転生した俺がカッコイイ団をつくるようになるまでの話

海老

第一章にして完結編

第1話 なんだこれは

 転生したらファンタジーな異世界だった。

 神様がいうには「まあそういうこともあるよ」ということで、「そうなんスか」ときいたら「そうだよ」と返事をしてくれた。

 神様は「また無駄に生きていいよ」と言うので、「無駄なんスか」と聞いたら「悟りを開いたらもっと分かるよ」というのだけど、悟りは少し難しい気がする。

 神様にチートとかありますかと聞いたら、「そういうのは無いなあ」と言われた。予定外の死だからサービスとかないのかとも聞いてみたら「命に予定なんて無いよ。生きるのも死ぬのもただそれだけ」と愛想の無いことを言われた。

 だから俺は「明日死ぬって感じで毎日生きていいの?」と聞いたら「それは好きにしたらいいよ」と神様は言った。

「そこまで転生とかしなくていいっスよ」と言ったら「そういう問題じゃないから」と切り捨てられた。

 とりあえずは無駄に生きるということになった。

 このまま行くということなので、ねじくれた性格と中年の性技テクは残るし、チート能力みたいなもんだろう。




 伯爵家の次男坊に産まれた俺、アラン・ドーレンはなんとなく生きて十五歳になった。

 兄上は頭が足りないタイプだがそんなに悪いヤツでもないし、割と仲良しでお家騒動とかは特に無い。

 次男ということもあり、どっかに婿入りして領地がもらえたらラッキーくらいの立ち位置で、それなりに勉強したり馬にのったりして15歳になった。

 残念ながら、兄上が婚約とかをしてないので、俺にはまだ婿入りの話とかは無い。仕方なく、俺は高等学院に行くことになった。

「弟よ、寂しくなるのう」

 トラオンの兄貴が、悲しそうに言う。

 トラオン・ドーレンは全身これ筋肉の武人タイプだ。顔は男前なのだが、なにがどうなったのか単純で剛毅な男に育った。

 特技は拳闘で趣味は馬上槍という武人である。

「お兄ちゃん、もう十七なんだしそんなんで涙ぐむなよ」

「そうは言うが、お前がおらんと寂しいではないか」

「帝都で三年くらい勉強してたら適当な婿入り先も見つかるんじゃねえ? あ、そっか。そしたら、もっと会えないよなあ。お兄ちゃん、寂しくなるなあ」

 よくよく考えたら、今生の別れではないにせよ、上京して就職するくらいの会えなくなる感がある。

「ううむ、俺も学院とやらに行くべきであった」

 嫡男はそんな暇ないでしょう。

「まあまあ、婿入りダメだったら戻ることになるし、やる気になったら、生きてりゃいつでも会えるっしょ」

「……今日は俺の狩ってきた亜竜で送別会じゃ。肝臓は全部食っていいぞ。弟よ、帝都でもちゃんとしたものを食うんだぞ」

「心配性だなあ。分かってるよ」

 感極まったお兄ちゃんにハグをされたら、背骨が痛んだ。

 俺は母親似で筋肉がつかない。

 お兄ちゃんの筋肉はとんでもなくカッコイイのですごく羨ましい。




 親元から離れ、帝都に上京。高等学院に入学して俺が最初にやったことは、風俗に行くことだった。

 そりゃあ風俗にもいきたいよ。大人の精神で体は中学生、歯止めが利くはずがない。

 人は性欲に支配されて生きている。それはもう仕方ないことだ。

 色々と調べてみたら、このファンタジー世界には風営法なんて無いため、基本的に本番アリである。しかも格安。とはいえ、地雷率が高い。

 目の死んだ女が薄笑い浮かべて出てきて、硬い寝台の上で股を開く。後は腰を振って、最後まで無表情。そんなのが普通にあるらしい。

「そいつはちょっとなあ」

 ということで、俺は生活安全ギルドにやって来た。

 生活安全ギルドとは、テキ屋と人足屋とゴミ回収屋と風俗業などの、だいたいヤクザな連中が国と癒着して作ったギルドである。

 入ると忙しそうに職員や薄汚れが行き来していて、ギルドっていったら酒場と併設というイメージとはほど遠い。ぬるいエールで乾杯してる髭面の悪人顔たちもいない。市役所みたいな雰囲気だ。

