ACT66 舞い上がれ
『我は与える〝流れし大気〟』
ヴェルとリッカは、列車が駅へと到着するや否や駅舎を飛び出し、学園都市スレイツェンへと続く商店街を強奪した蒸気トラムで駆け抜けていた。
リッカの聖典術〝流れし大気〟によって爆発的な加速を叩き出す蒸気トラムに、居合わせた住民はただ呆然と二人の強奪劇を見ていることしか出来なかった。
「動かしてみたかったんだよねー、これ!」
運転台で蒸気トラムを操作するリッカが嬉々として言う。
限界をとっくに超えた速度で爆走する蒸気トラムはその超高速に悲鳴を上げ、車輪は火花を撒き散らしているが、リッカはお構いなしとその強いる手を緩めない。
「次、左急カーブ!」
リッカが蒸気トラムの天井に立つヴェルに叫んだ。
「任せろ!」
『我に与えよ〝流れし大気〟』
ヴェルは蒸気トラムが左に大きく曲がる線路へと差し掛かると車両の右側へと身を乗り出し、握る聖典刀を突き出した。
聖典術で生み出された強烈な風を一気に解き放ち、進入速度を大幅に超過して脱線寸前となった蒸気トラムを強引に線路へと引き戻す。
「上手い上手い! さっすがヴェル!」
ふとリッカは、運転台の傍らに掲げられていた路線図に目をやる。
急勾配の商店街を抜けた蒸気トラムは学園の敷地内を通り抜けはするものの、その先で環状となっている線路は目的地である古城には続いていない。このまま進み続ければ蒸気トラムは古城へと辿り着くことなくただ学園内を一周して元のスレイツェン駅へと戻ってしまう。
だが途中で蒸気トラムから降りて徒歩で向かおうものなら、聖女騎士軍が一瞬にして自分達を取り囲み、拘束してしまうだろう。
リッカは、古城に最も近い〝高等部校舎前停車場〟の先を指で確認する。
――あとは仕方ない。戦ってでも古城へと進むのみ。
「リッカ、前を見ろ!」
屋根上からヴェルが叫んだ。
運転台から身を乗り出し、リッカはそちらを見る。
学園の正門。
普段は開け放たれているそれが、今は閉じられていた。
このままでは蒸気トラムは門に激突してしまう。
となれば。
「次、ジャンプ!」
リッカの無茶な指示に思わずヴェルは「はぁ!?」と声を上げてしまう。
「馬鹿言うな! この重さでこの速度。止まっている物体を持ち上げるのとはわけが違うんだ。仮に聖典術で持ち上げても、何処に飛んでいくかわかったものではないぞ!!」
「やっちゃってよ。この蒸気トラムを空に放り投げて!」
「ふざけている場合か!」
「ヴェルなら出来るよ!」
簡単に言ってくれる――そう文句を垂れつつも、ヴェルの心に不思議と不安は無かった。
出来る気がする。
即座に蒸気トラムの重量と速度を推測。〝流れし大気〟で浮き上がらせたとしても、蒸気トラムは自由落下で校舎を飛び越えられない。
ならばどうする。
決まっている。
「速度だ。リッカ、もっと速度を上げろ! ぶっ壊す勢いでな!!」
「いいねぇ、その気合で何とかしようとする感じ。まっかせて!」
リッカは渾身の力を蒸気トラムに送り込んだ。
車体が更に加速する。
もうやめてくれと言わんばかりに車体のあちこちが軋んで苦痛を訴えていた。
リッカは「今くらい活躍して見せろ!」と車体を蹴っ飛ばして喝を入れた。
目の前には固く閉ざされた城門。
そして校舎を挟んだ向こう側には、スレイツェン城。
そのポイントが刻一刻と近づいてくる。
ヴェルは、リッカの合図を待った。
「ヴェル、今!」
「聖女の騎士の力、舐めるなよ!!」
『我に与えよ〝流れし大気〟』
聖典術発動。
線路から車輪が離れる。
拒むように強烈な重力が身体に襲い掛かった。
それでも視線は少しずつ上へと向いていく。
そして、蒸気トラムは宙に舞った。
(このまま突き進め。空を走れ。あの古城へ向けて舞い上がれ!!)
城門を飛び越える。
だが、二人を待ち構える聖女騎士軍の大群が目に飛び込んできた。
掲げられた無数の聖典刀が赤い光を放つ。
即座に〝穿ちし閃耀〟の聖典術の矢が一斉に放たれ、蒸気トラムは炎に包まれた。「リッカ!」
ヴェルが叫んだのも束の間。
蒸気トラムのボイラーが、蒸気の白煙を穿たれた穴という穴から吐き出した。
直後、蒸気トラムが空中で爆発、四散する。
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