第38話 尻尾と焼き肉と氷漬け



 悪鬼の襲撃があった翌日。

 お父さんとお母さんが退魔統括協会に報告へと赴いたため、今日は外出禁止を言い渡されていた。



「だっきちゃんと雪娘ちゃん……!」



 やはり原作再現は熱いッ!!

 しかもお父さんが隠し持っていたフィギュアを飾るケースに入れることで、埃被りを防ぐことができた。

 どれだけ見てても飽きないな。

 さすがは三万八千円。

 それだけ見合う価値がある。



「由紀ちゃん、ボクとゲームしない?」

「ゲーム?」



 テレビ画面に繋げられているのは、四人対戦ができる古典的パズルゲームの一つ、テトリスだった。

 俺、頭を使うのは苦手なんだよな……。正直やる気が起きない。



「あっ、だっきちゃんだ」

「よしっ、やろう!」



 リビングの席から瞬間的にソファーの上へと移動していた。コントローラーを探していると、皐月お姉ちゃんが渡してくれたので、お礼を言う。



「ありがとう、皐月お姉ちゃん」



 だっきちゃんで思い出した。

 昨日は睡魔に負けたこともあって、そのまま放置してしまったが、皐月お姉ちゃんに訊かないといけないことがあったな。



「皐月お姉ちゃん、昨日戦ってるときに狐耳と尻尾あったよね? アレ、どうしたの?」

「……あっ、これ?」



 ふわりと尻尾が姿を現すと、皐月お姉ちゃんはそのもふもふな尻尾で俺の頬を撫でる。

 ちょっと気持ち良くて、癖になりそうな柔らかさだった。



「ボクも半妖だからね。普段は人間らしく振る舞うために妖術で隠してるんだ。耳と尻尾は妖術で隠さないと、一般人は視認できないみたい。だから退魔士として仕事する時だけ耳と尻尾を出してるの」

「へぇー」



 悪しき者と戦うときだけ一般人に見えなくなるとか、魔法少女みたいだな。

 魔法少女だって敵と似たような力を使ってるし、それを妖術だとすれば皐月お姉ちゃんが魔法少女だと語っても問題ないのではないか?



「もふもふだぁー!」

「あひゃぁ!?」



 皐月お姉ちゃんが変な声を出したことに驚き振り向くと、みこが皐月お姉ちゃんの尻尾に抱き付いていた。

 そして、それに続くように白菜も皐月お姉ちゃんの尻尾をもふもふとしていた。

 …………ずいぶん楽しそうだな。



「これがあるから人間は嫌なのぉ!」



 飛び付こうとした瞬間に響いた言葉が俺のことを引き留めた。

 ……危なかったな。危うく皐月お姉ちゃんに嫌われる所だった。



「どういうこと?」

「ボクの尻尾には人間にしか効かない魅了効果があるみたいで、人間が見るなりもふもふ衝動に駆られるんだ」

「なるほど」



 もふもふ衝動か……わからなくはないな。白菜たち程ではなかったが、俺も飛び付きたいとは思ったからな。

 半妖だから理性で抑えられる程度だというものの、効果があったというわけか。

 俺が思考していると、皐月お姉ちゃんが妖術を使って尻尾を消した。



「あれ?」

「私たちどうしてたんだっけ?」



 二人とも記憶が曖昧になっているようだった。魅了されてる間の記憶は消えてるみたいだ。

 上手く使えば白菜の顔に落書きすることも出来そうだ。



「……皐月お姉ちゃんは自分でもふもふしたいとか思わないの?」



 自分の尻尾追いかけてる犬とか聞いたことあるし、ウロボロスみたいな……?



