30話 みんな笑顔の食事会
みんなでラビット亭に到着した。
総勢20名の大所帯である。
中に入る。
テーブルの上には既にいくつかの料理が並んでいた。
飲み物として酒と水が用意されている。
モニカに来たことを報告する。
アップルパイ用のリンゴを渡しておく。
みんなには自由に座ってもらう。
各パーティごとに固まって座ることになるかと思っていたが、そうはならなかった。
リーゼロッテと蒼穹の女の人、そしてユナがまとまって座っている。
やはり女性同士で話したいこともあるのだろう。
残りの男性陣も、パーティに関係なく好きに座っているようだ。
俺とミティはどうしようか?
そう考えていると、ユナが声をかけてきた。
「ちょっとそこのあなた! こっちに座りなさい! いろいろとききたいことがあるのよ!」
ミティがユナに連れて行かれてしまった。
少しさみしいが、ミティが俺以外の知人をつくるいいチャンスだ。
我慢する。
俺はおとなしく男性陣のほうの席に座る。
近くにはレオさんとコーバッツ、それに旋風のリーダーがいる。
しばらく待つ。
モニカがいくつか料理を持ってきた。
とりあえず最初に出すのはこれで終わりらしい。
あとは肉料理の追加分がいくつかと、メインディッシュのスメリーモンキー、それにデザートが控えているそうだ。
せっかくなのでモニカもいっしょに食べないかと誘う。
しきりに遠慮していたが、最終的にはいっしょに食べることになった。
彼女は女性陣の席に座った。
乾杯のコップがみんなにいきわたった。
酒を注いでいく。
酒が苦手な人には水を注ぐ。
さて、開会のあいさつをしよう。
今日は俺が主催者だからな。
立ち上がる。
みんなの注目が俺に集まる。
「皆様、本日はお越し頂きありがとうございます。私が冒険者として無事にやってこれているのは、ここにいる皆様のおかげです。今日の食事会はせめてもの私の感謝の気持ちです。どうぞご遠慮なく飲み食いしていって下さい。それでは食事会を開催致します。乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
みんなで乾杯をしてから食べ始める。
雑談をしながら料理を味わう。
酒をぐびぐびと飲んでいく。
黒色の旋風のリーダーが話しかけてきた。
彼の名前は……なんだっけ?
ヤバい、忘れてしまった。
直接きくのは失礼だ。
あとで誰かに聞いておこう。
「今日はありがとうな。こんな豪華な食事会に招待してくれて。結構金がかかってるんじゃないか?」
「まあそれなりにはかかっていますね。でもみなさんへの感謝の気持ちですから」
「言うことが立派だねー。俺も見習わないと」
「最近の狩りの調子はどうですか?」
「まあぼちぼちだよ。最近は安全を重視してる。北の草原で犬狩りの日々さ」
西の森へは行かないのかな?
そう思ったが、盾職や魔法使いがいないと少し厳しいか。
彼らのパーティはポーターを除けば3人しかいないし。
今度はコーバッツが話しかけてきた。
「そういうタカシ君はどうなんだい?」
「俺は日帰りで西の森で狩りをしています。もちろん深くには入りませんが」
「ほー。タカシも西の森で狩りができるようになったか。だが無茶はするなよ? 命あっての物種だ。ギャハハハ!」
「日帰りで西の森かあ……。タカシはタフだなあ。俺達にはとても真似できない」
そう旋風のリーダーがこぼす。
ああ、体力の問題もあるのか。
西の森へは片道で2時間かかるからな。
森の中では奇襲に備えて常に集中しないといけないし、もちろん戦闘もある。
俺は体力強化と気配察知を取っているから楽だが、普通の人には厳しいか。
ん?
ということは今までミティには少し無理をさせていたかもしれない。
ここ6日間は毎日欠かさず西の森へ行っている。
これからは積極的に休息日を設けることにしよう。
そんな感じで雑談をしながら料理を食べていく。
みんないい感じで酔いがまわってきてガヤガヤとにぎやかだ。
特に女性陣の辺りがにぎやかだ。
具体的にはユナがうるさい。
酔っぱらって周りに絡んでいる。
あいつは絡み酒だな。
「リーゼ、あなた好きな人とかいないのー?」
「え、えーと……。困りましたわね……」
その話題には個人的に興味がある。
聞き耳を立てていたが、結局口は割らなかった。
ミティはケロっとした顔をしている。
全然酔っていない。
遠慮してあまり飲み食いしていないのかな?
