ACT86 終わる世界

 高等部校舎へ行くリッカと別れたクローディアは、初等部校舎へと向かった。

 校舎の前では、花壇に水遣りをしながら生徒達に挨拶をするラッケンガムの姿があった。

 ラッケンガムはこの春、引退した学園長に代わって新たに学園都市スレイツェンの学園長に就任していた。そしてクローディアは、自分を教師として推薦し迎え入れたのがこの老いた教師であったことを聞いている。

 そのときクローディアはようやく理解した。

 アスキスが自分に教師となることを願った本当の理由が。

 彼は見据えていたのだ。

 聖女としての役目を終えたクローディアの未来すらも。彼は最後までクローディアのことを考えていたのだ。

「おはようございます。ラッケンガム学園長」

 ラッケンガムはゆっくりとクローディアへ向き、にっこりと笑った。

「クローディアか。いよいよ教師として新たな生活が始まるな」

「色々悩みましたが、これで良かったんだと思います。私を教師としてこの学園に再び迎え入れてくれたこと、感謝の言葉もありません」

「それは甲斐があったというものだな。新たな何かに挑むというのは、常に人を成長させてくれるものだ。世の担い手とは、何も聖女様のように偉大な存在でなくともよい。自分の出来ることを精一杯やりなさい。そして未来へとしっかり繋いでいくのだ。もし、それでも道に迷うことがあるのなら、そのときはこの老いぼれを頼りなさい」

「はい、ありがとうございます!」

 クローディアは深々と礼をすると、自分の受け持つ教室へと向かった。

 始業の鐘が鳴る。 

 それと同時に、クローディアは扉を開いた。

 中へと入り、教室を見渡す。

 生徒ひとりひとりの顔をゆっくりと眺めた。

 初めて見る顔も、そして今まで自分の授業を受けてきた生徒達の姿もあった。

 生徒達を前にして、クローディアは何故か声を発することが出来ずにいた。

 柄にも無く緊張に身体が震えている。

 果たして自分は、今までどうやってこの場所に立っていたのだろう――そんなことすら考えてしまう。しかも、それが思い出せない。

「え、えーっと……」

「ずっと待ってたよ、クローディア先生」

 困惑するクローディアに、そんな声が届いてきた。

 そう言ったのはクライヴだった。

「授業を始めようぜ、クローディア先生」

 パトリスが言った。

「おかえり、クローディア先生」

 にっこりと笑って言うのは、ノエルだった。

 クローディアは思わず口元を抑えてしまう。

 自然と目から零れ落ちるそれを袖で拭い、自身にようやく落ち着きが取り戻されたことを実感すると、大きく深呼吸をしてクローディアは言った。

「ただいま。みんな!」

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