第39話 ぼっちな皐月お姉ちゃん




 ゴールデンウィークも終わって、俺は新潟県のド田舎まで戻って……来ることもなかった。



「由紀ちゃん、学校行くよ」

「わかった!」



 都会で発生している悪鬼の出没は減少傾向にあるものの、その代わりに強い妖怪が出没するようになったらしい。

 お母さんは師匠とド田舎の警護に当たるらしく、学校が始まる白菜たちと一緒に田舎へと帰ったのだ。

 退魔統括協会の偶然に偶然が重なり、暇人な妖怪は俺だけだった。

 そこで退魔統括協会の人は、一週間だけで良いからと、土下座して頼み込んで来たのだ。俺としても皐月お姉ちゃんのことが心配だったので、少しの間だけならと自らの意思でこちらに残ったのだ。



「今日は焼き肉だから、早めに帰ろうか」



 ……というのは、ほんの冗談で、実際は単にお肉に釣られただけである。

 クッ! 退魔統括協会め!

 お肉さえ出せば釣れるとか姑息なことを考えやがって!

 なんて卑劣な……!



「うん、行こっ」



 俺は妖術で人目には姿を見えないようにして、皐月お姉ちゃんの後を追うように高校へと向かった。

 皐月お姉ちゃんの高校は、前世で俺が通っていた高校と同じ学校だが、制服は旧式のセーラー服である。前世で通っていた時は、ブレザーへだったために少し新鮮味があった。


 朝の通勤ラッシュは大変だ。激混みの列車では人々が尻を押し合い、男共は痴漢を疑われないようにと手を挙げている。

 そんな通勤ラッシュも妖怪の俺には屁でもない。人間の足ぐらい余裕で透けてみせる。



「……もしこのまま戻ったらどうなるんだろ?」



 ふと思ったことを口にした。

 壁とかならそのままめり込むだけだが、人間相手でやるとなると話は変わってくる。

 このオジサンに貼り付いたまま連れ去られるとか?

 それ実質誘拐だな。なにもしてないのに犯罪者とか、可哀想過ぎてお疲れさまとしか言えんわ。



「由紀ちゃん、降りるよ」

「はーい」



 皐月お姉ちゃんが誰にも聞こえないような小声で話しかけてくるので、それに返事をした。

 俺が並の人間程度の聴力しかなかったら聞き取れなかったな。……というか今の声、どうやって出した?


 電車の駅を降りれば、階段を降りてすぐ正面の場所に校門が見える。けれど残念ながら、アレは大学の校舎だ。高校は大学を通過したその先にある。

 辺りを見回せば、皐月お姉ちゃんと同じ服を着た生徒たちがソロだのマルチだので歩いている。皐月お姉ちゃんはもちろんソロだ。


 ――腹違いとは言え、父親が同じ姉だ。コミュ障に決まっている。


 その証拠に学校での話は持ち掛けても授業の話しかしなかった。酷いことを言うようだが、俺と同じように友人なんて居ないのだろ。



「……由紀ちゃん、その目やめて」



 ……バレたか。

 けど、それは事実のようだ。それに俺に似ているということは、バカな可能性も十分にあり得る。バカであったなら、俺は喜んで同じ気持ちを分かち合える同士となり得よう。



 ◆



 授業が始まった。

 それまでの間はどうしたか?

 不思議なことに、靴を履き替えて椅子に座ってたら時間が過ぎていたんだ。不思議だろ?



「まあ、要約すれば誰とも話さずにボーッとしてただけなんだけどね」

「…………」

「つい自虐をしちゃっただけだから、皐月お姉ちゃんのことは言ってないからね……」



 そう言いつつも、俺は席に座る生徒の身体を透かして、皐月お姉ちゃんのノートを覗き見る。そこには黒と赤の二色というとても花の女子高生には思えないノートがあった。


 周囲には、俺は教養が無かったという認識になっているので、文字は読めない認識になっているのだろう。皐月お姉ちゃんは堂々としていた。

 確かにそこに書かれている文字は『征夷大将軍』だとか『参勤交代の制』だとか、見ているだけで吐き気を催す文字だ。

 だが、読めないわけではない。

 ノートの端っこに書いてある『旧式爆破ー妖狐』という文字もハッキリと読める。


 ……このことは黙っておいてやろう。誰にでもそういう過去はあるものさ。



「……暇だ」



 話は変わるが、誰とも会話する事ができない俺は暇を持て余らしていた。皐月お姉ちゃんも完全無視で構ってくれないし、護衛の仕事があるために皐月お姉ちゃんからは離れられない。

 こうして太った女子生徒に透過して、妊娠ごっこをすることぐらいしかやることがない。

 こんなことをして何が楽しいのだろうか?



「暇だし皐月お姉ちゃんを笑わせよ」

「!?」



 俺の突拍子もない言葉に驚いた表情をした皐月お姉ちゃん。皐月お姉ちゃんを笑わせるにはどうすれば良いのか?

 そんなことは簡単だ。教師にイタズラすれば良いのだ!

 イタズラとは妖怪の権利だ。誰であろうと邪魔はさせない。



「明治時代に西洋文化が入ってき――」

「えいっ!」

「――たことを文明開化という」



 教師の爺さんの顔面を氷漬けにする。

 人間に見えていない状態であれば、人間は少し冷たく感じる程度だ。当然その氷も見えない。

 けれど、妖怪を視ることができる人間や妖怪は違う。氷漬けになった状態で見え、尚且つ表情すらも止まった状態で見えるのだ。


 この爺さんがちょうど変顔をしたタイミングで顔を氷漬けにしたことで、皐月お姉ちゃんは思わず吹き出した。



「……どうした?」

「ごほっごほっ、大丈夫です」

「そうか」



 噎せたフリをして何とか誤魔化した皐月お姉ちゃん。

 ……皐月お姉ちゃんだけの反応を見てても詰まらないな。

 それに、他の人間にもこの爺さんが氷漬けされた顔を見て貰いたい。なかなかの自信作だったからだ。ちょっと興奮してきた。



「先生、少し寒いです」



 おっと、つい妖気が漏れてしまった……。

 白菜たちが言うには、俺から漏れ出る妖気は通常の人間にも影響が出るほど冷たいらしい。

 普段は栓をキツく閉めているので漏れることはないのだが、妖術を使ったばかりで栓が弛くなっていたみたいだ。


 ……怒られるといけないし、イタズラもここまでにしておこ。



 ◆



 昼食……は、皐月お姉ちゃんが屋上でぼっち飯を決めて下校もたった一人で帰路についていた。

 ……完全に悪鬼の鴨じゃないか。一般人と行動した方が良いってお父さんも言ってただろうに――!



「ふんっ!」



 ……ほーら、言わんこっちゃない。


 背後から奇襲を仕掛けてきた悪鬼に氷柱を一発お見舞いしてやり、護符を貼り付ける。

 護符の貼り付いた悪鬼は、砂のように溶けてその砂は天に召されるかのように消えて逝った。



「……由紀ちゃん? どうしたの?」

「ううん、何でもない」



 皐月お姉ちゃんに気付かれずに済んだ問題はお父さんに口止めされている。理由はわからないが、半妖である皐月お姉ちゃんが狙われるのは非常に珍しいことらしい。

 それがどうちゃらこうちゃらとか、子供にはわけのわからない専門用語を用いて無理やり納得させようとしてきた。

 文脈が無茶苦茶だったことはすぐにわかったが、それと同時に黙って置きたいという強い意志を感じた。


 黙っていれば、だっきちゃんのアクリルキーホルダーを買ってくれると言ったので、俺はそれに従うことにしたのだ。



「よしっ、焼き肉だぁー! 焼き肉焼き肉♪」



 その日、俺はあまりの衝動を抑えきれず、高級生肉を食べた――。




「お腹痛いよぉ……!」

「そりゃ生肉食べればそうなるだろ」

「うぐぐぐっ」



 妖怪なら普通、生肉食べた程度でお腹下さないでしょうが!

 なんでこんなときだけ理不尽さを見せてくるんだ!

 ホント、サイテー!!


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