「ええと、花街案内の受付はと」

 奥まった所に受付があって、受付嬢がいる。話しかけたら順番待ちで、三番の札を渡された。待合のソファで暫時を過ごす。


「三番札でお待ちの方、七番カウンターまでお越し下さい」

「あ、どうも、花街のガイド、護衛にもなる人を雇いたいんですけど」

 受付嬢は特に表情を変えることもない。

「帝都は初めての方ですね。おひとり様ですか、団体様ですが」

「あ、俺だけ。個人です。見物と娼館なんですけど、病気ナシで口も堅い方を」

「当ギルドでは人材派遣の契約につきましては秘密厳守を御約束しております。冒険者ギルドでは秘密厳守などの制約がございませんので、当ギルドのご利用は正しい判断かと思われます。店舗の紹介につきましても、同様に自信がございます。爵位の有無で入店規制がございますので、身分証明書の提示をお願いできますでしょうか」

 素晴らしい。

 このレベルで対応してくれるとは、流石は後ろ暗い金でできたギルドなだけはある。

「これが学生証になります。魔力認証式ですけど、いけますか?」

「はい。読取を致しますので、お預かりさせて頂きます」

 ファンタジー世界は魔力波形認証マジックアイテムとやらのおかげで、個人情報は相当にしっかり管理されている。犯罪歴から本籍地まで一発で読み取る優れものだ。

「ドーレン伯爵家のアラン様、当ギルドのご利用、ありがとうございます。ガイドと護衛でしたら、すぐに案内できますのは、こちらの三名からとなります」

 なんだか風俗みたいになってきたが、ここでは護衛を指名するだけだ。

 受付嬢はファイルから三名の魔法写真付きプロフィールを取り出して、見せてくれた。

 花街を熟知しているのは最低限となり、あとは人となりと時間辺りの料金となる。

 思ったより安く、学院近くの下宿まで護衛させたとしても問題ない。行く店の予算に多少は響くが、安全はしっかりと買うものだ。

 エロい店に行くということもあり、ガイドは『無口』『話し上手』などのタイプを選べる。受付でテンション高い兄ちゃんがいると嫌だな、という所まで考えてくれているのだろう。

「ほほう、ダッカ流の師範さんかぁ」

「花街生まれですから、ガイドとしても高い評価を得ておられます。こちらに、印可の証明書が」

 と、受付嬢が書類を取り出そうとして、別の書類がテーブルに落ちた。

 ふと見れば、魔法写真に異様なものがあった。一つ目の意匠がなされた仮面をつけて、黒と赤の禍々しい模様入りローブを頭から被る姿である。写真つきなのに仮面をつけているとはこれいかに。

「この方は」

 特技の欄には短剣とだけ書いてある。

 名前はガラルのみで名字無し。種族欄も無記名である。

「申し訳ございません、本来ではアラン様にお見せするものではございませんでした」

「あ、その、ガラルさんでお願いします」

 仕事評価については、ほとんどがS・A・Bとなっている。依頼料金の提示金額も、多少高いが問題ない範囲だ。

「……貴族様におすすめはしておりません。腕は確かなのですが、言葉遣いなどは難がございます。ご指名の際には予め申し上げていることですが、ガラル氏は過去に依頼主と諍いを起こしたことがございます」

「怒らせなかったらいいって感じだったらいいですよ」

「では、契約書を作成致します。しばらくお待ち下さいませ」

 こんなカッコイイの見たら、そりゃあ雇う。

 やっぱり見た目は重要だ。



 契約が終わると、ガラル氏がやって来た。

 一目見た瞬間、体が痙攣した。

 謎の材質の一つ目模様仮面は、確実に高価なマジックアイテムだ。輝き方が違う。そして、黒地に赤色のラインが走ったローブも禍々しい魔力に充ち溢れている。

歩く姿はまるで風に吹かれて滑るような非人間的な動きだ。


 か、カッコイイ。

 身体が痙攣するほどカッコイイ。なんだこの人は。こんなカッコイイのが現実にいるのが異世界なのか。マジスゲエ。


「ご指名頂きありがとうございます。ガラルと申します。ご案内致しましょう」

「あ、よろしくお願いします」

 ヤバいぐらい目立つだろうが、まあいい。どうせ高等学院に入るようなヤツは、裕福な次男坊やいき遅れの訳あり令嬢だけだ。年齢制限解除で風俗に行ったところで、よくあることですまされるだろう。