心配だ。
俺はそのままミティ達の様子をうかがう。
ユナがコップに酒をたっぷりと注いでいる。
それをミティに渡す。
ミティが遠慮する。
「なーにー? ミティ、私のいれたお酒が飲めないっていうのー?」
おい。
酒の強要はダメだ。
止めるべきか?
いや待て。
ミティは何かと遠慮しがちだ。
多少強引に渡すぐらいでちょうどいいのかもしれない。
ユナもきっとそのあたりを計算して……るわけないな。
あいつはただの酔っ払いだ。
「は、はい。では頂きますねユナさん」
ミティが酒の入ったコップを受け取る。
彼女はそれを豪快に傾けて飲み干す。
彼女はまだまだ平気そうだ。
やはりドワーフだとお酒に強いのかな?
酒を飲み干したミティを周りがはやし立てている。
ミティも注目の的になって満更でもなさそうだ。
彼女も馴染めているようで良かった。
ただ、急性アルコール中毒にだけは気をつけてくれよ。
ふとテーブルの料理を見てみると、最初に用意されていた分の料理がなくなりつつある。
追加を持ってこないと。
モニカも気が付いて立とうとしているが、他の女性陣に逃がしてもらえないようだ。
仕方ない、俺が持ってこよう。
「モニカさん、座っていて下さい。俺が料理を運んできますよ」
「いい心配りだタカシくん。私も手伝おう」
そう言って俺とコーバッツは席を立つ。
改めて考えると、彼はなかなかハイスペックな人だ。
Cランク冒険者。
顔はなかなか整っており、身長も高い。
どことなく育ちの良さを感じさせるたたずまい。
そして今のように気配りもできる。
俺が女なら惚れているかもしれんな。
俺とコーバッツは料理を取りに厨房に向かう。
モニカは謝っていたが、これぐらいはどうってことはない。
それに悪いのは酔っ払いどもだ。
まずは既に皿に盛りつけられていた料理を運んでいく。
次に、鍋の中で既に出来上がっている料理を皿に盛りつけてから運んでいく。
何往復かした後、コーバッツが火から少し離れたところに置かれている鍋に気が付いた。
「うん? これはなんだい? ふたを取って皿に盛りつければいいのかな?」
そう言って彼はふたを取ろうと手を伸ばす。
あ、あれってスメリーモンキーの鍋じゃん。
マズイ。
止めないと。
「コーバッツさん、ふたを取るのは待って下さ……」
しかし俺の制止の声は間に合わなかった。
コーバッツの手が鍋のふたに触れる。
ふたが外れる。
凝縮された強烈なにおいがコーバッツを襲う。
「エンッ!!!」
彼はそう叫んで鼻血を勢いよく噴出しながら倒れた。
●●●
あの後、どうにかふたを閉じて外に持っていき、再度ふたを外してにおいを処理した。
今はそのメインディッシュであるスメリーモンキーを食べようとしているところである。
しばらくしてコーバッツも無事起き上がった。
彼の分のスメリーモンキーを渡そうとする。
「い、いや、私は遠慮しておくよ。みんなで食べてくれたまえ」
彼はスメリーモンキーが苦手になってしまったようだ。
スメリーモンキーの料理には手を出さなかった。
彼の分はリーゼロッテらに配分された。
「おいしいですわ~!」
リーゼロッテはスメリーモンキーを堪能しているようだ。
一口一口をじっくりと噛みしめるように食べている。
「へっへっへ。スメリーモンキーは酒にあうぜ」
「…………然り」
兄貴やジークも味わうように食べている。
彼らは何度か食べたことがあるという話だ。
旋風のリーダーは今までに食べたことがないのか、おそるおそるといった感じで口に運んでいる。
俺も食べてみよう。
肉を一切れ口に入れる。
うーむ。
なかなかおいしい。
面白い食感だ。
毎日食べるのには向かないが、たまに食べたくなるような味がする。
これは好みが分かれそうな料理だな。
好みが分かれそうという点では、ウナギとかレバーとか納豆とかに通じるところがあるかもしれない。
そうして、メインディッシュのスメリーモンキーを十分に堪能していく。
他の料理も一通り食べ終える。
次はデザートの時間だ。
クレープのようなデザートと、俺の希望でアップルパイが提供された。
クレープは甘くておいしい。
日本でも十分やっていけるような味だ。
この世界には砂糖が一般に流通しているのかもしれない。
アップルパイもなかなか評判が良いようだ。
特にドレッドとディッダがドンドン食べている。
