピラたちに絡まれた。
いかん。
酒で調子に乗って、大口を叩きすぎたか。
チンピラたちのリーダー格は、話しかけてきたこの2人のようだ。
1人は、少し落ち着いた雰囲気のある男だ。
もう1人は、オネエ口調の男。
2人とも、ガッシリとした体格をしている。
さすが武闘が盛んなゾルフ砦だけあって、チンピラたちのレベルも高いようだ。
「これは失礼しました。つい、酒の飲みすぎで気が大きくなってしまったようです」
「ふん! だろうな。ガルハード杯本戦は、俺たちのように選ばれた強者の大会だ。お前程度では、予選すら突破できまい」
落ち着いた雰囲気のあるほうの男が、そう言う。
「タカシ様をなめるな! 予選なら、今日突破した! お前たちなど、本戦でけちょんけちょんにしてくれるわ! ねっ? タカシ様」
ミティ。
火に油を注ぐのはやめるんだ。
「そうだよ! そっちこそ、偉そうな口をきくのはボクたちに勝ってからにしてほしいね!」
アイリスも相手を煽っていく。
彼女もだいぶ酔っているようだ。
そもそも、神官が酒を飲んでいいのか?
「あらあ? 私たちのことを知らずにガルハード杯に参加するなんて、さては新参者ね?」
「俺はミッシェル。こいつはマーチンだ。俺たちは近いうちにガルハード杯で上位に入賞し、ゾルフ杯への出場権をいただく! 覚えておけ! ファウス道場の若手実力派コンビといえば、この街では有名だぜ?」
ミッシェルが自信ありげな顔でそう言う。
若手実力派コンビ、か。
「自分で自分のことを若手実力派とか、痛いやつらだね!」
やめて差し上げろアイリス。
俺もちょっと思ったが。
「ずいぶんと言ってくれるわねえ。今ここで、私の散桜拳でボコボコにしてあげてもいいけど、さすがに店内ではねえ……」
マーチンがそう言う。
チンピラにしては常識のある対応だ。
「ふん。お前たちを叩きのめすのは、ガルハード杯本戦での楽しみに取っておくことにしよう」
ミッシェルがそう言う。
なんとかこの場での騒ぎは回避できそうだ。
彼らも、ガルハード杯本戦の出場選手らしい。
この口ぶりからすると、予選免除で本戦に出場する実力者だ。
「タカシ様の実力にひざまずくがいい! 震えて眠れ!」
ミティが啖呵を切る。
「ふん。せいぜい、それまでに実力を磨いておくことだ。お前たちの命運は、そのコップと同じなのだから」
彼らはそう言って、店の出口に向かって歩いていった。
彼らの去り際のセリフはどういう意味だ?
「コップ?」
机の上のコップを見る。
割れていた。
「……! いつの間に!?」
彼らが超スピードか何かで割ったのか?
「ボクはあいつらから目を離さなかったけど、いつ動いたのかわからなかった」
アイリスが驚きに目を見開く。
「私もです。……これは、思ったよりも厄介な相手かもしれません」
ミティも何が起きたかわからないようだ。
謎の技術を持つ実力者か。
彼らクラスがごろごろいるのであれば、ガルハード杯は相当にレベルの高い大会だ。
心して参加しなければならない。
彼らのほうを改めて見る。
すでに退店しているかと思ったが、まだ店の出口付近にいた。
何やら揉めているようだ。
「あんたたちがコップを壊したのを見ていたわよ! 弁償してもらうからね!」
店員のおばさんがミッシェルやマーチンたちに詰め寄る。
「いや、あれは演出上必要なことであってだな……」
ミッシェルはたじたじだ。
「何が演出だい! 泣き虫ミッシェルがいっちょ前に格好つけて!」
「ちょっ! おばさん、声が大きい。弁償するから声を押さえて」
ミッシェルがちらちらとこちらを見つつ、慌てている。
おい。
せっかく格好いい感じで終わっていたのに。
だいじょうぶ、見ていないふりをするから。
ミティとアイリスもさすがに気の毒に思ったのか、黙っている。
必死に笑いをこらえている様子だ。
……イマイチ締まらないが、強敵は強敵だろう。
明後日からのガルハード杯、気合を入れて臨まねばなるまい。
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