 ギルドを出てからは馬車に乗り込んだ。

 ガラルは隣に座るが、なんだか冷気を纏っているのか左に座るガラルは寒々しい。左半身がひんやりとした。

「ガラルさんは冒険者ですか」

「そっちはどうにも性に合わず、色々と仕事をさせて頂いております」

「ははあ、なるほど。花街は初めてなんですが、オススメのお店はありますか」

「カサンドラの店がよろしい。坊ちゃんのご要望に応えられて、病気の女もおりません。花代も適正でしょう」

 花代とはなんとも風流な物言いだ。

 一人でいったらどれだけボられるか分かったものではない。そういう意味でもガイド付きというのは頼もしい。

「特技に短剣とありましたけど、戦うのもお強いので」

「難しいことをお尋ねになられる。どれほど熟達していても、その場その場で変わりますな。私とてゴブリンに殺されることもありましょうや」

「ご謙遜を。ということでもないんでしょうね。そりゃあ光モンで抉られたら、英雄でも死にますものな」

「坊ちゃんは田舎の出でいらっしゃる?」

「田舎者です。ドーレンという伯爵家ですが、実態は辺境伯に近いです。亜人領と海に囲まれてますからね」

「ほっほっほ、何度か行ったことがございます。賑やかな所ではありましたな」

「それはなんとも嬉しいですね。また来ることがあったら、是非当家に寄って下さい。兄上も父上も食客は歓迎します」

「くふふ、変わった坊ちゃんですな。私のことばかり聞きなさる」

 だってカッコイイんだもの。

 こんな魔王の手下の偉い人みたいな味のある人に、興味が湧かないはずがない。物腰もまた知性的なのがいい。ただ暗いだけでいつでも刃を抜くなんてキャラだったらがっかりしただろうに。彼は言葉遊びを楽しむタイプだ。

「いやあ、実家にいたら食客に誘ってましたよ。実に、物腰も話口も魅力的だ」

「おや、衆道でございますか」

 皮肉ってくるのもカッコイイ。

「そっちはあんまり興味ないんですよ。綺麗なのがいるのは知ってるんですけどね、まずは女からが順番というものじゃありませんか」

「ははは、なんとも通人ですな。見た目からして十五、六というところですが、落ち着いていらっしゃる」

「んー、産まれ変わりというかね、前世といいますか。そういうものは御存じで?」

「ほほほ、星詠みや淫祀邪宗の類ですな」

「世迷言として聞いてほしいんですが、俺はそれなんでねえ。前は四十年近く生きてたってえことなんですよ。まあ、子供のまま大きくなっちまったようなもんだったんで、まともな大人じゃあなかったんですがね」

「酔狂な御仁ですなあ。では、お相手も姥桜(うばさくら)がよろしいか」

「五十絡みはよくないですね。できたら三十は過ぎてほしいですけど」

「くふ、ふふふ、店主のカサンドラがそのくらいですな」

 異世界にもパネル指名はあるのだろうか。



 馬車を降りて花街の大門を潜り、店へ。

 ガラルは目立っているが、物珍しいという目立ち方ではなかった。

 渡世人の兄さんという風体の男が目を見開いていたりするので、畏怖されている気配がある。

 やっぱりカッコイイわ。

 カサンドラの店は大通りを一本外れてはいるものの、しっかりとした構えの店である。

「黄泉歩きのガラル兄さんをお連れとは、とんでもない坊ちゃんだね。さあさあ、中にお上がんなさい」

 出迎えてくれたのは店主のカサンドラだ。

 胸の空いた白いドレスにさらさらブロンドの伊達な姐さんである。見た目は三十、実際は三十七くらいか。肌を触ればもう少し分かるかもしれないが、そういうのは不作法だろう。