「うーん、ちょっとは思うけど、そこまでじゃないかな? 由紀ちゃんはどう?」

「わたしもそんな感じかな?」

「やっぱりね……」



 皐月お姉ちゃんの「もう尻尾は出さない……」という本音が透けて見えた。

 記憶が抜け落ちていたみこと白菜は、俺と皐月お姉ちゃんがすっかり忘れていた早くテトリスで遊ぼうと言い始めたのだった。


 ――テトリスとかクソどうでも良くてすっかり忘れてたわ……仕方ない、白菜をボコボコにしてやりますか。



「はい、由紀アウトー! ザーコザーコ!」

「ぐぬぬぬぬぬっ……! 白菜の癖に……!」



 俺が負ける度に、白菜が煽ってきて滅茶苦茶ムカついた。



 ◆



 結局、一度も勝つことが出来なかった俺は、少しだけ不貞腐れていた。



「ちょっとした遊びなんだから、そう拗ねないの」

「だって……」

「ほら、折角の美味しいものが無駄になっちゃうわよ。由紀はどれにする?」



 お母さんがお店のメニューを開いた状態で見せてくる。

 高級焼き肉のメニューには、どれも美味しそうなお肉の写真が写っていた。

 もしこれが経費じゃなくて自腹だったなら、その下に書かれている価格を見るだけで気絶してしまいそうだ。



「お母さん……数字がいっぱい……」

「お、落ち着きなさい由紀……。こんなもの、もう二度と食べることはできないわよ。本当に食べたい物だけを選んで頼むのよ」

「う、うん……!」



 本当に食べたい物だけ……つまり、容量が少なくて値段が最も高い物を選ぶんだ。

 ここでの商品選びが命取りとなるぞ……!



「……特選サーロイン!」

「由紀って漢字読めるんだ……」

「簡単なのぐらい読めますー。白菜が読めなかった選ぶっていう文字ぐらい読めますー」

「なッ!? て、テトリスで勝てなかった由紀には言われたくないもん!!」



 グサァッ!!!



「……どうせわたしはパズルゲームなんてできませんよーだ」

「あっ、ごめん。そんなつもりじゃなかったのに……」

「いいのよ。今のは由紀が悪かったから」



 どうしてお母さんがそっち側に付くのさ。厳しい癖に過保護な親バカ代表でしょうが。きちんとこっち側に付いて、白菜に大人の理不尽さを見せてやってよ。



「まったく、何してんだか……」

「あははっ……」



 俺の右側に座るお父さんは深く溜息を吐き、その正面に座る皐月お姉ちゃんは渇いた笑いで誤魔化していた。

 それから注文も終えて、五分ぐらい経った頃。



「お待たせしました。特選サーロインになります」

「おおー!」



 紅い! でも白い! 紅白だ!

 まだ焼けてないのにも関わらず美味しそうだ。このまま食べてしまいたい……。



「じゅるり……」

「待てっ」



 箸を持った俺の手をお父さんが掴む。

 なんで邪魔するの……お肉は、わたしの、もの、だ!



「コイツ理性がないぞ!」

「由紀! 少し凍ってなさい!」



 カチンッという音がなると同時に、俺は氷漬けにされた。



 ◆



 その夜――。



「ひっぐ……」



 お父さんに抱えられた俺からは嗚咽が漏れる。

 けれど、誰一人として俺に声を掛ける者は居なかった。



「せっかく楽しみだったのに……もうやだぁ……」



 コイツらは俺のことなんてすっぽかして、高級お肉を貪ったのだ。しかも、忘れられてたわけじゃない。お母さんが氷漬けにしたは良いものの、溶かし方をド忘れしたのだ。

 俺が氷漬けから解放されて目を覚ましたのは既に帰宅後のことで、先ほどまで匂っていた香ばしい香りが一瞬で霧散したのだ。

 こんなことがあって良いのだろうか?

 ――否、良いわけがないッ!!!

 心の底から憎んだ。

 俺のことを氷漬けにし、その溶かし方をド忘れしたお母さんを――!



 俺の悲痛な泣き声は一晩中止むことがなかった。

 あまりにも可哀想だと思ったお父さんが高級とは呼べないものの、美味しい焼き肉店へと連れて行ってくれることになったのだった。



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