反射角百度の彼女

春嵐

01.

 彼女が、消えた。


 いつかこういう日が、来ると思っていた。突然、彼女が、いなくなる。


 日常から、彼女が抜け落ちていく。


 不思議な体質を持った人だった。


 屈折角が百度を越えると、写らなくなる。だから、写真も残っていない。街を歩いていても、反射するガラス窓や水に、彼女はいない。


 鏡だけは、写るかどうか、半々だった。屈折角が九十度だから。映るものもあれば、いなくなる鏡もある。


 部屋には、彼女を描いた画がある。もともと画なんて描いたことなかったけど、彼女と過ごすようになって、絵画教室に通って、なんとか描けるようになった。


 彼女は、自分が掛かれた画を、にやにやしながら見る。そして、胸を大きく描けとか、顔を美形にしろとか、言ってくる。


 そんな彼女も。もう。いない。


 テレビ。


 彼女の好きだった番組の録画が、始まっていた。


 ケイ素でできた生物と人間が戦うやつ。やたらめったら人がしぬので、私は好きじゃなかった。彼女は、ケイ素とか宝石の出てくるものが好きだと言って、見続けている。


 人がしぬとき、私の身体にくっついて目を閉じる。そして、終わったかどうか、訊く。私が終わったというと、おそるおそる目を開けて、また観始める。


 喪失感が、ゆっくりと、私を支配していく。


 彼女の顔を思い出そうとして、部屋に行く。


 彼女の部屋。靴と上着以外は、何もない。もともと、アウトドアなタイプだった。外に出るための靴と上着だけが、転がっている。いつもどおり、靴を直して、上着をクローゼットに戻して。洗濯が必要なものを、洗面室に持っていって。


 彼女がいたという痕跡が、あって。少しだけ、安心する。


 自分の部屋に、行く。彼女。いない。


 画がある。彼女の顔。


「あれ」


 彼女の画。


 風景しか、描いてない。


「おかしいな」


 他の画を、取り出す。クロッキーブックやノートも開いてみる。


 彼女が、いない。


 存在が、ない。


 なぜ。


 彼女の顔。


 私は。


 思い出せない。


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