 左目を無くしたらしく、蝶の眼帯をしていた。伊達である。

「ガラルさん、こいつで暇を潰して下さい」

 と、用意していた金の入った包みを渡す。作法は知らないが。下足代みたいなものは必要だろうと思って用意していた。

「お気遣い痛み入ります。カサンドラ、坊ちゃんをどうぞ宜しく」

 ガラルは用心棒用の部屋へと消えていく。

「坊ちゃん、うちは色んな花を揃えてるよ。どんな子がいいね」

 パネル指名ではなくお任せらしい。

「そうですね、おっぱいが大きくて俺にだけ優しいのがいいな。歳の話は失礼かもしれないけど、三十からがいい」

「はははは、大年増だからって別に安いってぇ訳じゃないよ」

 おや、気づかないか。

「そうだね、あとは左目に眼帯をしていたら好みかな」

 我ながらキザな物言いだと、言ってから後悔した。

「面白い坊ちゃんだね。……ガラルの兄さんが宜しくなんて言うはずだよ。本気で仰ってるのかしら?」

 まんざらでもない空気感。これはいけるんじゃないですか。

「こういうことで冗談は言わないよ」

 少し思案した後で、カサンドラは俺の手を握って部屋へ案内してくれた。思っていたよりも若いな、と手の張りと柔らかさで思う。

 その後はお決まりだ。

 何をどうしたなんて話は、野暮なので言わない。中年の性技(テク)も十五年も使わなかったら錆びつくというものだが、体は若い。

時間いっぱい楽しんだ。

 セックスは気遣いと思いやりだと思うのは俺だけだろうか。そういう意味だとネトゲーと似ている。それさえできたら、中年の性技テクなんて無用の長物だ。




 帰りはガラルに頼んで安い食事処に案内してもらった。

 予算の都合で花街の外だ。どこでもいいから安くて美味いのがいいと言ったら、裏路地の奥にある妙な食事屋に連れていかれた。

「坊ちゃんは通人ですなあ。まさかカサンドラを相手にするとは」

「いい女(ひと)だったよ」

「それはそれは、紹介した甲斐があるというもの。過分な御代金も頂けましたし、気に入りましたよ」

「相場より多いですか?」

「ふふふ、当世では気風きっぷいきも廃れておりましてね。私めも、このような良い遊びは久しぶりに拝見しました」

「散財はしましたけど、そこまでの額じゃないでしょうに」

 日本にいた時の感覚なら、だいたい八万円くらい使ったことになる。

「ほっほっほ、丈に合う店で粋に遊ぶのが通人でございます。アラン坊ちゃん、今後も御贔屓にして頂きたいものですよ」

「もちろん、ガラルさんは話していて楽しいし、何よりその姿はとても魅力的です。さあさあ、食べて飲みましょう」

「では、遠慮なく」

 ガラル氏は仮面をずらして料理を口に運ぶ。

 この店の料理はインド料理に似ていた。クセがあって辛い。そして、酒も独特の濁り酒だか馬乳酒だか分からないものが出てくる。

「美味いですね」

「坊ちゃんのお口に合いましたか。あなうれしや」

 何やら盛り上がり、下宿に辿り付いたのは翌朝だった。




 高等学院での専攻は土魔法と水魔法ということになっている。

 俺は真面目に勉強している。

 平民に降るにしても、次男坊として領地で兄貴の補佐をするにしても、水や土というのは生きるのに直結する。

 内政系オリ主みたいなことはできなくても、水や土の浄化ができたらそれはそれで便利だ。潰しも効く。ということで学んでいる。

 父上母上には、こうやって帝都で学生をさせてくれることに感謝せねば。

 おかげで若い身空の一人暮らしを愉しんでおります。

 俺の住まいは学院近くの下宿屋だ。三階建ての建物で、一階は老舗の軽食の店で、二階が店主兼大家の住居。無理に付け足したような三階が下宿になっている。

 学院にはもちろん通っているのだが、最近はなんとも妙なことになっていた。



「おはよう、ミス・マドレ」

 隣の席の女子生徒に朝の挨拶をすると、露骨に目を逸らして「おはようございます」と短く返事をされる。

 別に嫌われているという訳ではなく、俺が悪いヤツだという評判に起因するものだ。

 入学式の翌日に風俗に行ったのが噂になり、その後はガラル氏とよく遊ぶようになると自然に悪党とつるんでいるという評判がたった。

 別にそういう訳ではないし、ガラル氏は紳士だ。俺を賭場に連れていくなんてこともない。

休みの日には、小遣い稼ぎに近郊で魔物の狩り方を教わっているが、それだって依頼料を支払って教わっているというのに、なんとも変なことになった。

 まあいいか。

 今更結婚とかも興味は無い。家の都合で決まることではあるし、学院でどこかのお姫様に見初められるなんてことは現実にはあり得ない。

 ぼっちは楽ではあるんだけれど、高卒の俺はキャンパスライフに憧れていた。ここは大学みたいな立ち位置なので、サークル活動もしたいものである。

 チンピラ扱いされていたら若者の言うヤリサーみたいなのに勧誘されるのだろうか。想像したら愉快で笑いそうになった。

 若者のノリは苦手だ。


 授業を終えると、シオン教授に呼び出された。

 教授の研究室へ行けば、同じく教授に教わっている学友たちがギョッと驚いた顔をする。俺は真面目に学生をしているのに失礼だよ。

「やあ、アラン・ドーレン。キミのくれた論文のおかげで面白いことができているよ」

 シオン教授は中年男性の人間種だ。

 研究一筋の水魔法使いで、ギラギラと狂気の宿る瞳をしている。善悪なんぞ放り出した研究の鬼っぽさを気に入って師事している。

「お疲れ様です。あ、水栽培はいい感じっすか」

「うんうん。今はね、水栽培でマンドラゴラをやってみたんだけど、いけるよ。生育には問題が見られない。墓場の土と同じ効能があるかどうかで、より面白い結果になるよ、これは」

 水栽培を選んだのは、前世で勤めていた工場が倒産する前にやけくそで手を出していたおかげで、ある程度のノウハウを知っていたからだ。

 色々と試行錯誤を繰り返して、野菜や根菜の生育に成功した。すると、教授が興味を示してマンドラゴラやマンイーターみたいな半分魔物みたいな野菜を水栽培で造ると言う研究が始まったのだ。

「おおー、でもそれって危なくないですか」

「大丈夫大丈夫、安全だよ。さあ、キミの意見も入れて、まずはマンドラゴラからいこう。これが成功したら次はアルラウネだ」

「魔物みたいなの造るとヤバくないですか」

「大丈夫大丈夫。上手くいったらすぐ魔法使いギルドと薬師ギルドが動いて資金援助してくれるよ」

 ギルドなんてのは既得権で出来たヤクザみたいな連中なので、金を出すとなればびっくりするくらいの額が出る。教授は金なんて研究費としか見ていないだろうけど、俺は正直ちょっと怖い。だいたいにして、ややこしい連中の出す金は危ないことになるからだ。

「先生、ヤバいとこから金引っ張るんだったら、俺は抜けますよ。全部ノウハウ渡しますから、本当に勘弁して下さいよ」

「大丈夫大丈夫、最終的には軍が入るし大丈夫だよ」

 一番危ないんじゃないのか、それ。

「本当イヤですよ。手切れ金でいいから、俺はもう関係ないってことにしてくれませんかね」

「水栽培はボクよりキミが上手いじゃないの。やろうやろう。新しいことできて楽しいよ」

「えー、ちょっとヤだなあ」

 と、だらだら話していたら、他の研究員のみなさんは聞かないフリだ。

 そりゃそうか。

 とりあえず手順やら何やらをまとめたレポートを渡して退散する。

 変なことにならなきゃいいけど。




 今日の休日は、狩りに行く。

 街を囲む城塞の外には、この世界最大の資源である魔物がいっぱいいる。

 とんでもなく強いバケモノはいないが、それなりに危険な動物はたくさんいるが、だいたいは熊以下猪以上だ。

 ガラル氏と一緒に猪レベルを狩る。

 今日はジャンケンで俺が勝ったので、ザリガニのデカいのを狩ることにした。

 半殺しにして内臓を半分ほど出したゴブリンを餌にすると、沼にいる彼らはザバッと現れて釣れる。だいたい土佐犬くらいの大きさだ。

「坊ちゃん、見ていますからお気をつけて」

 餌に夢中になっているところを廻りこんで、スレッジハンマーで頭を叩く。

「うっし」

「まだ生きてますよ。油断しない」

 頭が半分潰れているのに鋏を向けてきたので、ハンマーを捨てて逃げた。何より命が大事だ。死んでもいいが、あんな鋏でぶつ切りにされるのは痛そうなので嫌だ。

「酸、水、投げる」

 水魔法の単式詠唱で塩酸のようなものを飛ばすと、ザリガニは大いに暴れて動かなくなった。

「坊ちゃんの魔法は美しくないねえ。これじゃあ頭は売れない」

「身はいけるよ」

「この身を餌に次のを釣り出しましょう」

 ガラル氏曰く、狩りとは日銭稼ぎ。マイナスの出るやり方で酒を飲むなどロクデナシの怠け者の始まりということらしく、上手くできるまで狩りは終わらない。

「ダメですか」

「駄目です」

 合格しないと帰りに一杯なんて誘っても、不機嫌になって帰ってしまう。さらに厭味まで言ってくるので、この人が多少は問題児扱いされているのもなんとなく頷ける。こんなにカッコイイのだから、大目に見るべきではなかろうか。

 スレッジハンマーの振り回し方から、ハンマーにエンチャントしたらいいんじゃねえ、ということに気付くまでをほぼノーヒントで教えるのはどうかと思う。

「先生、俺だって伯爵家の次男なんでもうちょっと手心ってのをなんとか」

「はははは、坊ちゃんにそんな風にしたら面白くないじゃありませんか」

「いつもながら皮肉屋なところが素敵です」

「私以外には衆道だと思われるからやめなさい。やめなさい」

 きたっ。

 ここだ。

「二回言う必要ありますか?」

 できるだけ真面目な顔で言い、三秒ほど見つめ合う。

「大事なことでしたので二回言いま。ぶふっ、ぶははははは。あなたの教えてくれた『大事なことなので二回』別の所で使ったら笑いがとれましたよ。これはとてもいい。また何かあったら教えて下さい」