「おう。こりゃ絶品だぜ」
「いいねえこれ。おかわりはねえのかあ?」
「もぐもぐ。おかわりはまだありますよ。ちょっと待って下さい。もぐもぐ」
さりげなくモニカもたくさん食べているようだ。
デザートを食べつつ雑談を続ける。
もうそろそろ夕食会も終わりに近づいてきた。
店内の喧騒を眺めつつ、無事に夕食会が終わりそうなことに俺は安堵する。
しかし、調子に乗って酒を飲みすぎたかもしれん。
酔いがまわってきた。
外で涼んで酔いをさまそう。
外に出る。
すると、店を出てすぐのところにリンゴ売りの少女がいた。
何やら店内の様子をうかがっていたようだ。
彼女はこちらに気付いてビクッとして逃げようとする。
俺はとっさに手を伸ばして彼女を捕まえてしまった。
「あ、あの、すいません、手を離してください……」
「あ、ああ。ゴメンね。でもどうしたんだい、こんなところで?」
「え、えっと、べ、別になんでもないです」
なんでもないことはないだろう。
彼女が何をしていたのか少し考える。
「ちょっとここで待っててね」
俺は彼女にそう言って店内に戻る。
何か料理は余っていないかと探した。
残念ながらほとんどの料理が見事に平らげられている。
いや、アップルパイが数切れだけ残っていた。
それを持ってまた店の外に出る。
「これ、良かったら食べるかい?」
俺はそう言って彼女にアップルパイを渡す。
残り物を上げるようで心苦しい。
「え、い、いいです」
この「いいです」はたぶん遠慮しているときの「いいです」だと思う。
だって犬耳がピクピクと動いてるし。
「そんなこと言わずに。これは君から買わせてもらったリンゴから作られてるんだよ」
しつこく食い下がっていると、最終的に彼女は受け取ってくれた。
彼女がそのうちの一切れを口に入れる。
「お、おいしいです! あ、ありがとうございます!」
いい笑顔だ。
どうやら喜んでくれたみたいだな。
彼女と少し雑談をし、さりげなく彼女の生い立ちを探っていく。
彼女の名前はニム。
スラム街で母と兄の3人で暮らしている。
彼女の母は病気でまともに働けない。
その分兄が頑張って一家を支えているが、生活は苦しい。
少しでも家計の足しになればと、彼女は日々リンゴを売っているそうだ。
モニカの父と同じく、働けないレベルの病気持ちだ。
やはり俺が治療魔法を取るべきか?
少し心が動くが、我慢する。
治療魔法を取るか否かは今後の方針を大きく左右する選択だ。
一時の情で決めるのはマズイ。
しばらくして、ニムは去っていった。
残りのアップルパイは母と兄にあげると言っていた。
俺も店内に戻る。
席に座りしばらく雑談する。
しかし料理は既に食べつくしているので、徐々にお開きの雰囲気になってくる。
そろそろ閉会のあいさつをしよう。
立ち上がる。
みんなの注目が俺に集まる。
「皆様、そろそろ閉会のお時間です。ここらで食事会は終了とさせて頂きます。本日はありがとうございました」
俺のあいさつを受けて、みんなが帰り支度を始める。
ミティが俺のほうによってくる。
「ミティ、今日は楽しめたかい?」
「はい! お料理がとってもおいしかったです! それにユナさんやリーゼさん達とお友達になりました!」
それは良かった。
しかしやはり酔っぱらっているようには見えないな。
ユナに相当飲まされていたと思うんだが。
店内をよく見ると、飲みすぎて千鳥足になっている人が少なくない。
まずはユナとジークだ。
「なーにー? もう終わりなのー? もっと飲みたいー」
「…………然り」
「然りじゃねェよ。お前ら飲みすぎだ。さっさと帰るぞ!」
ジークが飲みすぎているのは意外だ。
寡黙でできる男って感じがするのに。
ドレッドが「やれやれだぜ」みたいな顔をしている。
黒色のリーダーは酔いつぶれている。
リーダーがそんなんで大丈夫か?
そしてなんと。
荒ぶる爪は全員がフラフラの千鳥足だ。
お前ら荒ぶりすぎだろう。
「くっくっく。俺はまだ酔ってはおらん。見ろ、ちゃんと出口まで真っ直ぐに歩ける」
そう言ってウェイクは壁に向かって歩いて行った。
酔いつぶれている人を介抱し、千鳥足の人をきちんと見送り、今日の夕食会はお開きとなった。
みんなが満足してくれたようで良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます