とあるカップルの食卓と、あと映画館デート、それと思い出話などの対話劇。
仲良しカップルがいちゃいちゃ過ごす様を眺める感じのお話で、ジャンルはラブコメとなっています。分量は約3,000文字強と非常にコンパクトで、登場人物は『楠くん』と『雫』の二名のみ、彼らふたりの対話を中心にその過去や関係性を掘り下げていく、といった筋の作品です。
非常にシンプルな構成で、わかりやすいというか話の筋そのものはとても追いやすいのですけれど、そのぶん主軸の部分で攻めてくるというか、いろんな読み方の可能性を提示してくるようなところがあります。
例えば、一番わかりやすいのが作品の紹介文、本文外の部分に書かれた「ノンセクシャル」という語とその説明。最初に目に入るところに書いてあったため、なんとなくそれを前提として読み始めたものの、でもこれは本当にノンセクのお話だったのか? その辺を確定できるだけの記述は本文中にはどこにもなくて、だからもしかするとミスリードなのかも——というのはさすがに穿ち過ぎというか、書いてある以上はそれに準ずる姿勢で読みはしたのですけれど。それでも(というか、それはそれとして)彼女や彼の自認や解釈、またその感覚についてどんどん想像させられてしまう、いわば想像の余地のようなものこそがこのお話の肝だと思いました。物語としての核というか、きっと一番おいしいところ。
もともとグラデーション(段階的)であると言われるセクシュアリティに関して、彼女自身の言葉で語られているわけでもなければ、恋人たる彼の見解が示されているわけでもない。なにしろ「ノンセク」という語を初めとして、セクシュアリティを直接的に言い表す単語は、作中に一切登場しないんです。ぼんやり想像しみただけでも、いろんな解釈が思い浮かぶ。
この「直接言い切ってしまわない」ところが好きです。もともと個々人で全然違うものを、でも便宜上わかりやすく大雑把に区分けする程度の言葉だとしても、やっぱりはっきりした名前で表されるとその印象が先に立ってしまう——逆説、はっきりそう呼ばないことで固定観念やイメージを先行させることなく、個人のパーソナリティとして書き上げること。前述の「想像の余地」でもあるのですけれど、それ以上にはっきり「彼女の(そして彼の)物語」に仕上げているところがとても魅力的でした。
その上で、というかなんというか、やっぱり好きなのはいろんな解釈が考えられるところです。彼女は自分をどう捉えているのか? そして彼にはどう見えているのか? ノンセクやAセクもそうですけれど、そうでなく性に対する抵抗感(いわゆる性嫌悪)であったり、また世に言うロマンティック・ラブ・イデオロギー的なものに対して辟易しているだけなのかもしれない。この辺どれでもあり得るというか、考え続けるうちに少しずつ「あれっ、このどれでもない可能性も……?」となってしまう、この不安な感じがたまらなく好きです。
誤読の恐怖、というか、自分が意地悪な人間になったような気分。ヒントになりそうな情報がどれもこれも危うく(地の文はすべて楠くんの主観でしかないというのもある)、特に最後一行なんかはもうものすごい爆弾投下で、それでも解釈に確信が持てないのはたぶん、自分がへたれなだけなのだと思います。なかなかに考えさせられることの多い、攻めの姿勢を感じるラブコメでした。