 ガラル氏はシュールネタが好きだ。

 たまにツボに入るらしく体を断末魔の蛇みたいにくねらせて笑う。薄気味悪いことこの上なし。でもそこが好き。

 朝から夕暮れまでザリガニ釣りをして、売れそうな部分を袋詰めにして魔石回収。

 魔石というのは魔物の中にある胆石みたいなものだ。よく分からないが魔力があるらしく売れる。人造真珠みたいで俺は嫌いじゃない。

「これなら及第点でしょう」

 これは、一杯やるのはやぶさかではないというサインだ。

 二人で荷物を分け合って生活安全ギルドへ売りにいく。

 冒険者ギルドの方が買取価格は割高なのだけど、ギルドというのは八方美人を嫌うのでどこか一つに絞る方がいいらしい。ローンの審査も通りやすくなるそうだ。

 金貸しをヤクザみたいな公的機関がやっていて、審査はギルドへの貢献度と信頼度。あれ、前世とそんなに変わらない。ははは、人なんぞどこでも同じか。

「ガラルさん、最近なんか力がついたっぽいんですけど。あれですか、魔物の魔力を吸って強くなったとかそっち系ですか」

 仮面の奥から困惑が伝わる。

「そんなんで強くなれたら、その辺の日銭稼ぎは英雄になってますよ」

「そりゃそうか」

 魔石をボリボリ食ったらモリモリ強くなるという都市伝説があって、魔石の粉は薬としても利用されるが効き目はないそうだ。むしろ、変な病気になる。

「今日はどこで飲みます?」

「アラン坊ちゃんは好き嫌いが無いですからなぁ。そうだ、異国人が来ておりますので、そちらで珍しいものを食べましょう」

 ガラル氏はグルメだ。安くて美味いモノを捜すのが好きらしい。ドレスコードなど、もちろん無い場所限定になる。

「いいっスね、行きましょう」

「行こう」

「行こう」

 そういうことになった。

 この人、本当は何人なのだろう。亜人か人間かも定かではない。そんなミステリアスなところもカッコイイ。仮面の下は、バケモノ、美形、意外と普通、想像すると面白い。

 あ、同級生だ。

 通りを歩いていたら、ミス・マドレたちとすれ違う。

 怪人と一緒に歩いてるから悪党扱いされるのだろうか。

 俺は子供のころからヒーロー物は悪役が好きだった。頼もしくていいじゃないか。ガラル氏は確実に幹部だ。「ヤツめを必ずや葬り去ってみせましょう」とか啖呵を切って欲しい。



 飲みすぎてしまった。

 いつも朝になって後悔する。特に、今日は鼾で頭が痛い。

 ガラル氏と二人でだらだらと飲み続けていたら、いつの間にか朝になっていた。

 落花生の水煮に似たものが安かったのも悪い。あれは、ついつい飲みすぎてしまう魔性の肴だ。

 ただ、面白いことがあった。

『おはようクソ野郎』

 木彫りの半魚人風の人形が言う。呪いの人形っぽいのに、声はコミカルなオッサン風だ。

「おう、おはよう」

 喋る半魚人人形は、異国人からもらった。

 酔っ払いすぎていて今一つ詳細は思い出せないが、何やら話が盛り上がって小話をしていたら大層喜んでくれて、あげるよ、もらうぜ、ということになったはずだ。

『おい、オレは朝食ってヤツを何百年も食ってねえが、アランは食うのか』

「そりゃ食べるよ」

 下宿の部屋には硬くなったパンがある。

 台所で湯をもらい、茶を沸かしたら、それに浸して食うのだ。ボソボソしているが、安くていい。

 一階の台所で薬缶に湯を貰い、クズ茶葉を放り込んだら出来上がりだ。

 美味くはないが、腹は膨れる。

『魚介類とか食えよ。あと野菜もバランス良く』

「お前そっち側だろ。野菜は昼に食べるし」

『魚介者はそんなの気にしねえ。陸のヤツらとは根性が違うよ』

「おお、ロックだな」

ロック?』

 分からないなら別にいい。

「よっしゃ、学校いってくるわ」

 腹もくちくなったので、制服を着て髪を整える。

『オレもつれてけよ』

「ヤダよ。すげえ変な噂になるって」

『お前、帰ってきたら部屋中ワカメだらけにすっぞ』

「うわっ、それすげえイヤだな」

『捨てたら毎日帰ってきてやる』

「タチ悪いの貰っちまったなあ。学校では喋るなよ、いいな」

『それは約束できない。だけど、ワカメは出してやる』

 木彫りの人形が輝いて、その足元からワカメがニョロニョロと出てきた。

「こわっ。なにそれ、コエーよ」

 あ、昨日食べた時に出されたワカメスープ、多分こいつが出したヤツだ。

 地味に便利だけど、こんな便利なヤツを貰って本当によかったのだろうか。

 ファンタジー世界だし、コンブを出せるヤツもいるのだろう。こんなウザいのが二体もいたらイヤだし、きっとそういうことだ。

 そう思うことにした。

『オレは満足度により魚も出せる。それ以上もあるかもよ?』

「地味にすげえな」

 妥協は中年の特技テクだ。今は十五歳だけど。



 学校にいくと、ミス・マドレからゴミを見るような目で見られた。

 ガラル氏は「くくく」と悪役風の忍び笑いを漏らす。

 たまに、不気味なヤツや異国人の水夫が拝みにくるが、気にしないことにした。

 冒険とかしてえな、ゲームっぽい世界で。

 そうは思うものの、毎日をダラダラと過ごしてしまう。

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