逆行転生した俺、なぜか雪娘になっていました。

名月ふゆき

第1話 オタク、雪娘になる



 

 ――逆行転生。


 物語上でよくある『人生のやり直し』というヤツだ。大抵は知識チートを使って幼い頃に好きなことの能力を底上げすることで有名だ。

 中には前世と性別が変わったなんてモノもあり、意外と奥が深いジャンルである。

 そしてそれが今、俺の身に起きている。俺は、人生をやり直せるのだ。





 ――妖怪として。


 いや、それ人生じゃないじゃん。




 ◆




「由紀、ちょっと手伝ってー」

「はーい」



 お母さんに呼ばれ、庭へと飛び出す。

 ここは、新潟県の片鱗にあるド田舎。

 我が家には、何年経っても使い道のわからない水車が設置されており、お隣さんは自動車で五分ぐらいの場所にある。

 我が家から見渡す風景は、常に山と畑のみで、ある意味秘境とも呼べるような土地だ。


 世は平成末期というネットの時代であるにも関わらず、我が家はテレビ一つない幕末の文化を築いている。なので野菜を栽培したりして自給自足とも言える生活を送っているのだ。

 そのため、こうして俺が手伝いに出されることが多々あった。


 外へ出れば、畑でお母さんがかご一杯に野菜を詰め込んでいた。

 今日収穫した野菜は半年に一度、収穫の時期にやって来る業者さんがお金へと交換してくれるのだ。



「今年は沢山採れたね」

「そうね。これで由紀もたくさん料理できるし、修行も捗るわね」

「えぇー……別にいいよ……」

「ダメよ。料理も修行も頑張らないと大変なことになるわよ」



 お母さんは俺の頭を撫でながら、俺に最も現実的でない言葉をハッキリと突き付けた。



「由紀は『雪娘』なんだから」



 ――そう、今世の俺は『雪娘』と呼ばれる妖怪なのだ。


 実はお母さんは雪女で、俺はその娘だから雪娘と呼ばれていると、お母さんが言っていた。

 当然、俺はそんなこと知らない。前世では普通のオタクだったし、お母さんとは10歳のときに生き別れてから一度も会っていない。そんなお母さんから、妖怪ファンタジー話を聴かされた時は、新品・未使用のまま消えていった相棒との思い出が消し飛ぶぐらいにまで困惑した。

 逆行TS性転換転生モノは知っているが、逆行転生で妖怪になったヤツとか見たことない。なのでそんな現代ファンタジーを俺は信じることができなかった。



「まだ信じてないの?」

「当たり前だよ」

「これを見ても?」



 お母さんは指を軽く振ると、この猛暑とも言える日に雪だるまを完成させた。

 いつもこれで黙らされてしまう。

 冬場ならマジックだなんだ言って誤魔化せるが、夏場でこんなことをされては何も言えないのだ。



「……わたしが雪娘って証拠じゃないし」



 俺は意味の無いような無駄口を叩く。

 ――そう、心の何処かではわかっているのだ。

 ――俺は人間ではなく、何か別の生物なのだと。


 お母さんの力は本物だ。それは否定しようのない事実。

 ならば、その娘である俺にも影響を与えてもおかしくないのだ。



「まだ力が覚醒してないから分かりにくいだけよ。あと一年もしないうちにわかるようになるわ」



 お母さんは収穫した野菜を倉庫にしまうと、俺の首根っこを掴んでバイクのサイドカーに座らせた。



「ほら、修行に行くよ」



 着ている着物を気にする様子もなくバイクに跨がると、お母さんは修行場へとバイクを走らせた。

 我が家で唯一の現代文明を誇るこのバイクは、田舎では必需品だ。これがないと、どこかへ移動することが不可能なのだ。



 ◆



 お母さんの言う修行とは、バイクで10分ぐらいの場所にある神社だ。そこには前世でも幼馴染みであった双葉白菜ふたばしろなという女の子が住んでいる。

 白菜は前世でも巫女を目指していて、小さい頃はよく『神楽ごっこ』をして踊っていて、幼い頃はとても仲良しだった。



「災いをもたらす妖を祓いたまえっ!」



 でも、今世に限ってはそうでもないのかもしれない――。

 バイクから降りて神社の階段を登っていると、上から手加減無しの弓矢が降ってきた。

 咄嗟に身体を捻って避けると、舌打ちのような音が聞こえてきた。



「コレ怖いから奇襲はヤメテって言ったよね!?」

「妖怪の身でよくそんなことが言えるね」



 巫女の格好をして弓に付いた鈴を鳴らす幼女が一人、そこに立っていた。

 彼女こそが俺の幼馴染みにして、修行の仲間である双葉白菜だ。



「はいはい、二人とも仲良くね」



 お母さんは、両手を叩いてその場を制すると、俺の手を引いて足を動かし始めた。


 妖怪と巫女といえば、互いに争い合う存在なのではないかと思うのだが、必ずしもそうというわけではない。

 悪さをしている妖怪だけが争う対象になるだけで、普通の妖怪とは特に争ったりすることはない。

 なので雪女のお母さんや雪娘の俺が神社に入っても怒られないし、退治されることもない。……はず。



「おはよう、竜玄りゅうげんさん」

透花とうかか。おはよう」



 鳥居を潜って正面から神社の敷地に入ると、お母さんが白菜とその隣にいる師匠――双葉竜玄に挨拶をする。

 それに乗じて俺も師匠に挨拶をすると、白菜もお母さんに挨拶をした。



「今日も由紀をお願いね」

「任せておけ」



 お母さんは俺を残して神社の敷地内にある一軒家へと向かって行った。お母さんは白菜のお母さんと世間話をするのが大好きなのだ。

 残された俺は白菜と共に修行を励むことになった。



「二人とも、まずは瞑想からだ。心を鎮めて己の内側にある力を感じ取るんだ」

「「はい!」」



 俺と白菜は師匠に返事をして、縁側で瞑想を行う。瞳を閉じて視界を遮断し、心の底に感じる前世にはなかった感覚に触れる。これが妖怪の力の源だ。これを使えばお母さんみたいに雪だるまを作ることができるらしいが、今はできない。

 お母さんは覚醒すると急激に増加すると言っていたが、いまいちピンとこない。



「それまで!」



 俺も白菜も瞑想をやめて瞳を開く。このあとの修行は柔軟体操をした後に走り込みや体術などの近距離戦闘における技術を習い、白菜が良い感じに汗を掻いた所で滝行をして終了である。

 滝行の際には外で服を脱いだりしないようにするため、予め『行衣』と呼ばれる滝行でお馴染みの白い着物を着ている。



「あばばばばば……」



 横で俺と同じように滝に打たれる白菜がガタガタと震えている。

 確かに季節は、冬開けというとても寒い時期ではある。

 それにも関わらず、白菜は先ほどまで『行衣』一枚で俺と修行をしていたのだ。ハッキリ言って人間を辞めてると思う。



「由紀はズルいよぉ!」

「大丈夫? 顔色悪いよ?」



 雪娘である俺に低温は無意味だ。

 覚醒すれば温度そのものを操れるようになるらしいけど、今は無理。だけど、寒さ我慢大会には自信がある。

 この滝行も水が邪魔で、少し呼吸がしにくい程度だ。他には特に苦しいことはない。

 だから――――



「早くギブアップしてくれない?」

「ゼッタイヤダ!」




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